第195話 為五郎

 俺自身はシャドウパペットを売って儲けるつもりはない。そんな事をするより、ダンジョン探索している方が自分に合っていると思うからだ。


「グリム先生、そのシャドウパペットは高価なんじゃないの?」

 カリナが質問した。価格など考えていなかった。材料となるシャドウクレイと黒魔石は、どれくらいするのだろう。カリナに尋ねると、シャドウパペットの特許が公開される前は安かったらしい。


「今なら、きっと値上がりしていると思う」

 シャドウパペットが知られる前は、シャドウクレイが何に使われていたかというと、陶器の材料として使われていたらしい。陶芸用粘土と混ぜて使うと独特の感触を持つ陶器になるそうだ。


 シャドウパペットはまだ製作が始まったばかりなので、相場など決まっていない。今はシャドウパペットに大金を出して手に入れようとする者が居るかもしれないが、シャドウパペットを製作する魔導人形師が増えれば、的確な相場が決まるだろう。


「手伝ってもらっているカリナ先生にも、何かプレゼントしないと不公平ですよね。何がいいですか?」

 カリナが首を傾げてから告げた。

「そうね。私は猫派だから、猫型シャドウパペットがいいかな」


「いいですよ」

 俺がそう言うとカリナがびっくりした顔をする。

「今のは、冗談だったんだけど」

「カリナ先生には、これからも手伝って欲しいので、シャドウパペットの一体くらいは、当然の報酬です」


 猫用のソーサリーアイとソーサリーイヤーがないので、すぐに製作するという訳にはいかないが、俺は製作して渡す事を約束した。


「さて、本番だ」

 俺たちは百八十キロのシャドウクレイを熊の形に加工する作業を始めた。これには時間が掛かった。完成した頃には全員がヘトヘトになっていた。


 熊の顔は亜美に頼んで月の輪熊の顔を忠実に真似るように頼んだ。亜美は頑張って熊の顔を作り上げ、それには俺も満足する。


 魔導コアを組み込んで、最後の仕上げに掛かった。月の輪熊をイメージしながら魔力を注入していく。骨格が形成され分厚い筋肉の層が出来上がる。そして、体表に毛が生え始め、顔が本物のように変化する。


「完成した」

 俺が呟くとカリナが頷いた。

「これが街中に現れたら、確実にパニックになりますね」

「顔を可愛くしたら、大丈夫だったのに」


 いくら顔を可愛くしても、体長が百九十センチを超え体重が百八十キロ有るのだ。絶対にパニックになる。


 俺の熊型シャドウパペットは、ほとんど本物の熊に似せて作ったが、一つだけ違う点がある。それは毛がもふもふだという事だ。


 本物の熊の毛はゴワゴワしているのだが、熊型シャドウパペットの毛はもふもふだ。純粋に戦闘を考えれば、頑丈な毛が良い。だが、一緒に野営などする時に、焚き火の前で熊型シャドウパペットの体に背中を預けながら、寛ぐのも良いかもと思ったのだ。


 俺は二人に礼を言った後、シャドウパペットの訓練の仕方を教えた。

「特に熊型シャドウパペットは、熊並みのパワーが有るから、絶対に自分も含めて人が近くに居る所では訓練しないように注意するんだ。熊型シャドウパペットにちょこんと殴られただけで、人なんか弾き飛ばされるからね」


 その事だけは亜美に念を押した。俺が最初にゲロンタをジャンプさせた時に天井に衝突した事を話した。生まれたばかりのシャドウパペットは、力の加減が分かっていないので危険なのだ。


「分かりました。気を付けます」

 二人と別れた俺は、途中で夕食を食べてからマンションに帰り風呂に入ってから寝た。


 翌日、水月ダンジョンの一層へ行った。ここで熊型シャドウパペットを訓練しようと思ったのだ。


為五郎ためごろう、前方の木を殴れ」

 指輪をしていれば念じるだけで命令が伝わるのだが、声に出した方が明確に命令が伝わるらしい。熊型シャドウパペットの『為五郎』が、後ろ足で地面を蹴って前方の木に飛び掛かり殴ろうとする。


 だが、蹴る力が強すぎて頭から木にタックルしてしまう。ドガッという音が響き木が大きく揺れた。おまけにミシッという微かな音も耳にする。


 為五郎は失敗を気にする事もなく幹を殴った。木の幹に深い爪痕が刻まれる。この一撃を食らったら、オークナイトでも弾き飛ばされてしまうだろう。


『私に任せてもらえれば、短時間で肉体の使い方を教え込みますが』

 メティスが申し出た。

「いや、熊型シャドウパペットが、どれほどの学習能力を持っているか、知っておきたいんだ」


 為五郎がコロンと転んでジタバタしている。聞いているだけなら可愛い感じがするだろう。しかし、巨体なのでジタバタしている為五郎の行動が、周囲に破壊を撒き散らしていた。


 訓練を一日続けると為五郎の動きが確かなものになった。その後、二日間を為五郎の戦闘訓練に費やした。ゴブリンから始まり、オーク・リザードマン・リザードソルジャー・アーマーボアと戦わせる。アーマーボアは一撃で仕留められなかったが、他は一撃で仕留めた。


 訓練中に攻撃を受けて怪我をする事もあったが、影の中で休んでいると再生するらしい。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 一方、亜美も熊型シャドウパペットを訓練していた。為五郎の半分の体重しかないと言っても、九十キロである。その攻撃は十分な破壊力があり、亜美が背中に乗っても軽々と動き回れるだけのパワーを持っていた。


 亜美が人目の少ない早朝に訓練場で熊型シャドウパペットを訓練していると、珍しく同級生の西根たちが来て、大声を上げた。


「何で、熊がここに居るんだ!?」

 タイチの元チームメイトで攻撃魔法使いだけでチームを結成した者たちである。最近ではダンジョンの攻略に行き詰っているらしい。


 亜美は顔をしかめた。

「これはシャドウパペットよ。使い魔みたいなもの。パゥブちゃん来て」

 熊型シャドウパペットのパゥブが亜美の横に来て座った。


 西根たちが羨ましいという顔をする。

「ふん、やっぱり慈光寺理事の娘となると、凄いものを買ってもらえるんだな」

「父とは関係ないから。これは私が師事している方から頂いたものなの」


「誰からもらったって言うんだ?」

「それは秘密です」

 亜美はパゥブを自分の影に入れると訓練場を去った。その様子を見ていた西根たちは目を丸くした。


「何なんだ、あれは? 影の中に消えたぞ」

「本当に使い魔なんだ」

 西根たちが騒いでいたが、亜美は構わずに教室に向かった。その途中、カリナと会う。


「おはようございます」

「おはよう、早いのね」

「はい、訓練場でパゥブの訓練をしていました」


 カリナが頷いた。その顔はにこやかで嬉しい事が有ったらしい。

「何かいい事があったんですか?」

「グリム先生から連絡があって、私の猫型シャドウパペットが完成したらしいのよ」

 亜美が微笑んだ。今日のカリナはスキップしそうなほど機嫌が良かったからだ。


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