第286話 賢者と弟子たち
「グリム先生、私も資金を出します」
アリサが提案してくれた。
「いや、それは遠慮しよう。このバタリオンは自分の責任で設立したいんだ」
資金が足りないのは確かだが、これくらいの資金はすぐに作れると思った。
「ダメです。グリム先生には助けて頂いてばかりでした。今度こそ少しでもいいから力になりたいんです」
アリサが俺を見詰める目には真剣で強い意志が込められていた。これを断ったらアリサを傷付ける事になるかもしれない。
俺は受け取る事にする。アリサの気持ちが単純に嬉しかったのだ。
「本当にいいのか。分析魔法を勉強するのに金が必要な事も有るんじゃないか?」
「大丈夫です。これからもダンジョンの探索を続けるつもりですから」
その数日後、屋敷にアリサたち四人が集まった。リビングのソファーに座った天音たちの視線が俺に集まる。
「先生、話というのは何ですか?」
天音が明るい声で尋ねた。俺は深呼吸してから、自分が賢者である事を打ち明けた。
天音たちは目を丸くして驚いた。平静なのはアリサだけである。それに気付いた千佳がアリサに視線を向ける。
「アリサは、グリム先生が賢者だと知っていたのね」
「ええ、私は少し前にグリム先生から聞いて知っていたの。黙っていて、ごめんなさい」
由香里が俺の方へパッと顔を向ける。
「日本で賢者が誕生したというのは、先生の事だったんですね?」
「そうだ。賢者審査会に申請して公認してもらったんだ」
大騒ぎになった。天音と由香里は手を取り合って歓声を上げる。俺はメティスも紹介し、エルモアが言葉を喋れるのを知ると目が飛び出るほど驚いた。
バタリオンの件を話すと絶対に入ると言ってくれた。ただアリサが資金を出す事は伝えなかった。そんな事を言えば、天音たちも出すと言い出すのは予想できたからだ。
千佳が真剣な眼差しを俺に向ける。
「賢者は魔法庁に登録していない魔法を、たくさん持っていると聞きました。先生も持っているのですか?」
「たくさんというほどじゃないが、十四か十五くらいは有るんじゃないか」
「どんな魔法が有るか教えてください」
俺は一つずつ説明した。由香里は『クラッシュボール』と『ステリライズクリーン』に興味を示し、天音は『パイルショット』や『コールドショット』のシリーズに興味を示した。
千佳は『フライングブレード』と『ブローアップグレイブ』に強く惹かれたようだ。アリサは『ブーメランウィング』と『マグネティックバリア』を使えるようになりたいと言う。
秘密にしていた事を告げた俺はホッとした。話が終わったので影からシャドウパペットたちを出すと、天音がタア坊を抱き上げた。
「タア坊は可愛いな。ねえ、あたしたちもシャドウパペットを作ろうよ」
他の三人も賛成した。作り方は知っているので、自分たちで材料を取りに行って作ると言う話になる。
由香里が銃弾の傷が治った為五郎に抱きつく。
「先生、為五郎は強化しないんですか?」
由香里が言う強化というのは、為五郎専用の防具を作らないのかという事らしい。
「考えていない訳ではないけど、今は素材がないんだ」
エルモアの防具に使ったスティールリザードの革は、為五郎の防具に使えるほど残ってはいなかった。
「そう言えば、鳴神ダンジョンの八層で、後藤さんたちがヴリトラと遭遇したそうですよ」
天音が冒険者ギルドで仕入れた情報を披露した。ヴリトラというのは蛇の魔物である。全長が二十メートルほどもある大蛇で、全身の鱗は朱鋼よりも頑丈だと言われている。
後藤たちはヴリトラを倒してドロップ品を手に入れたらしい。そのドロップ品が頑丈な皮だったようだ。天音はヴリトラ狩りをすればドロップ品が手に入るのではないのかと言う。
「大蛇か、どうするかな」
アリサが苦笑いする。
「まだ蛇が苦手なんですか?」
こればかりは生理的にダメなのだ。それに地面を這う大蛇となると、戦い難い相手だった。接近しないと魔法を命中させられない事が多いからである。
特に木々や雑草が生い茂る場所となると、近付くまで気付かない場合もある。蛇は厄介なのだ。
「ところで、付与魔法の勉強はしっかりやっているのか?」
「もちろんですよ。魔法レベルも『6』に上がったんですよ」
天音の場合、魔法学院時代に生活魔法ばかりを修業したので、付与魔法が全然上達しなかった。そのせいで苦労しているのだが、やっと魔法レベル6まで上げたらしい。
天音から付与について聞いたが、それでも理解するところまではいかなかった。どうやら付与に関する天音の理解が浅く十分な説明ができなかったようだ。
アリサが俺に視線を向ける。
「私たちもC級になれるでしょうか?」
「努力次第だけど、C級冒険者への昇級試験はブルーオーガを倒す事だ。『クラッシュランス』や『コールドショット』の早撃ちができるようになれば、倒せるだろう。但し、昇級試験を受ける資格を得るのが大変なんだよ」
「グリム先生はファイアドレイクを倒して、資格を手に入れたんですよね?」
千佳が尋ねた。
「そうだ。ファイアドレイクを倒すには『ブーメランウィング』『マグネティックバリア』『サンダーソード』が必要だった」
「つまり魔法レベルを『14』まで上げる必要が有るのですね。分析魔法の勉強をしながらだと、時間が掛かりそうです」
由香里が溜息を漏らす。
「攻撃魔法使いがファイアドレイクを倒そうとすると、魔法レベル15で習得できるようになる『ドレイクアタック』が必要になるのよね」
「今まで月二回ダンジョンに潜っていたけど、それを四回に増やしましょうか?」
アリサが提案した。
「シュン君たちはどうするの?」
天音が確認する。
「増やした二回は、私たちだけで三十一層を目指すのはどう?」
由香里が言い出した。すると、天音が賛成する。
「ダークキャット狩りをするのね。いいんじゃない」
賑やかな話が終わり、アリサたちが帰ると俺は八層のヴリトラについて考え始めた。
「『ブローアップグレイブ』や『トーピードウ』なら仕留められそうだな」
それを聞いたメティスが、
『『バーストショットガン』も効果が有ると思います。ヴリトラ狩りをするのですか?』
「いや、八層を探索する場合には、ヴリトラ対策が必要だと思っただけだ」
俺はバタリオンの設立資金を稼ぐために、鳴神ダンジョンに潜る事にした。
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