第552話 邪神眷属

 近藤支部長に帰国の報告を終えた俺は、グリーン館へ戻った。部屋で着替えて影からシャドウパペットたちを出す。


「アメリカは、光剣クラウ・ソラスを手に入れたのかな?」

『ステイシー長官は、光剣クラウ・ソラスを手に入れようと考えているようでしたから、手に入れたのかもしれません。ただ少し懸念している事があります』


「懸念する事というのは?」

『グリム先生が手に入れた方法を真似ようとすると、光の短剣が重要なアイテムになります。私がステイシー長官なら、まず光の短剣を世界中から集めます』

「なるほど、道理だ」


 ステイシーはアメリカの国民を守るために全力で仕事をしているようだ。問題を解決する方法を調査し、その方法が分かれば、全力で実行する。日本の役人より頭が切れるし、実行力も有る。


「日本は、<邪神の加護>を持つ魔物の対策を、考えているんだろうか?」

『考えていないかもしれませんね』

「どうして、そう思うんだ?」

『日本にはグリム先生が居るからです。そんな魔物が出たら、グリム先生に討伐を頼めばいい。政府はそう考えているかも』


「俺だって、海外に行く事もあるし、ダンジョンに潜っている事もある」

『それくらいは政府も考えているでしょうから、<邪神の加護>を持つ魔物が多くなった場合、グリム先生の行動を制限するかもしれません』


 メティスは渡航禁止やダンジョン探索禁止になるかもしれないと脅かす。半分は冗談だろうが、半分は本気のようだ。メティスが出鱈目でたらめを言っているとは思えない。<邪神の加護>を持つ魔物による被害者が多くなれば、その可能性があるという話だ。


 ちょっと心配になった俺は、慈光寺理事に確かめる事にした。冒険者ギルドの日本本部に電話を掛け、慈光寺理事のところに電話を回してもらう。


 理事に<邪神の加護>を持つ魔物について尋ねると、その件で話がしたいので本部に来てくれという事だった。


「また厄介事じゃないだろうな」

『嫌だったら、断ればいいんです。ただ人命に関わるものだったら、仕方ないでしょう』

 俺は『知識の巻物』を使って『聖光』について調べるつもりだったが、今日はやめた。明日、東京へ行くので早めに休もうと思ったのだ。


 翌朝、俺は東京の冒険者ギルド本部へ向かう。本部に到着すると応接室に案内された。そこには慈光寺理事ともう一人のなんとなく見覚えがある男性が待っていた。


 俺が挨拶すると、慈光寺理事が一緒の男性を紹介する。

「こちらは魔法庁の松本長官です」

 松本長官は知っていた。俺が賢者だという事を知っている数少ない者の中の一人だったからだ。確か会った事も有るはず。


「お久しぶりです。松本長官」

「書類上では、柊木ひいらぎ殿の名前は何度も見るのですが、会うのは久しぶりですな」

 長官が『柊木』と呼んだのは、俺が賢者となった時に『柊木玄真げんしん』と名乗ったからだ。これはペンネームみたいなもので、長官は『柊木』の方が馴染みがあるらしい。


「グリムと呼んでください」

 長官が頷いた。長官は一枚の資料を俺に渡した。

「それはアジア地域で発見された『邪神眷属』のリストです」

「邪神眷属?」

「<邪神の加護>を持つ魔物の事です。日本では邪神眷属と呼称する、と決まりました」


 <邪神の加護>を持つ魔物は、邪神の眷属になったのだと判断されたらしい。資料を見ると様々な魔物の名前とどのダンジョンで目撃されたかが書かれていた。


「グリム殿は、邪神眷属であるミノタウロスジェネラルを、四国で倒しています。倒す事のできる魔導武器を持っているという事ですが、それが光剣クラウ・ソラスだという事で間違いありませんか?」


「ええ、その事は冒険者ギルドにも報告してあるし、アメリカのステイシー長官にも話しましたよ」

 松本長官が顔をしかめた。

「ステイシー長官ですが、彼女は日本のダンジョンで産出した光の短剣を、買い占めたようです」


 メティスの予想は当たっていたようだ。自国の国民を守ろうと考えたら、当然の選択肢である。

「日本政府は、邪神眷属の対策をどうするつもりなんです?」


 松本長官と慈光寺理事が顔を見合わせてから、溜息を漏らした。

「具体的な方策は、まだ決まっていません。ただステイシー長官は魔装魔法と攻撃魔法の賢者に、邪神眷属を倒す魔法の開発依頼をしたようです。そこで魔法庁としては、グリム殿に同様の魔法開発の依頼をしようと考えております」


 俺自身も『聖光』を使った魔法の開発をしようと考えていたので、断る気はなかった。ただ簡単に引き受けるのは考えものだと思った。交渉して、生活魔法の発展に繋がるような条件を引き出そうと考えたのである。


 俺は松本長官と交渉を始め、魔法学院の生活魔法の授業を一年生の時だけでなく、三年生まで継続する事を承諾させた。もちろん、すぐにという訳にはいかないだろう。教える教師を養成する期間が必要だからである。だが、ジービック魔法学院という成功例があるのだから、実現できるだろう。


「グリム殿の条件は全面的に承諾します。なので、邪神眷属に効果のある魔法の開発をお願いします」

「分かりました。ですが、簡単に創れるという訳ではないので、そこのところは承知していてください」


「ええ、それは承知しています」

「ところで、なぜ急に邪神眷属が増えたのか、という原因究明は進んでいるのですか?」

「あまり進んでいません。どこかに封印されている邪神が、封印を解こうとしているのではないかという説が有力なのですが、そんな邪神が居るのかどうかも判明していません」


 封印と聞くと邪神チィトカアの事を思い出した。本当は蜘蛛の神『アトラク=ナクア』の従者なのだが、神にも等しい力を持つという事で邪神と呼ばれていた化け物である。今思えば、邪神チィトカアを倒せたのは、長い間封印されていたので、弱体化していたからだろう。


「ダンジョン通信網へアクセスできるという勇者シュライバーの能力で、何か分からないのですか?」

「何かに妨害されているらしいです。ただダンジョン通信網へアクセスした時に、凄まじい力を持ち人間とは異質な精神を持つ存在を感じたそうです。それが邪神ではないかと思われています」


 話が終わって、俺は冒険者ギルド本部の外へ出た。

『邪神が本当に復活するようなら、それを倒す方法を考えなければなりませんね』

「それはそうだけど、そんな大事件なら、国際的な組織が動くべきだと思う。個人で解決するという発想は、危険かもしれない」


 俺が心配しているのは、『戦力の逐次投入』という失敗だ。戦力を小出しにした結果、小さな敗北が積み重なり大敗してしまう、というものである。


 冒険者の一人ひとりが判断して邪神に挑戦し、負け続けたのでは意味がない。但し、邪神を倒せる手段は用意する必要がある。


「『聖光』で邪神を倒せると思うか?」

 俺はメティスに尋ねた。

『邪神眷属でも、一撃で倒せないのです。『聖光』では無理だと思います』

「そうすると、神威か。まだ使い熟せていないんだよな」


『『聖光』を使った生活魔法を創った後に、神威の修業を行うべきです』

「そうするよ」


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