第375話 ワーベアの街
「教授、勝手に行動しないでください。何をするつもりだったんですか?」
「近くで観察しようと思っただけだ」
「危険です。見付かれば、殺されてしまいますよ」
森本教授や坂上講師は魔法の才能はなく、カメラマンの井口も攻撃魔法を少し使えるだけだそうだ。ワーベアに襲われれば確実に死ぬだろう。
「だが、調査するには、近くから観察する必要が有るのだ」
俺は辺りの地形を調べて、街の左側にある岩山に目を付けた。それほど高くはないが、街の中に聳え立っている。その岩山の中腹に洞穴のようなものが見えるので、そこからなら観察できるだろう。
但し、あの岩山に近付くのは、暗くなってからである。それでないとワーベアに見付かってしまう。鳴神ダンジョンは夜になると暗くなるという珍しいダンジョンだが、こういう場合は好都合である。
俺たちは夜を待った。影からエルモアとタア坊を出すと、タア坊には見張りを頼む。教授たちはシャドウパペットたちを見て驚いた顔をするが、シャドウパペットだと分かると興味をなくし、荷物から双眼鏡を出して、ワーベアの街の観察を始める。
俺とアリサは、後ろから教授たちを見守りながら話を始めた。
「アリサは大学を卒業したら、どうするんだ?」
「大学に残るか、冒険者を続けながら研究を続けるかですね」
「大学に残るというのは、講師とか助教になるという事?」
「そうです。でも、大学だと自由に研究できないかもしれないので、悩んでいます」
大学だと助教・講師・准教授・教授の順番で段階を踏んで偉くなるらしい。そうなると、学生に講義したり、教授の研究を手伝わされたりするだろうから、アリサが望んでいる仕事環境ではないらしい。
「アリサなら、冒険者としての収入で研究を続けられるんじゃないか?」
「そうですけど、分析魔法の最新情報の入手は、大学が有利なんだそうです」
それを聞いて、俺はニヤッと笑う。
「最新情報を入手したいだけなら、教授や准教授を雇って報告書を書かせればいい」
アリサが目を丸くして、俺を見る。
「教授や准教授を雇うなんて、考えた事も有りませんでした。それは良いかもしれません」
俺とアリサは、森本教授と坂上講師に視線を向けた。その二人はワーベアの街を観察しながら、話をしている。
「見てください。広場の近くにある建物、あれは商店ですよ」
「むむ、そうなると、商取引が行われている事になる。貨幣はどうなっているのだ? まさか物々交換という事はあるまい」
そんな話を聞きながら、俺とアリサは食事を作り始めた。今晩の料理は豚バラ肉と野菜の鍋、それに御飯を電気炊飯器で炊く。
電源はサンドギガースのドロップ品である魔石リアクターを組み込んだ発電機である。魔石リアクターが作り出す電気は直流なので、家庭で使う電気製品を使うには交流にする必要が有る。そこで魔石リアクターの直流電流を交流に変える仕組みを追加した発電機にしたのだ。
食事の用意が出来たので、教授たちを呼んで食事を始めた。
「ほう、ダンジョンで鍋が食えるとは思わなかった」
教授たちは美味しそうに食べ始めた。食事を終え、辺りが暗くなると俺はD粒子ウィングに乗って、岩山の調査へ向かう。
暗くなると言っても真っ暗になる訳ではなく、満月が輝く夜のように薄っすらと人影が見える程度の明るさになる。暗視ゴーグルを装着して上空から岩山を見下ろすと、洞穴は直径二メートルほどある。あそこなら十分に観察できそうだ。洞穴に着地すると、中に入って調べ始める。
十メートルほど進んだところに大きな空間があり、そこに魔物が居た。大きな蜘蛛の上に人間の上半身を付けたアラクネという化け物だ。上半身の左手には盾を持っている。
「ワーベアの街の近くに、こんな化け物が居るとは思わなかった」
俺は『フライングブレード』を発動して、D粒子で形成された斬剛ブレードを握る。
アラクネの顔は鬼女のような恐怖を感じさせる顔だった。俺はアラクネが素早いという情報を思い出して、『韋駄天の指輪』に魔力を流し込む。
その瞬間、アラクネがハイスピードで動き出す。アラクネは蜘蛛の前足二本が槍のように鋭く尖っており、それを武器として攻撃してきた。
その攻撃を斬剛ブレードで受け流し、お返しとばかりに袈裟懸けの斬撃を放つ。アラクネは多数の足で地面を蹴って、後方に飛び退く。
素早い動きだが、シルバーオーガほどではない。『疾風の舞い』の術理を応用して、高速でアラクネを追い駆け斬剛ブレードを横に薙ぎ払う。
アラクネが盾で斬撃を受け止めた。盾には何らかの魔法的な力が働いているようで、<斬剛>の特性が付与された刃を受け止める。
いきなりアラクネが尻を俺の方へ向ける。何をするつもりなのか見当も付かず警戒していると、蜘蛛の尻から糸が飛んできた。俺は慌てて避ける。俺を追って次々に糸が飛んで来る。この糸は壁に命中すると貼り付いた。
高速で動き回りながらアラクネと戦い続けているうちに、アラクネの弱点に気付いた。アラクネは前方に跳躍する時、上半身を前に傾けるのだ。
俺はチャンスを待った。そして、アラクネが上半身を傾けた瞬間、『クラッシュボール』をアラクネに向かって放つ。跳躍したアラクネは空中でD粒子振動ボールを受ける事になった。
当然避けられず、盾で受け止めるしかなかった。盾に命中したD粒子振動ボールは、空間振動波を放出し盾を貫通してアラクネの身体を串刺しとする。
人型の腹から蜘蛛の背中を突き抜けて致命傷を与える。アラクネが消えると、赤魔石<大>と小さな革袋、それに指輪が残った。
革袋を開けるとダイヤモンドやルビーなどの原石が入っていた。原石なので調べてみないと価値は分からないが、もしかすると大金に化けるかもしれない。
指輪は鑑定モノクルで調べると、『ワーベアの指輪』と表示される。これは指に嵌めると外見をワーベアに見えるように変化させる指輪だった。
ワーベアの街に入れるようにするアイテムだ。ダンジョンが意図して『ワーベアの指輪』を用意したのなら、冒険者たちに何か伝えたい事が街の中に有るのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます