第269話 赤城の敗北とチャンス

 続けざまに『デプスチャージ』の爆雷攻撃を食らったアクアドラゴンは、激怒していた。赤城たちの船に迫ると海に潜った。海中から船を攻撃するつもりなのだ。


 赤城たちは船をジグザグに走らせながら、『デプスチャージ』を発動して海中のアクアドラゴンを攻撃しているが、中々命中しない。


 俺はその様子を見ていて、赤城たちは研究不足だと感じた。アクアドラゴンの戦闘パターンを調べないで戦いを挑んだように感じる。


「アホだな。でも、そんな考えなしがB級になれるか?」

『やはり何か切り札を持っているのかもしれません』

 どんな切り札を持っているのか考えながら見ていると、何か様子がおかしい。


「何か動きがおかしいな」

『攻撃魔法使いが一人減ったので、考えていた作戦が使えなくなったのではないですか?』

「ああ、そういう事か。すでに作戦が破綻していたのか」


 赤城の船が撤退を開始した。周りを見回すと他の冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ始めている。

「さすがベテランだな。ちょっとした兆候を察知して避難を開始している」

 俺も逃げ始めた。だが、残念ながらベテラン冒険者たちと比べて一番遅かったようだ。こういうところは見習わないと、そう思った。


 後ろを見ると嫌な事に赤城たちの船が追って来ている。その後ろにはアクアドラゴンの姿があった。明らかに赤城たちの船の方が速い、このままでは俺の船がアクアドラゴンに攻撃されそうだ。


「あのクソ野郎、俺を巻き込む気だな」

『このままでは追い抜かれます。そうなると、アクアドラゴンの攻撃が、この船に向けられるかもしれません』


 周りを見回しベテラン冒険者の船を確認すると、既に安全圏に逃げている。俺はまだまだだなと思うと同時に、赤城の評価は後藤が正しかったのだと分かった。


「仕方ない、飛んで逃げよう」

 俺が余裕を持って対応していたのは、最終的に飛んで逃げれば良いと思っていたからだ。『ブーメランウィング』を発動し、目の前に戦闘ウィングが現れる。


 その時、赤城たちの船が追い抜いていった。後ろを見るとアクアドラゴンが迫っている。俺は戦闘ウィングに乗って素早く飛び上がった。残念ながら船は置き去りである。


 船を囮にして安全圏に逃げようと考えたのだ。俺が上空に飛び上がった直後に、アクアドラゴンが海面から顔を出して俺の船に向かって水刃ブレスを放った。


 その瞬間、俺の船を追い抜いた赤城の船から、強烈な光が放たれる。赤城が切り札の魔法を発動したのだ。それに気付いたアクアドラゴンが身を捩る。頭を狙った光は、アクアドラゴンの背中に命中して大きな傷を刻みつけた。


 アクアドラゴンが狂ったように咆哮を放ち、血走った目で赤城たちを睨んでから海に潜る。

 俺は上空から見ていた。アクアドラゴンは深く潜り、反転して赤城たちの船を目掛けて驚異的な速度で上昇を開始。


 この時、赤城たちは致命的なミスを犯した。アクアドラゴンの気配を探るためにスピードを落としたのだ。大きなダメージを与えたので、トドメを刺せるかもしれないと欲を出したのである。


 アクアドラゴンが船底から体当りして、赤城たちの船を空中に跳ね上げる。船は一回転半して逆さまになって海に落下。赤城たちは船から投げ出されて姿が見えなくなった。よく見ると数匹のプチロドンが付近の海を泳いでいる。


「これって、まずい状況じゃないか?」

『赤城さんたちの事を言っておられるのなら、絶望的状況でしょう。ちなみにグリム先生の船も絶望的です』


 俺の船はアクアドラゴンの水刃ブレスで破壊されたようだ。俺は赤城たちの姿を探して海上を飛んだ。船の周りを三周ほど回ったが、赤城たちを見付ける事はできなかった。海中でプチロドンに襲われたのなら、本当に絶望的である。


