第381話 新しい『カタパルト』

 近藤支部長は世界の冒険者ギルドに問い合わせて、クトゥルフ神話に出て来る蜘蛛の神『アトラク=ナクア』とその眷属について情報を集めた。


 その結果、十三層で復活した邪神は、『チィトカア』と呼ばれる灰色の織り手の長らしいと分かった。そして、この邪神には光の剣が有効らしいという。


 それを知った俺は、どういう作戦にするか考えた。

「光剣クラウ・ソラスで攻撃するには、超高速でチィトカアの懐に飛び込まないとダメだよな。どうするか?」


 屋敷の作業部屋で考えていた俺のところに、根津が来た。根津は名古屋から戻ってからも熱心に生活魔法を学んでいる。


「グリム先生、『カタパルト』を使って、ビルからビルへ飛び移ったと聞いたのですが、本当ですか? ビルとビルの間だと十メートル以上あると思うんですが」


「本当だよ。空中でもう一度『カタパルト』を発動したんだ」

「ああ、そういう事ですか。ありがとうございます」

 根津が部屋を出ていくと、『カタパルト』について考え始める。『カタパルト』の改良版については、以前から考えていたのだが、どこまで改良すればいいのか迷っていて、本格的に開発を始めていなかった。


「邪神チィトカアに通用するカタパルトとなると、『カタパルト』の移動距離を十倍くらいにしないとダメだろうな」


 十倍となると百メートルである。人間を超高速で百メートルも移動させる魔法。できるなら音速に近い速度で移動するような魔法がいい。ちなみに、音速は秒速三百四十メートルほどである。


 百メートルだと〇.三秒ほどで移動する事になる。話に聞いた仙術の縮地術のような瞬間移動の生活魔法版みたいなものになるだろう。


「『カタパルト』の改良か。単に速度と移動距離を上げただけではダメだろうな」

『今度は『カタパルト』を改良されるのですか?』

「邪神チィトカアは、光の剣が有効だそうだから、もしかすると光剣クラウ・ソラスで戦う事になるかもしれない。その時のために用意しようと考えている」


『速度を上げるのなら、<ベクトル加速>と<衝撃吸収>の特性を使う必要が有ると思います』

 <ベクトル加速>は単純に移動速度を上げるために必要で、<衝撃吸収>は急激な加速から使用者を守るために必要だと言う。


 今度の新しい『カタパルト』は、魔法が解除された時に惰性で飛ぶような事にはならず、ピタリとそこで止まるようになるだろう。


 <衝撃吸収>の特性によって発生するアブソーブ力場は、外から加えられる衝撃や慣性力も吸収する。なので、惰性で飛ぶという事もなくなるのだ。


 問題なのは、光剣クラウ・ソラスの本当の剣身であるフォトンブレードを形成したまま瞬間移動する事は難しいだろうという事だ。


 移動させるためには、D粒子リーフで包み込まねばならないが、フォトンブレードに触れたD粒子リーフは分解されてしまうだろうと推測されるからだ。


 新しい『カタパルト』を使って邪神の懐に飛び込み、光剣クラウ・ソラスで攻撃するためには、瞬時に大量の魔力を剣に流し込み、フォトンブレードを形成して斬り付けなければならない。


「一瞬でフォトンブレードを形成する鍛錬が必要だという事だな」

『頑張ってください』

 やる事が増えてしまったと考えながら、思わず溜息を吐いた。


 賢者システムを立ち上げて、『カタパルト』を基に新しい魔法の開発を始めた。まず<ベクトル加速>と<衝撃吸収>の特性を付与する。そして、速度を秒速三百メートルまで上げるには、どれほどのD粒子が必要か計算する。


 多重起動を可能にするかどうかを考えたが、初期速度が秒速三百メートルなら、それ以上の速度に上げる必要はないと考えた。


『移動距離を百メートルと限定しないで、百メートル以内なら、何メートルでも停止できるようにするべきです』


 俺は『そうだろうな』と考えながら頷いた。そして、直線の軌道だけでなく曲線の軌道も描いて移動する事もできるようにした。但し複雑な曲線は難しいので単純なカーブだけにする。


