第380話 邪神の実力
「あれは怖いです」
アリサが呟くように言った。千佳が同意するように頷く。俺は邪神を見詰めたまま静かな声を響かせる。
「その恐怖を心の中に刻んでおくんだ。冒険者を続けるのなら、恐怖を感じる事が何度もあるだろう。それに負けて足を止めたり逃げたりしたら、死ぬ事になるかもしれない。恐怖を見詰め突き進む事ができた者が生き残り成功するんだと思う」
なぜ、そんな事を言ったのか分からない。アリサや千佳に言ったのではなく、自分自身に言った言葉なのかもしれない。それだけ邪神は、恐怖を生み出す存在だったのだ。
自分の言葉を聞いて、俺自身が邪神の呪縛から解き放たれた。ここまで来たのは、邪神の実力を見極めるためだ。やる事をやらないと。
「二人はここで待っていてくれ」
俺はエルモアを影から出し、ホバーキャノンを取り出した。
『打ち合わせ通りでいいですか?』
「ああ、生活魔法にどう対応するか見て、それからホバーキャノンで攻撃してみる」
エルモアはホバーキャノンに乗って飛び去り、俺は『ブーメランウィング』を発動して形成された戦闘ウィングに乗る。
「気をつけてください」
アリサが不安そうな顔で言った。俺は頷いて飛び上がる。不安を消し去るように笑い掛けてあげたかったが、強張った顔では無理だ。
空中に飛び上がった俺は、邪神を目指した。近付くに従い、邪神から放たれる禍々しい何かが強くなる。これは何なのだろう?
下を見るとホバーキャノンを飛ばしているエルモアの姿が見える。『マグネティックバリア』を発動して、首にD粒子磁気コアを掛ける。
ホバーキャノンを追い抜いた俺は、三百メートルほど離れた距離から、『クラッシュボール』を連続で発動してD粒子振動ボールを邪神に向かってばら撒く。
俺がよく使う手だ。こうする事で敵がD粒子を感じ取れるかを試すのである。
邪神がギョロリとD粒子振動ボールに目を向けた。そして、体中に生えている三十センチほどの毛を飛ばす。
無数の矢のように飛んだ毛が、D粒子振動ボールを刺し貫いた。空間振動波が放出されるはずなのに、何も起きずD粒子振動ボールは崩壊する。
「どういう事だ?」
『クラッシュボール』は、衝撃を受けたら空間振動波を放出するように出来ているはずなのに……魔法が強制解除されたのか? そうだとすると、あの毛は想像以上に厄介なものだ。
次の瞬間、俺に向かって矢のような毛が飛んできた。慌てて周囲に磁気バリアを展開する。その磁気バリアに毛がぶつかった瞬間、磁気バリアが内包していた魔力を剥ぎ取られ穴が開く。
邪神の毛には魔力を剥ぎ取る力があるようだ。D粒子磁気コアが自動的に穴を塞いだが、D粒子磁気コアが目に見えて小さくなる。
俺は『トーピードウ』を発動してD粒子魚雷を発射。結果を確認せず旋回してホバーキャノンのところへ降下する。その間に邪神に向かって飛んだD粒子魚雷に、網状の糸が絡み付いた。
糸を振り回した邪神は、D粒子魚雷を地面に叩き付け爆発させる。これでは至近距離から生活魔法を叩き付ける以外、命中させられそうにない。
ホバーキャノンに乗り換えた俺は、『プロジェクションバレル』を発動し磁気発生バレルを形成し、ホバーキャノンと磁気発生バレルを接合する。
『生活魔法が通用しないようですね?』
「あの邪神は手強い。あれで従者でしかないんだから、嫌になる」
『弱音を吐いている場合じゃないです。邪神が追って来ます』
後ろを見ると邪神が凄いスピードで迫っている。ホバーキャノンは加速して邪神との距離を開ける。
「ホバーキャノンを後ろ向きにしてくれ」
『了解です』
エルモアが操縦桿を倒し、方向舵の向きを変えた。ホバーキャノンが回転して磁気発生バレルの先端が邪神の方を向く。後ろ向きに慣性で飛び始めたのを感じながら、俺は邪神に照準を合わせようと磁気発生バレルを操作する。
アリサたちがサンドギガースを倒した時は、二人が声を掛け合ってホバーキャノンの向きを微調整して命中させたが、本来の使い方は磁気発生バレルを直接動かして狙いを付けるという方法である。
引き金を引くと極超音速で砲弾が飛び出し、邪神に向かって飛翔する。その凄まじい速度に邪神も対応できなかった。邪神の頭を狙ったが、砲弾は左上に逸れて邪神の尻に命中して爆発。
爆発は邪神の外殻の一部を破壊し、ダメージを与えた。但し、一撃で仕留められるものではない。それでも傷付けられた事に驚いた邪神がスピードを緩める。
その間に照準を調整し連続で引き金を引く。砲弾は邪神のあちこちに命中して血を流させた。だが、どれも致命傷にはならない。
邪神がギッヂヂヂヂと鳴き始め、その全身から膨大な魔力が零れ出る。何か恐ろしい攻撃を出そうとしている事が分かった俺は、旋回するように指示して磁気バリアを展開する。
エルモアが操縦桿を倒した時、邪神の口から黒いブレスが吐き出された。旋回を始めたホバーキャノンの横をブレスが通り過ぎる。俺はブレスの正体を何となく感じ取った。邪気で汚染された魔力なのだ。
物理的な破壊力という点では、ドラゴンのブレスが上だが、あのブレスを浴びれば精神にダメージが有りそうだ。但し、射程は二百メートルほどと短そうである。
俺たちは邪神に追い駆けられながら、平原を引きずり回し引き離した。逃げ切る事に成功したのだ。
平原を大回りしてアリサたちのところへ戻った。
「お疲れ様です。あのブレスは何だったのです?」
千佳が尋ねた。アリサは俺の事をジッと見ている。その目は怪我がないかチェックしているようだ。
「あれは邪気で汚れた魔力だ。浴びたら精神的なダメージを負うんじゃないかと思う」
「グリム先生は大丈夫だったんですか?」
アリサが尋ねた。
「大丈夫だ。心配掛けたみたいだな。済まない」
俺とアリサたちは邪神について話し合った。遠くから双眼鏡で見ていたアリサたちは、大まかな動きしか分からなかったようだが、動きが素早いと感じたらしい。
俺たちは地上に戻り、冒険者ギルドに報告した。その中で『プロジェクションバレル』とホバーキャノンについては、金属を超音速まで加速して攻撃したとだけ伝えた。
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