第345話 付与魔法の魔導書
「それは『フロートボックス』のようなものですか?」
千佳が水陸両用の乗り物と聞いて、D粒子で形成するものを想像したらしい。
「そうじゃない。金属に<反発(地)>と<反発(水)>の特性を付与して、機体を宙に浮かせて大型の扇風機のようなもので推進させるつもりなんだ」
「ああ、ホバークラフトに似ていますね。でも、ナメクジ草原を突破するために乗り物が必要だと思ったのは、なぜです?」
千佳は乗り物の必要性が分からなかったようだ。
「ナメクジ草原を徒歩で突破しようとすると、遭遇するランニングスラッグの群れを全滅させないと進めなくなる。あいつらはしつこいんだよ」
ランニングスラッグを振り切って進むためには、乗り物が必要だと説明する。
「だったら、『韋駄天の指輪』を使って振り切れば、いいんじゃないですか?」
「それだと魔力と体力を、かなり消耗する事になる。それを四、五回も繰り返すのは苦しい」
アリサが千佳に顔を向けて尋ねる。
「千佳だったら、できそうなの?」
幼少から鍛えた千佳の体力は、相当なものだった。それを考えて質問したのだ。
「そうね、厳しいかな。二回くらいだったら、『トップスピード』を使って逃げ切ったとしても、三、四回目には体力が尽きるかも」
「その乗り物なんですが、石橋さんたちの即席装甲車のように、装甲を貼り付けるんですか?」
由香里が質問した。
「石橋さんたちの即席装甲車は、パワーでランニングスラッグを弾き飛ばして逃げ切るタイプだけど、俺が作ろうと思っているのは、スピードで逃げ切るタイプなんだ。だから、なるべく軽くしたいと思っている」
「スピードですか。だから、<反発(地)>と<反発(水)>を使って浮かそうと考えているんですね」
ダンジョン内のでこぼこした地形を走る車というのは、スピードを出すとひっくり返る恐れが有るので、思ったほどスピードを出せないものだ。
ナメクジ草原はでこぼこした地形であり、しかも草が生い茂っているので、尚更スピードが出せないと思った石橋は、装甲車にしたのだろう。
「その乗り物ですが、何という名前にするんです?」
天音がいきなり名前を質問してきた。どんな形の乗り物になるのかも決まっていないのに早すぎる。俺がそう言うと、天音は名前が決まっていないのは不便だと言う。
「それじゃあ、『ホバービークル』と呼ぶ事にしよう」
名前を聞いて頷いたアリサが声を上げる。
「グリム先生、私たちに手伝える事はありますか?」
「アリサは、俺と魔導書の翻訳だな。他の三人は鳴神ダンジョンへ行って、七層の白輝鋼を採掘してくれないか」
「うわっ、また採掘ですか」
天音が口を尖らせた。
「嫌ならいいけど」
「いえ、喜んで行かせてもらいます」
天音たちは夏休み中なので、時間は有るらしい。
「天音は魔物探知装置を作製中じゃなかったの?」
千佳が確認した。それを聞いた俺は目を丸くして驚く。魔物探知装置はかなり高級な部類に入る魔導装置であり、作製には高度な技術が必要だと聞いていたからだ。
「凄いな。そんな高度な魔導装置が作れるようになったのか?」
天音が困ったような顔で、違うと手を振る。
「あたしが作ったのは、簡易魔物探知装置というもので、探知範囲が狭いものなんです」
それでも二年生で簡易魔物探知装置が作れるのは、二人ほどしか居ないらしい。天音が頑張っているのが分かった。
今日は全員で魔導書を調べる事にした。付与魔法の魔導書は、生活魔法の魔導書とは異なるようだ。魔法陣と説明文の他に魔導素子と呼ばれるものが記載されている魔法が有るのだ。
「そう言えば、先生の魔導書に記載されている魔法は、全て習得したんですか?」
由香里は魔導書を見ていて、俺の魔導書を連想したようだ。
「最後に魔法レベル20で習得できる生活魔法が残っていたが、最近になって習得したよ」
「どんな魔法だったんですか?」
「『ウォーターピュリファイ』という水を浄化する魔法だった。大量の水を一気に浄化する魔法なので、国によっては有益な魔法になると思う。ただ習得できるのが、魔法レベル20というのでは話にならない。もっと機能を落として、習得できる魔法レベルを下げないとダメだと思う」
アリサは真剣な顔で頷いた。
「『ウォーターピュリファイ』の劣化版作成を優先した方がいいのではないですか?」
「いや、簡単に作成できるものじゃないんだ。俺にも理解できない部分が有るので、その部分を時間を掛けて調べながら作成する事になると思う」
俺たちは魔導書の調査を続け、記載されている三十二個の魔法の中で魔法庁に登録されている付与魔法が二十四個あり、未登録のものが八個なのが分かった。
これは魔法庁が販売している『魔法一覧』という冊子に記載されている魔法と比べてチェックしたので、確かなものである。
「この『エアコンプレション』という魔法は、空気圧縮機と同じ働きをするみたいですが、これを使えば推進力になるのではないですか?」
アリサが登録されている付与魔法の説明を見ていて、アイデアを出した。
俺は天音に目を向けた。
「『エアコンプレション』という魔法は、何に使われているか知ってる?」
「扇風機の代わりに使われている事が多いです。空気を圧縮するという効果は、大したものではないと言われています」
『エアコンプレション』のページには説明書きがあり、その内容を読んでみると面白い事が分かった。この魔法には魔導素子が有り、その魔導素子も記載されていたのだ。
「この魔導素子は、初めて見ました」
何かの原因で消失した知識だったようだ。天音が凄い発見だと声を上げて喜んだ。魔導素子の重要性が今ひとつ理解できない俺は冷静に何に使えるか考えた。魔導基板の上に、この魔導素子を連結して並べれば大きな力を発揮するのではないだろうか。
そのアイデアを皆に話すと、天音が興奮して目を輝かせる。
「実験して、確かめましょう」
それには機材や魔導基板などが必要になる。天音に何が必要か書き出してもらい、俺が購入する事になった。
すぐに機材や魔導基板が揃えられる訳ではないので、俺とアリサは魔導書の翻訳、天音・千佳・由香里は白輝鋼の採掘という予定は変わらない。
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