第196話 亜美の姉

 訓練を終えて自由自在に動けるようになった熊型シャドウパペットのパゥブは、ほとんどの時間を亜美の影の中で過ごす。パゥブが影から出てくるのは、学院の訓練場かダンジョンだと決まっていた。


 亜美はもう一つの目標である『ウィング』の魔法を習得するために魔法レベルを上げる修業に取り組んでいたので、放課後に巨木ダンジョンでパゥブと狩りをしている事が多い。


 その事を知ったカリナは、亜美に休むようにアドバイスした。

「そんなに無理していたら、ダンジョン探索中に集中力が切れて、死ぬ事になるかもしれない。ダメよ」

「でも、私は一年を無駄にしたから、頑張らないと」


 カリナが溜息を漏らした。

「十分頑張っているじゃない。次の休みは実家に帰ってゆっくりしなさい」

 そう言われた亜美は、金曜日の放課後から慈光寺家に戻る事にした。


 電車を乗り継いで実家に戻った亜美は、家に居た母親に帰ってきた事を告げる。

「もうちょっと頻繁に帰ってきなさい。心配するじゃない」

「はーい」


 亜美が父親の予定を聞くと、大阪に出張だという。

「お父さんに話があったの?」

「特に話す事が有る訳じゃないけど、学院での出来事を聞きたいと言っていたから」


 母親の真奈美は、笑って頷いた。

「そうなの、お父さんが帰ったら残念がるかもね。代わりに母さんが聞いてあげるわ」


 亜美はグリムと一緒にダンジョンで修行している事や魔導人形師として勉強している事、熊型シャドウパペットを作る手伝いをして、練習台として作ったシャドウパペットをもらったと話した。


「そう言えば、お父さんもシャドウパペットについて話していたけど、同じものなの?」

「同じだと思う」

「確か魔法庁の偉い人が、国際会議にシャドウパペットを連れて行ったら、凄い反響があったそうなの」


 そんな話をしている時、玄関の方で声がした。一番上の姉である響子が帰ってきたのだ。この姉は我が家の問題児だった。大学三年なのだが、自由奔放な性格で両親に心配を掛けているのだ。


 一度帰った響子は、着替えるとまた出掛けようとする。それを真奈美が止めた。

「こんな遅くにどこへ行くの」

「外に友達が待っているから」

 母親が眉をひそめるのを、亜美は気付いた。


「私が断ってくる」

「ちょっとやめて」

 母親が外に出て行くのを亜美は追った。玄関の外にはヤンキーのような不良ではなく、草食系男子二人が立っていた。この時代はヤンキーや暴走族は絶滅しているのだ。


「響子ちゃん、早くしないと始まっちゃうよ」

「すぐ行くから。母さん、これから地下アイドルのショーを見に行くのよ。いいでしょ」


 響子はメンズ地下アイドルに嵌っているらしい。地下アイドルは女性だけでなく男性の地下アイドルも居るのだという。亜美は初めて知った。


「あなただけだと心配なのよ」

「それなら亜美も一緒なら、どう?」

 姉の響子が提案した。

「えーっ、私も」


 母親が考える顔をしてから決断した。亜美は時々思い切った事をするが、堅実で真面目な性格なのを分かっている母親が、お目付け役として亜美が一緒なら大丈夫と判断したらしい。

 なぜか分からないが、亜美は母親に信用されている。


「分かった。亜美が一緒に行くのなら、許します。その代わりにショーが終わったら、すぐに帰ってきて」

 ダンジョンなんかと比べたら、夜の都会は安全だ。日本の街は外国と比べれば、治安がいいのだ。


 亜美も行く事になり、姉と一緒に出かけた。繁華街で行われたショーは、亜美には理解できないほど盛り上がった。狭い会場で騒ぐ観客たちを、亜美は圧倒されながら見る事になった。


 終わった後、帰ろうと出口に向かっていた時に、響子が妹に尋ねる。

「亜美、どうだった?」

「まあまあかな」

 その声が聞こえたのだろう。隣に居たドレス姿の大柄な女性……ではなく、ちょっと髭が伸びて青くなっている人が亜美を睨み付けた。


「ちょっと、私のヒロキにケチを付けるの?」

 変な人に絡まれたと思いながら、

「私の好みじゃなかったというだけです。気にしないでください」

「気にするわよ。ヒロキは世界一なのよ」


「そう思うのは勝手ですけど、それを他人に押し付けないでください」

 青髭の女性? が亜美を睨む。姉の響子が割って入った。

「キャサリンさん、この子は私の付き添いで来ただけなんです。勘弁してください」


 たぶん店での源氏名だと思うが、キャサリンと聞いて亜美は吹き出しそうになった。権蔵ごんぞうとかが似合いそうな感じだったのだ。

「邪魔よ」

 キャサリンが響子の肩を掴んで押し退けた。響子が転んで、手に怪我をしたようだ。


「何をするの!?」

 亜美が大声を上げた。

「五月蝿いわね。あんたにも罰を与えてやる」

 キャサリンは頭に血が上って正気を失っているようだ。ショーを見た興奮がまだ冷めていないのだろう。


「冷静になりなさい。私は冒険者よ」

「それが何よ。私だって冒険者カードくらい持ってるわ」

 冒険者を目指したが、挫折した人らしい。更に興奮が高まったようだ。


 亜美とキャサリンを野次馬たちが取り囲んでいる。騒ぎを聞きつけたのだろう、ショーに出ていた男性アイドルたちが、会場に現れた。


 響子はその中にヒロキを見付けて駆け寄り頼んだ。

「キャサリンさんが興奮しすぎて、暴走しそうなんです。止めてください」

 モデル体型のヒロキは、逞しいキャサリンを見て首を振った。

「無理、キャサリンさんは、柔道をしている大学生を殴り倒したという前科が有るんだ」


 亜美は今にも殴りかかってきそうなキャサリンを見て、どうしようと迷った。ここでパゥブを出せば、簡単にキャサリンを取り押さえられるだろうが、その後大騒ぎになるだろう。


 キャサリンの鼻息が荒くなり、亜美に掴みかかってきた。亜美はグリムに戦い方を習っているので、掌打プッシュが出た。


 亜美の手がキャサリンの胸を叩いたように見えた時、クワッドプッシュがキャサリンの胸を直撃する。オークでも撃退できる威力が有るのだ。キャサリンは吹き飛んだ。


 宙を飛んだキャサリンはドサッと床に落下。白目を剥いている。亜美が生死を確かめると、気を失っているだけのようだ。周りで見ていた野次馬は酷く驚いた顔で見守っていた。


「もうちょっと手加減すれば、良かったかな」

 亜美が言った言葉を聞いた野次馬たちが、一斉に引いた。


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