第268話 アクアドラゴンと赤城

 俺は八層にあった尖塔岩の情報をギルドに報告してから、待合室でコーヒーを飲み始めた。


 長椅子に座って周りの冒険者たちの会話を聞いていると、B級冒険者の赤城のチームがギルドに入ってくる。赤城は受付カウンターへ行くと、鳴神ダンジョンでの探索を報告してから、職員にアクアドラゴンについての情報を説明してもらいたいと言う。


 赤城たちは鳴神ダンジョンの八層で探索していたらしい。俺は右側の尖塔岩の方角へ行ったが、赤城たちは左側の森林地帯を野営して調査していたようだ。


 地上に戻ろうとしたら、後藤が立てた警告板を見てアクアドラゴンの出現を知ったらしい。

「ギルドのサービスの一つとして、ダンジョンの情報を説明するというものがあったはずだ」


 対応した加藤は困ったような顔をする。そのサービスは存在するのだが、資料室にある資料を、冒険者が自分で調べるのが普通だったからだ。


 赤城たちは調べる時間が惜しくて、そんな事を言い出したようだ。加藤は仕方なく説明を始めた。


「グリム、アクアドラゴンに挑戦しないのか?」

 鉄心が片手にビールを持って、俺の隣に座った。

「アクアドラゴンの強さは半端じゃないですからね。簡単に挑戦なんてできませんよ」


「まあ、そうだろうな。西條は危ないところを助けられたそうじゃないか?」

「石橋さんから聞いたんですか?」

「ああ、昨日の夜は、その話で盛り上がったんだ」


 俺は赤城たちに視線を向けた。

「赤城たちが気になるのか?」

 俺の視線に気付いた鉄心が尋ねた。


「同じB級のライバルですからね。先を越されたくはないです。でも、俺はソロですから、不利なんですよ」

「そうか、西條がソロで挑んで失敗したばかりだもんな」


 赤城たちは『チャンスだぜえ』と言いながら、アクアドラゴンを倒すと宣言した。一日休んで明後日、アクアドラゴンを倒しに行くようだ。


「あいつら、アクアドラゴンを舐めているんじゃないか?」

 鉄心が腑に落ちないという顔で疑問を口にする。

「何か、必勝法みたいなものが有るのかな?」

「ないない。五大ドラゴンに必勝法なんてないぞ。グリムだって、アースドラゴンを倒した時は、入院する羽目はめになったじゃないか」


 俺はアースドラゴンに肋骨を折られた時の事を思いだして、苦い顔になった。あの時、『クラッシュボール』や『トーピードウ』の魔法があったら、肋骨を折らずに倒せたかもしれない。


