第373話 鳴神ダンジョンの十三層

『集積回路のパッケージにも、D粒子を通さないものが必要です』

 メティスが言うには、D粒子は水素原子並みに物体を通り抜ける性質が有るらしい。水素は金属製のタンクに入れていても、いつの間にか漏れ出てタンクから抜け出てしまう。この現象を『透過』という。


 水素原子は小さいので、金属結晶の隙間を通り抜けてしまうのかもしれない。それと同じ事がD粒子でも起きるらしい。クリーンルームで集積回路を作っても、半導体を包み保護するパッケージを工夫しないと結局ダメになるという事だ。


 その事については解決できそうなアイデアがあるとメティスは言う。D粒子繊維製造装置のようにD粒子を固体化して、それをパッケージに使えば、解決できるのではないかというのである。


 D粒子が地球、いや太陽系を包み込んでから数世代分の年月が経過している。その間に集積回路の製造技術はすたれ、工場などは取り壊された。


 書籍や記録は残っているが、それだけで集積回路の技術を再建しようというのは、困難な事だった。実際に製造に従事していた技術者たちが死に絶え、そのノウハウが残っていないからだ。


 俺たちが始めるとなると簡単な電卓みたいなものから開発する事になるだろう。


 メティスの話を聞いていて、完全に理解したのはアリサぐらいだけだったかもしれない。俺は九割方を理解したが、集積回路など見た事がないのでパッケージなど分からない。それに水素が金属を通り抜けるというのは、本当なのだろうか?


「集積回路の再開発については、時間が掛かるだろうから置いておくとして、他に何かアイデアはあるかな?」


「白魔石の利用法ではないのですが、私の勧めで生活魔法を学び始めた友人から、傘の代わりになるような魔法が有ればいいのに、と言っていたのですが、簡単に創れる魔法なんですか?」

 千佳が本当に生活魔法らしいアイデアを出した。


「なるほど、急に雨が降った時に使いたいという事か。D粒子で傘を形成させるのは簡単だが……」


 傘だと風が強い時に危険な事も有ると判断して、フード付きレインコートにした。大きさは体格に合わせて変化するように工夫する。


 その魔法は長時間維持する必要があるが、魔力でコーティングする事で解決した。この『レインコート』という魔法は短時間で創り上げたが、かなり役に立ちそうだ。習得できる魔法レベルは『2』に抑えられたので大勢の人が使えるだろう。


 但し、まだ完成ではない。赤ん坊を抱いている場合や荷物を背負っている場合はどうなるかなどを、試さなければならない。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 A級の長瀬は、やっとフェンリルとの戦いで負った怪我が治り、渋紙市へ戻ってきた。冒険者ギルドへ入ると支部長に報告へ行く。


 近藤支部長は長瀬の顔を見ると、身体の調子を尋ねた。

「もう完全に治りましたよ。それより鳴神ダンジョンの攻略は進みましたか?」

「それが全然なのだよ。主力のA級二人が京都へ行っていたからね」


 長瀬が不機嫌そうな顔になる。

「あいつがバジリスクゾンビを倒したと聞いた」

「グリム君の事だね。京都の支部長が喜んでいたよ。長瀬君も念願の神話級魔導武器を手に入れたそうじゃないか?」


 長瀬がニヤッと笑う。

「ええ、やっと手に入れましたよ。鳴神ダンジョンに潜って試してみるつもりです」

「ところで、長瀬君のランキング順位なんだが、フェンリルを倒した事が評価されて、百十三位になったそうだ」


 不満そうな顔になる長瀬。

「百位に手が届かなかったか、仕方ない」

 支部長から鳴神ダンジョンの様子を聞いた長瀬は、鳴神ダンジョンへ向かった。ダンジョンに入り十層まで最短を進んで、十層の中ボス部屋で一泊してから十二層へ向かう。


 十一層のナメクジ草原で初めて天十握剣を使った。その魔導武器は長い柄の部分と真っ直ぐで美しい剣身を持つ武器だ。


 ランニングスラッグの群れが駆け寄ってくるのを見ながら、天十握剣を身体の横に構える。脇構えと呼ばれる構えから、魔力を流し込んで薙ぎ払うように振り抜く。


 もちろん、ランニングスラッグたちが剣の届く範囲に居た訳ではない。振り抜いた天十握剣の剣身から、斬撃が飛んだのである。攻撃魔法の『ソードフォース』に似ており、それよりも大きな斬撃の刃が一度に十数匹のランニングスラッグを真っ二つにした。


 ランニングスラッグの弱点は、頭部にある小さな脳である。今回はその頭を胴体から切り離されたせいで、死んだようだ。


 満足いく手応えを感じた長瀬は天十握剣を見詰めた。

「こいつはいいな。飛ばす斬撃の大きさや威力も制御できるようだ」

 長瀬はランニングスラッグの群れを全滅させ、ナメクジ草原を進む。


 十一層を通過し十二層へ下りた長瀬は、ここでも天十握剣を使ってサンドギガースを斬り倒す。長瀬は魔石リアクターを一個手に入れて、満足そうに頷く。


 十二層の奥まで行った。そこで岩と赤土で出来た山を発見する。その山の山頂付近に穴がある。

「あの洞穴は怪しいな」

 長瀬は魔装魔法で筋肉強化を行い、山に駆け上がった。


 その洞穴に入った長瀬は、中が暗いと感じてヘッドライトを取り出して頭に付ける。その洞穴を奥へと進むと、蒼銀ゴーレムと遭遇する。


 頑丈な金属で構成されている蒼銀ゴーレムは、普通なら剣で切れない相手だ。だが、天十握剣に魔力を流し込んだ長瀬は斬り裂いた。長瀬は満足そうに笑い、落ちている魔石を拾い上げる。


 この洞穴は緩いカーブを描きながら、下に向かっているらしい。長瀬は一時間ほど進んだところで、大きな扉に辿り着く。


「ここが終点だといいが」

 その扉を長瀬が開けると、広大な街が目に入る。そして、次に目に入ったのが、熊の頭を持つワーベアの住民だった。そのエリアは全体がワーベアの街だったのだ。


「なんて事だ。三百キロほどの体重があるヒグマが、人間に化けたような連中の街か。ここに突入するのは、さすがに無謀だな」


 情報不足を感じた長瀬は、引き返す事にした。


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