第376話 ワーベアの神
アラクネを倒して『ワーベアの指輪』を手に入れた俺は、アリサと協力してD粒子ウィングで調査チームを岩山の洞穴に運んだ。
アリサを洞穴の奥にあった空間に連れて行くと、観察するように見回す。
「ここにアラクネが居たんですか?」
「尻から糸を飛ばす攻撃をしてきたのには驚いた」
「そんな攻撃を……やっぱり蜘蛛なんですね」
「そのアラクネを倒したら、この指輪をドロップしたんだ」
俺が指輪をアリサに渡す。アリサは『アイテム・アナライズ』で鑑定した。その結果を知って綺麗な眉をひそめる。
「これは教授たちには知らせない方がいいですね」
アリサが溜息を漏らして、指輪を返す。
「ああ、この指輪を嵌めてワーベアの街に突撃する未来しか想像できない」
この指輪については、地上に戻ってから近藤支部長と相談する事にした。
エルモアやタア坊、為五郎を見張りとして残し眠った。教授たちは興奮して眠れないと言っていたが、いつの間にか寝たようだ。
翌日、俺が目を覚ますと、すでに教授たちが起きていて街を観察していた。熱心な事だ。
「ワーベアたちは、明らかに文明的な社会を形成していますね」
「うむ、これは特殊保護種族に指定されるかもしれん」
耳慣れない言葉を聞いて、俺が質問すると坂上講師が教えてくれた。特殊保護種族とは、ダンジョン内に住んでいる魔物の中で、一定以上の高度な文明を持つ種族の事らしい。
その特殊保護種族に指定された魔物は保護の対象となり、殺していけないという。
「ん、住民たちの様子がおかしい。皆が一定の方向を向いている」
ワーベアたちが向いている方向に目を向けると、平原の中にある山へ目を向けているようだ。そして、ひざまずいて頭を下げる。
「これは……礼拝でしょうか?」
「そうだな。彼らは宗教を持っているようだ。興味深い」
俺は嫌な予感を覚えた。地上だったら宗教の儀式で済ませられるが、ダンジョン内だと迷信や神話で済ませられない事がある。
ワーベアが何かを崇拝しているのなら、それが本当に存在するかもしれないのだ。あの山に何が?
ここは慎重に調査してから、山へ行った方が良いだろう。『ワーベアの指輪』を使って、街に侵入してみようか。でも、言葉が分からないからな。
「教授、ワーベアたちが使っている言葉について、何か情報が有りますか?」
「アメリカのダンジョンでも、同じような文明を持つ魔物が発見されておる。その種族が使っている言語は、M言語と呼ばれている。もしかするとワーベアたちが使っている言語と同じかもしれん」
M言語か、同じ言語なのだろうか? 俺がワーベアの街を見下していると、カメラマンの井口が調査用の写真を撮り始めた。
俺たちは三日間洞穴で生活しながら、ワーベアの街を観察・調査して地上に戻る事になった。俺とアリサは教授たちが調査している間に、十三層の地形を調べた。
そして、入り口からワーベアの街を通らずに、街の背後に抜けるルートを発見した。これで飛べない魔装魔法使いも十三層以降の探索を続けられるだろう。
「もう一日だけ延長してくれないか?」
教授がもう一日調査を続けさせてくれとゴネたが、それは丁重に断った。さすがに洞穴生活には飽きたのだ。
地上に戻った俺たちは、冒険者ギルドへ向かう。ギルドの支部長室に入った俺たちは、近藤支部長へ報告を始める。最初に教授たちがワーベアの街について報告し、特殊保護種族に当て嵌まると述べる。
最後に俺が報告を始めた。
「ワーベアの街にある岩山の洞穴で、アラクネと遭遇しました」
「ほう、グリム君の事だから倒したのだろ」
「ええ、それでアラクネが残したドロップ品の中に、『ワーベアの指輪』というのがあったんです。ワーベアに化けられる指輪だそうです」
俺の報告を聞いた森本教授が目を丸くする。
「ちょっと待て、儂は聞いておらんぞ。なぜダンジョンで言わなかったのだ?」
「話したら、指輪を使ってワーベアの街に潜入すると言い出しそうだからです」
森本教授が不満そうな顔をする。
「当たり前ではないか。中に入ってワーベアの街を調査できる絶好の機会だったのだぞ。すぐに戻って調査を再開するのだ」
