第289話 凶悪な魔法

 俺はD粒子の形成物を並べる多重起動のやり方を『多重並列起動』と呼ぶ事にした。魔法レベル10で習得できる『クラッシュボール』を使い、多重並列起動で攻撃すれば大物も倒せる。この技術は重要だと思った。――バタリオンに入った者だけに教えるのもいいな。


 そろそろ周りが暗くなってきたので、多重並列起動の練習をやめて中ボス部屋に戻った。影からシャドウパペットたちを出し、夕食の用意をして食べる。


 食べ終わって、お茶を飲みながらヴリトラの巣について考え始めた。多重並列起動を使い熟すには練習が必要だと分かったので、複数のヴリトラ対策としては新しい魔法が必要だと結論する。


「さて、新しい魔法の開発だ。メティスも協力してくれ」

 エルモアがタア坊を抱きかかえたまま振り返る。

『分かりました』


 エルモアはタア坊を床に降ろし、俺の傍に寄って座った。

『どんな魔法にしますか?』

「長い刃物を飛ばすような魔法にしようと思っているんだ」

 遠距離戦用となると命中させるのが難しくなる。そこでD粒子の長い刃物を作って飛ばせば、ある程度命中率も上がるのではないかと考えたのだ。


『長い刃物ですか。……どのような形にするのです?』

「刃物を飛ばすというと、手裏剣やチャクラム、ブーメランが考えられる。大きくして命中率を上げるという点を考えると、円形のチャクラムか、ブーメラン形だ。今度はブーメラン形にしようと思う」


 忍者が使うような星型の手裏剣も考えられるが、D粒子の量が増えそうだったので対象外とした。


『ブーメランですか……それなら三日月型にしたら、どうでしょう』

 俺とメティスは話し合い、長さ二メートルの三日月型ブーメランにした。

「問題は組み込む特性だな」


『D粒子一次変異の<空間振動>は必須として、D粒子二次変異は<分散抑止><ベクトル制御><ベクトル加速>が候補に挙がります』


 三つとも付与できれば良いのだが、現在の俺の技術ではD粒子二次変異の特性二つまでが限界なのだ。賢者システムを立ち上げてD粒子の形を設定し、<空間振動>と三つの特性を付与しようとする。


 <空間振動>は付与できた。<編成>を使って<分散抑止><ベクトル制御><ベクトル加速>の三つを一つに纏めようとしたが、ダメだった。


「はあっ、どれを切り捨てるかだな」

 俺は<ベクトル制御>の特性を切り捨てる事にした。<編成>を使って<分散抑止><ベクトル加速>を一つに纏めて付与する。


 これで威力と長射程、速度を組み込んだ事になる。

『組み込める特性の数に制限がなければ、どれほど強力な魔法が完成するか。残念ですね』

「仕方ないさ。生活魔法はまだまだ発展途上の魔法なんだ」


 新しい魔法を形にした俺は、早めに休む事にする。

 翌朝、六時頃に目を覚まして、朝飯を食べ探索に行く用意をする。五層から六層に下りて、最短で八層へ向かう。


 八層に到着すると、ジャングルの中に聳える巨木へ行って新しい魔法を試す事にした。巨木から二百メートルほど離れた場所で立ち止まると、賢者システムを立ち上げる。


 ジャングルの中で少し小高くなっている場所に聳える高さ百メートルほどの巨木に向かって、新しい魔法を発動した。D粒子が集まり長さ二メートルの三日月型ブーメランへと姿を変える。


 そのD粒子ブーメランが回転しながら弾けるように前方に飛翔すると、瞬時に目では追えない速さまで加速し巨木まで到達。その鋭い刃が直径五メートルはある巨木の幹に食い込んだ。


 巨木の半分まで刃を食い込ませた瞬間、三日月型ブーメランに組み込まれていた<空間振動>が発動して、ブーメランから四方八方に空間振動波が伸びて巨木の幹を粉砕する。


 直径五メートルもある巨木が一撃で両断された。避けるしか防御方法がないので、かなり凶悪な魔法である。巨木がゆっくりと手前に倒れ始め、地面に倒れた時には轟音が響き渡る。


『凄まじい威力です』

 俺とエルモアは倒れた巨木に近付き、切り口を調べた。切り口が滑らかで周りに木屑きくずが散らばっている。空間振動波で粉砕された木屑だろう。


「D粒子ブーメランの速度は、どれほどだと思う?」

 俺はメティスに尋ねた。

『巨木に命中したタイミングから推測すると、時速八百キロほどだと思われます』


「へえー、そんなに速いのか。<ベクトル加速>の効果だろうな」

『そう言えば、D粒子ブーメランは曲がらないのですね』

 ブーメランだから曲線を描いて飛ぶのかと、メティスは思っていたらしい。


「あんなものが一周して戻ってきたら嫌だろ。それに命中率が下がるから、直進するように調節した」


 この魔法は『クラッシュボール』三十発分の魔力を消費する。その結果、魔力に敏感な魔物は何かが近付いていると感じるはずだ。但し、速いので気付いた時には命中したという感じになると思う。

 ただ桁外れに敏捷な魔物も居るので例外は有るかもしれない。


『名前は何としますか?』

「そうだな……『デスクレセント』にしよう」

 ちなみに『デスクレセント』を習得できる魔法レベルは『18』である。


 何度か試してみて、スムーズに『デスクレセント』が発動できるようになった。ただ魔力の消費量は多いようで魔力が尽きそうになった。不変ボトルの万能回復薬で回復する。


 その後、ヴリトラの巣へ向かった。

「どうやって、ヴリトラたちを倒すか、作戦が必要だな」

『ヴリトラの巣に、賢者審査会で創った花火のような魔法を撃ち込んで、巣から出てきたヴリトラに『デスクレセント』を撃ち込むのが良いでしょう』


 ヴリトラの巣に強力な魔法を撃ち込む事も考えたが、宝箱まで吹き飛んだら本末転倒だと考えてやめたという。まあ、目的が宝箱なのだから当然だろう。


『そう言えば、花火のような魔法には、名前を付けたのですか?』

「ああ、『ファイアワークアロー』にしたよ」


 ヴリトラの巣に近付いて、ヴリトラが何匹居るか確かめる。

「今日は六匹か、一匹増えてるじゃないか」

『運が悪いとしか言いようがないです』


 五匹でも六匹でもやる事は同じである。俺はヴリトラの巣から二百メートルほど離れた場所から、『ファイアワークアロー』を発動した。


 虹色に輝く矢が飛翔し、巣の真ん中で花火のように綺麗な光を爆散する。爆散と言っても、全く威力のないものなので、ヴリトラたちは驚いただけである。


 ただ攻撃されたという事は理解したので、巣から出てきて鎌首をもたげて敵を探し始める。その瞬間、『デスクレセント』を発動した。


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