「それだと、赤城さんたちの自信満々の顔が、おかしいですね」

「そうなんだよな。何か新しい魔法か魔導武器でも手に入れたんじゃないだろうな?」

「もしかすると、鳴神ダンジョンの八層で、何か手に入れたのかも」


「チッ、それが本当なら、羨ましいぜ」

 鉄心が正直に心の声を口にした。俺は赤城たちの戦いも見物に行こうと決める。冒険者チームとアクアドラゴンの戦いを見てみたかったのだ。


 翌日は正式な<空間振動>の魔法を考えていて一日が潰れた。そして、その次の日は赤城たちの戦いを見物するために鳴神ダンジョンへ向かう。


『赤城さんのチームは、アクアドラゴンを倒せるでしょうか?』

「どうだろう。攻撃魔法には、水中に棲むドラゴンを倒すための専用魔法があると聞いているけど、必ず倒せるというものではないらしい」


 鳴神ダンジョンに入った俺は、三層へ下りた。入り口のところに冒険者たちが集まっている。赤城たちの戦いを見物するために集まったようだ。


「おはようございます」

 冒険者たちの中に後藤の姿を見て挨拶した。後藤が挨拶を返し笑顔を見せる。


「集まりましたね。これだけ見物人が居ると、赤城さんたちは戦い辛いんじゃないですか?」

「いや、赤城たちは、そんなやわな連中じゃないぞ。危険になったら、ドラゴンを見物人に誘導するぐらいの事をする連中だ」


 赤城に対する後藤の評価は酷いものだった。俺は赤城の事をあまり知らないので、それが本当かどうかは分からない。


「おっ、今日の主役が登場だ」

 後藤の声で後ろに見ると赤城たちが階段を下りてきたところだった。赤城は俺たちを見ると鼻で笑って、船を出して乗り込んだ。


 赤城たちが海中神殿に向かって出発すると、見物の冒険者たちも船を出して出発する。俺はどうするか迷ったが、船で行く事にした。


 D粒子ウィングで上空から見物というのも考えたのだが、それだと変に目立ちそうなので船を出した。一度壊れて修理した船である。


 他の冒険者たちの船を追い掛けるように海に出て、海中神殿が近付くと停止する。そこから見物しようというのだ。そのための双眼鏡も用意してある。


 俺は双眼鏡で赤城たちの動きを見物していた。赤城たちは海中神殿に向かって何か魔法を放ったようだ。爆発音が聞こえ、海面から盛大な水飛沫が上がる。


 この攻撃でアクアドラゴンが怒った。海面から飛び上がり、空中で水刃ブレスを赤城たちの方へ放つ。赤城たちの船が高速で回避。俺の船よりスピードが有るようだ。


 赤城が何か魔法を放った。アクアドラゴンに命中したが跳ね返される。

『あれは『ソードフォース』ですね』

 メティスが解説してくれた。魔力に対する鋭いセンサーを持っているメティスには、どんな攻撃魔法を放ったか分かるらしい。


「『ソードフォース』が簡単に弾かれたか、やはりアクアドラゴンの防御力は凄いな」

 そう言った時、赤城ともう一人の攻撃魔法使いが『フライ』を使って空中に飛び上がった。上空からアクアドラゴンを攻撃するつもりのようだ。


『『メガボム』を発動したようです』

 この魔法はアクアドラゴンには命中しなかった。ただ近くの海面に着弾し大爆発を起こす。その爆風でアクアドラゴンがダメージを負った。


 アクアドラゴンは海に潜り、海中から攻撃する事にしたらしい。水刃ブレスが船に向かって放たれる。船に残っている魔装魔法使いたちは必死でジグザグに走りブレス攻撃を回避する。


 その間に赤城が魔法を海に向かって放った。

「何の魔法だ?」

『『デプスチャージ』ですね。昔、潜水艦を攻撃するために使われた爆雷と同じ効果を持つ魔法です。たぶんこれが、水中に棲むドラゴンを倒すための専用魔法です』


 もうちょっと派手な魔法を期待していたのだが、この魔法なら効果的にアクアドラゴンへダメージを与えられる事に気付いた。


「爆雷か、それなら効果的かもしれないな」

 『デプスチャージ』は海中で爆発。それに驚いたアクアドラゴンが海面に飛び上がった。その巨体に向かってもう一人の攻撃魔法使いが何か魔法を放つ。迎撃するようにアクアドラゴンは水刃ブレスを放った。


 攻撃魔法と水刃ブレスが交差して、攻撃魔法が弾き飛ばされる。水刃ブレスは圧倒的な威力を持って、魔法を放った攻撃魔法使いを薙ぎ払った。


「あっ」

 思わず声を上げる俺。アクアドラゴンとの戦いで初めて犠牲者が出たのだ。また海に潜ったアクアドラゴンに対して、赤城が『デプスチャージ』を続けざまに放つ。


 海中で何度も爆発が起き、また海面からアクアドラゴンが飛び上がる。アクアドラゴンは大きな目で赤城を睨んだように見えた。そして赤城に向かって水刃ブレスを放つ。


 赤城は必死に逃げ回る。船に乗っている仲間が魔導武器らしい弓で援護する。だが、飛翔した矢がアクアドラゴンの鱗に弾かれ爆発。大した援護にはならない。


 魔力の消費が激しいのだろう。赤城は船に近付き飛び乗る。

 俺を含む冒険者たちはどうするのだろうと注目した。


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