 海中のアクアドラゴンに気付いて急上昇する。この化け物は俺も狙っていたようだ。海面から飛び上がると、俺に向かって水刃ブレスを放つ。


 旋回して水刃ブレスを躱した俺は、『クラッシュボール』を連続で発動した。この魔法は多重起動できない代わりに発動が早い。魔力もそれほど多くは必要ないので、連続して発動するのには向いている。


 但し、飛翔速度が遅いので命中するかどうかが問題だった。海に落下したアクアドラゴンを追ってD粒子振動ボールが海面に落下、衝撃で空間振動波が海中に放たれる。空間振動波は岩だろうが水だろうが関係なく、直径十センチで長さ十二メートルの円柱状の空間にあるものを粉砕する。


 海中から大量の泡と血が上昇してきた。D粒子振動ボールから放たれた空間振動波のどれかが、アクアドラゴンに命中したようだ。ちなみに、泡は水が分解したものだろう。


 俺は逃げようと思い上昇する。すると、アクアドラゴンが海面に浮かんできた。様子が変だったので、アクアドラゴンの全身を確認する。


 アクアドラゴンの頭に穴が開いていた。そこから血が流れ出し、動きがおかしくなっている。これは倒すチャンスじゃないのか?


 俺がアクアドラゴンに向かって飛翔しようとした時、こういう時こそ慎重に行動しようと考え直した。『トーピードウ』を発動して、上空からD粒子魚雷を落とした。


 D粒子魚雷が命中する直前に、アクアドラゴンが水刃ブレスを放って迎撃する。動きがおかしくなっているが、水刃ブレスを放つ事はできるらしい。


 俺は水刃ブレスが届かない高度に停止して、アクアドラゴンの動きを観察した。左半身が麻痺しているようだ。


「『トーピードウ』でもう一度攻撃するか」

『それより『クラッシュボール』を多数発動した方が有効だと思います』

 メティスのアドバイスに従い、俺は大量のD粒子振動ボールをアクアドラゴンの上に落とした。麻痺しているアクアドラゴンの体のあちこちに命中するのだが、どれも致命傷にはならなかった。


 距離が遠すぎてピンポイントで急所に命中させられないのだ。俺は危険を冒す事にした。アクアドラゴンの横から低空飛行で近付き、心臓を狙おうと思ったのである。


 旋回して高度を落とし、アクアドラゴンの心臓があると思われる位置を狙って、D粒子振動ボールを放った。一発目が外れ、二発目も外れる。そして、かなり近付いた時に放った三発目がアクアドラゴンの胸を貫いた。


 その瞬間、アクアドラゴンが俺に向かって水刃ブレスを放った。慌てて急上昇してブレス攻撃を避けた俺は、アクアドラゴンを上空から観察する。大量の血を吐き出したアクアドラゴンが、痙攣して消えた。


「うおおーっ、倒したぞ」

『幸運でしたね』

 メティスの言う通りだった。最初にD粒子振動ボールをばら撒いた時に、偶然アクアドラゴンの頭に命中しなければ、チャンスはなかったのだ。


 これでA級冒険者になれると思うと、身体の底から喜びが溢れ出てくる感じがする。

 その時、『ブーメランウィング』の魔法が切れそうになっているのに気付いて、転覆している赤城の船に降り立った。


 そうして、ドロップ品をどうやって回収するか考えていると、一隻の船が近付いてきた。

「グリム、大丈夫か?」

 後藤の船だった。

「俺は大丈夫ですけど、赤城さんたちが、アクアドラゴンに殺られました」


「見ていたよ。あいつらアクアドラゴンを舐めていたんだ。それより、おめでとう。アクアドラゴンを倒したんだろ?」

 後藤たちは遠くから見ていたので、詳しい戦闘の様子は分からなかったようだ。


「はい。ラッキーでした」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る