第405話 モトゥルリザードの試食

 モトゥルリザードを仕留めた俺は、一度地上に戻った。冒険者ギルドへ行って死骸の解体をお願いする。


「ほう、ダンジョンエラーか。こいつだと特殊な工具が必要だな」

 ギルドの職員がモトゥルリザードの死骸を見て、目を輝かせた。職員が知らせたらしく野崎支部長が見物に来る。


「中々の大物がダンジョンエラーを起こしたんですね。解体した後は、どうするのです?」

「皮は装備にするので、全部引き取ります。肉は十キロほどを引き取るので、残りは売ってください」

「分かったわ。モトゥルリザードの肉は美味しいと聞いた事が有るから、すぐに売れるでしょう」


 魔物の肉を専門にしているレストランなどが有るから、珍しくて美味しい肉はすぐに売り切れるようだ。また骨や内臓も売れるらしい。


 解体を任せた俺は、六層の探索がどうなったか尋ねた。

「六層は雪原エリアなので苦労しているようね。雪が降っているらしいのよ」

 雪が降っている雪原か。視界が悪いから飛べないだろうな。七層へ下りる階段を発見するのは、時間が掛かりそうだ。


「ところで、この魔物はどこで狩ったの?」

 俺は支部長以外の者が居ない事を確かめてから答える。

「十一層ですよ。五層でミカンを採取してから、十一層へ行ってピラミッドの確認に行ったんです」


「確認? 何を確認したの?」

「黙秘します。ただピラミッドに入ると、バステト神像がなくなってました。一度目だけバステト神像を見る事ができるようです」


 支部長が鋭い目を俺に向ける。

「その神像には、秘密が有るようね」

 俺は肩を竦めて黙秘権を使った。それから五層で手に入れたミカン三個を支部長に渡す。


「お土産です。女性には喜ばれるそうですね」

「ありがとう。シミやシワが消えるそうだから、本当に嬉しい贈り物よ」

 支部長は本当に喜んでいた。


 支部長と話をしている間に、モトゥルリザードの解体が進み、職員が肉の一部を持ってきた。ギルドで売る場合、試食するのが習慣らしい。


 肉を一口大に切って串に刺し、焼鳥のように七輪の炭火で焼く。調味料は塩だけである。本当は熟成させてから食べた方が美味しいのだが、肉の味を確かめるためなので、すぐに食べるという。


 俺も味見に参加する事にした。味見をするのは解体をしている二人と肉を実際に販売する職員、支部長、俺の五人である。


 炭火に炙られた肉から脂が滲み出て炭に落ちる。そうすると、独特の甘い香りが漂い始めた。トカゲは鶏肉に似ていると聞いたが、モトゥルリザードの肉は少し違うようだ。


 焼き上がった串焼きトカゲ肉を一口食べた。肉の味を噛み締めた瞬間、口の中に唾液が溢れ出す。俺は一瞬で完食してしまった。もっと味わって食べれば良かったと後悔する。


「これは凄い。完全に角豚の肉を超えている」

「濃厚な味なのに、食べ終わるとスッと後味が消えていく。いくらでも食べられそうな気がする」

 試食した者は、美味しいと絶賛した。


 俺は解体が終わるのを待って肉と皮を受け取ると、渋紙市へ向かった。冒険者はダンジョンに潜ったら、最低一日は休養するのが常識である。


 俺は二日ほど渋紙市の屋敷で休養を取ってから、また樹海ダンジョンへ向かう事にした。

 渋紙市に戻ると、ミカンとトカゲ肉を知り合いに配った。近藤支部長と鬼龍院校長、カリナ先生、それに三橋師範と弟子たちと鉄心。執事の金剛寺にも渡した。


 後で聞いたのだが、トカゲ肉は評判になったらしい。鉄心は自宅に持ち帰って食べようと思い、奥さんに渡して料理してもらったようだ。だが、一切れくらいしか食べられなかったという。子供と奥さんにほとんど食べられたのだ。


 休養日は、アリサとデートに行った。アリサの祖父からよろしく頼む、と言われた頃から休養日には二人で過ごす事が多くなった。


 デートは、アリサが好きな美術館へ行く事が多い。その日も電車で二十分ほどの街にある美術館で有名画家の展覧会を見てから、食事をするためにランチが美味しいという店に行った。


「ここのエビ料理は絶品だと聞いた」

「誰から聞いたんです?」

「近藤支部長だよ。ダンジョンで手に入れたミカンをお土産として渡した時に、ここを勧めてくれたんだ」


 俺たちが料理を待っている時、騒々しい若い男の三人組が店に入ってきた。しかも俺たちの隣の席に案内される。


「今回はヤバイんじゃねえか?」

「ビビっているのか? 心配すんな。朝華興産の連中は口だけだ」

 どうやら対立する組織と問題を起こしたようだ。大きな声が聞こえて来るので、俺は嫌な気分になっていた。


 アリサが俺に笑い掛けた。

「隣は気にしないで」

「最近、運が悪いのかな。この前も罠を起動させたんだよ」

「罠? どんな罠なの?」

「転送系の罠で、九層も下に転送させられたんだ」


「ちゃんと戻れたから良かったけど、気を付けてね」

「ああ、二度とあんな罠には掛からないよ」

 話の内容は殺伐としているのだが、雰囲気が甘い感じがしていたのだろう。隣の三人組の一人が、俺を睨み付けている。爆発しろというような目だ。


 俺が睨み返してやると、ビクッとして目を逸らした。邪神とも戦った俺である。その睨みには人を怯えさせるほどの気力と覇気が込められている。


 うつむいて黙り込んでしまった仲間に気付いた三人組の一人が、

「震えてるじゃねえか。どうしたんだ?」

 震えている男は俺を指差した。仲間の二人が俺に目を向ける。


 目を吊り上げた二人が立ち上がって、俺の方へ近付く。

「お前、こいつに何かしたのか?」

「何もしていませんよ。睨んできたので、睨み返しただけです。それと、周りに迷惑になるので、静かにしてください」


 そう言いながら、二人を本気で睨む。その時、俺の体内で魔力が動き始めた。ウォーミングアップの時に行う魔力の循環が無意識のうちに始まったらしい。


 俺の周りにD粒子が集まり始める。

「やり過ぎですよ」

 アリサの声が聞こえた。二人の方を見ると青褪めた顔で、身体を震わせている。


 俺が睨むのをやめると、三人は何も食べずに逃げるように店を飛び出して行った。俺はアリサに向かって微笑んだ。


「こうして、悪者は退治され、幸せな日々が戻ったのでした、みたいな感じかな」

「今のは絶対やり過ぎです」

「そうかな、睨んだだけだっただろ。それに、何とかを邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ、と言うじゃないか」


 アリサが『しょうがない人ね』みたいな感じで幸せそうに笑った。ちょっとしたハプニングはあったが、十分な休養を取って、次の探索を開始する準備を整えた。


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