「落ち着いてください、教授」
近藤支部長が教授を止めた。
「その指輪が、ちゃんと機能するかも分からないのですよ。まずは報告書を書いて、冒険者ギルドへ提出してください」
支部長から言われて渋々引き下がる教授。
「もう一つ気になった事が有るんです」
「グリム君が気になった事というのは、何だね?」
「ワーベアたちが礼拝していた山です。あそこには何か有ると思うんです」
「まさか、ワーベアたちの神様が居ると言うんじゃないだろうね?」
「神様かどうかは分かりませんが、ワーベアたちが崇拝している存在が、山に居るのかも知れない、そう思ったんです」
俺の意見に教授が異議を唱えた。
「それはまだ分からんよ。山自体を神聖視している場合もある」
日本にも存在する山岳信仰というものだ。出羽三山や熊野、富士山などが有名であり、教授たちは山岳信仰だと考えたようである。
ダンジョンが創り出した山を、そこに住んでいるワーベアが神聖視するというのは考え難いと思ったが、可能性はゼロではない。
「グリム君は、ワーベアたちが信仰している山、『
「ええ、熊仰山を見ていると、何か嫌なものを感じたんです」
支部長がゆっくりと頷いた。冒険者をしていると、何か嫌な感じを覚える時があり、そういう時には手強い魔物と遭遇する事があるのだ。
報告を終えた俺たちは、それぞれに分かれ帰宅した。アリサは屋敷に一緒に来て、食事をする事になった。
「あの熊仰山は気になりますね」
「アリサもそうか。俺も気になるので、ワーベアの街に侵入して何か手掛かりがないか、調べようと思うんだ」
「でも、ワーベアの街は立入禁止になっていますよ」
「『ワーベアの指輪』の効果を確かめるという名目で、冒険者ギルドに許可をもらおうと思う」
「許可を出すでしょうか?」
「これでもA級だからな。少しゴネてみる」
俺が冒険者ギルドに許可を申し出ると、ワーベアに危害を加えないという条件で許可が下りた。普通なら下りないのだが、A級は優遇されていると感じる。
準備して、ソロで十三層まで行く。
ワーベアの街は高さ三メートルほどの壁で囲まれており、入り口は右側に回り込んだところにある。『ワーベアの指輪』を嵌めて、街の門を潜る。門番が居たのだが、止められなかった。
街で行き交うワーベアたちは、普通に生活しているように見える。そして、俺の事はワーベアの子供だと思っているらしい。
もちろん、ワーベアの言葉は分からないが、口調と仕草から挨拶や値段交渉を行っているのが分かった。街の中央に進み広場まで来た時、広場の中央に石碑みたいなものがあるのに気付く。
その石碑に近付き、確認する。そこには秘蹟文字とワーベアの言語を使って刻まれている文章があった。ワーベアの言語は分からないが、秘蹟文字なら読める。
石碑には熊仰山に封印された神についての教えが刻まれていた。その神は荒ぶる神であり、熊仰山の山頂にある封印の剣で眠らされているらしい。
よく有る話だが、その神がどんな神なのか秘蹟文字の文章には記述がなかった。もしかすると、ワーベアの文字で記述されているのかもしれない。
俺は周りを見回し、近くにワーベアが居ない事を確かめてから、カメラを取り出して石碑の写真を撮った。
「さて、どうするかな」
熊仰山に神が封印されている事は分かったが、それがどんな神かは分からない。段々と広場に集まるワーベアが増えてきたので、一度街を出る事にする。
街を出た俺は、張り詰めていた気持ちを息と一緒に吐き出す。
「これで『ワーベアの指輪』が有効だと分かった。次は熊仰山を調べてみよう」
『ウィング』を発動して鞍を装着し、空へと飛び上がる。熊仰山の山頂には、三十分ほどで到着する。そこには小さな神殿のようなものが存在しているが、誰も居ない。
神殿の中に入ると、大きな岩がある。たぶん熊仰山の天辺部分なのだろう。その天辺には西洋剣が刺さっていた。俺は鑑定モノクルで調べた。
「おおっ、『神剣:グラム』だ」
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