 使い方は百メートル以内の到着位置と途中の軌道を指定して発動するという感じになる。俺は鳴神ダンジョンの四層にある砂漠エリアで試してみようと考え、鳴神ダンジョンの四層へ行った。


 最初は移動速度を秒速八メートルまで落として試してみる。百メートル先の空中を到着位置として直線軌道で移動するように指定して新しい『カタパルト』を発動。俺の身体がD粒子の葉っぱのようなものに包まれた瞬間、移動が開始された。十二秒ほどで到着し、身体が解放される。


 解放されるタイミングが分かっていたので、余裕を持って砂の上に着地。加速度などは全く感じなかった。<衝撃吸収>の特性が機能しているようだ。


 今度は移動速度を秒速三百メートルに戻して、同じように新しい『カタパルト』を発動する。次の瞬間、百メートル先の空中に移動していた。


 加速も何も感じず、気付いたら空中に居たという感じだ。だが、そこから急に落下が始まる。俺は『エアバッグ』を使って着地したが、危ないと感じた。


 そこで到着位置に足場を五秒ほど形成する事にする。これが攻撃する時の足場にもなる。その足場を『終点プレート』と名付けた。ざらざらした感触のD粒子の板だが、光剣クラウ・ソラスで攻撃するのに最適なものだ。


 完成した新しい魔法は『フラッシュムーブ』と名付けた。『テレポート』にしようかとも思ったのだが、少し違うような気がしたので、瞬間とか瞬時という意味もあるフラッシュと移動という意味のムーブを合わせたものに決める。


 『フラッシュムーブ』を習得できる魔法レベルは『15』になった。何度か使ってみるうちに、これなら光剣クラウ・ソラスだけでなく普通の生活魔法も通用するのではないかと思う。


 その事をメティスに言うと、ダメ出しされる。

『たぶん、ダメだと思います。体中に生えている毛が魔法を防ぐからです』

「ああ、それが有ったか」

 邪神の全身には、飛ばす事もできる毛がびっしりと生えていたのを思い出す。毛に接触した魔法は、魔力を剥ぎ取られて不発となる。


 取り敢えず『フラッシュムーブ』が完成したので、冒険者ギルドへ向かう。支部長に会いたいと言うと、支部長は待っていたらしい。


 支部長室に入ると、支部長が金庫から何かを出していた。その顔を見ると疲れた顔をしている。

「待っていたよ。ワーベアの街の調査を手伝ってもらった報酬が用意できたのだ」

 報酬は生活魔法の巻物だ。


 支部長から三本の巻物を受け取った俺は、巻物をチェックする。二本は普通の生活魔法だった。既存のもので俺も習得している。ただ残り一本はD粒子二次変異の巻物だ。思わず笑顔になる。


「確かに受け取りました。しかし、せっかく調査したのに、こんな状況になって残念ですね」

「邪神チィトカアが退治されたら、住民も戻ってくるだろう。A級冒険者に期待しているのだが、倒せそうかね?」


「今は戦術を練っている段階です」

「グリム君が言っていた金属を超音速で飛ばす魔法というのを、他の者に教える事はできないのかね?」

「習得できるようになる魔法レベルが高いので、難しいですね」


 支部長が残念そうな顔をする。それから何か思い付いたような顔をして、

「その魔法が、グリム君の秘蔵魔法だったのなら、すまん。世界中からA級冒険者を呼び寄せてでも、邪神を倒せと本部から言われて、円形脱毛症になったほどなのだ」


 そう言って、支部長が見事な『十円ハゲ』を見せてくれた。十三層を封鎖する件も、中々本部が許可してくれず、馬鹿な冒険者が邪神に挑戦するのではないかと心配しているらしい。本部がためらっているのは、冒険者の自由を制限する行為を嫌っているからだ。


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