第159話 水月ダンジョンの三十層
『サンダーソード』を創った三日後、俺は水月ダンジョンの二十八層に居た。防寒着を着た俺は、クレイジーベアと対峙していた。雪が降っており、肩に花びらのように舞い降りる。
「こいつは意外と素早いな」
繰り出したクイントハイブレードを避けられた俺は呟いた。風が吹くと雪が舞い上がり視界を遮る。戦い難い状況なのだが、攻撃を躱されたのはクレイジーベアが素早かったからだ。
このクレイジーベアは全長が四メートルほどある巨大熊である。アーマーベアほどのパワーと防御力はないが、とにかく素早かった。
「足元が不安定なのに、よく素早く動けるもんだ」
クレイジーベアが口を開けようとしている。
『警告! 例のあれが来ます』
メティスの警告で、俺はクイントオーガプッシュをクレイジーベアに向けて放った。大きく開けた口にオーガプレートが叩き込まれる。その瞬間、咆哮を上げようとしていたクレイジーベアが後ろに倒れた。
クレイジーベアが発する咆哮は、人間の身体を麻痺させる魔法効果を持っているのだ。
『チャンスです』
俺はトリプルコールドショットを叩き込んだ。命中したD粒子冷却パイルの終端部がストッパーとして開き、大きな衝撃がクレイジーベアの肉体に叩き込まれる。
クレイジーベアの口から血が流れ出し、バタリと倒れた。巨大熊の姿が消え青魔石<中>が残される。大きく深呼吸してから魔石を回収して雪原エリアの奥へと向かう。
「寒い、防寒着を着ていても寒いな。こんなところでクレイジーベアの咆哮を浴びて麻痺したら、簡単に凍え死ぬかも」
『暖房用の魔法でも創りますか?』
「こんな場所で、無駄な魔力は使いたくない。そんな事より、マップは作れているのか?」
『大丈夫です。あっ、敵です』
今度の魔物はスノーウルフの群れだった。体長が二メートルにもなる大型の狼の集団である。俺は五重起動の『マルチプルアタック』を発動した。
三十本の小型D粒子パイルが目の前に現れ、狼の群れに向かって放たれた。放射状に広がった小型D粒子パイルが群れの半分に突き刺さる。
「こういう使い方もいいな」
牙を剥き出しにして顔を歪めて唸っているスノーウルフが、五匹も同時に襲い掛かる。俺はトリプルカタパルトで身体を後ろに投げ飛ばす。
空中でもう一度クイントMアタックを発動した。三十本の小型D粒子パイルが放射状に飛び、三匹の狼に突き立った。残りの二匹が雪を蹴散らしながら迫ってくる。
至近距離にまで迫った狼に向かって、クイントブレードを横薙ぎに振り払う。一匹の首が刎ね飛び、もう一匹の前足を切り裂いた。
それから藻掻いている狼にトドメを刺す。ここは寒いし、魔石が雪に隠れてしまうので嫌いだ。
「本当に暖房用の魔法を創りたくなってきた」
愚痴りながらも二十八層を攻略して二十九層に下りた。
二十九層は草原エリアだった。このエリアで遭遇する魔物は、ヒュージセンチピードである。長さ三メートル、幅三十センチの大きなムカデだ。
一匹だったら、倒すのは難しくない。だが、この草原エリアには大ムカデがウジャウジャと棲み着いているのだ。その大ムカデが一斉に俺に向かってきた。
それらに向かってクイントMアタックを発動する。十匹ほどの大ムカデが消えたが、残りが迫ってきた。
「これはダメだ」
俺はトリプルカタパルトを発動して、身体を真上に投げ上げる。十メートル上空で投げ出された俺は、地面に並行になるようにトリプルPシールドを発動した。
D粒子堅牢シールドが空中に固定されると、その上に乗った。急いで『ウィング』を発動して、鞍を付けると跨った。
上から見下ろす草原には無数の大ムカデがうごめいている。
「他の冒険者はどうやって二十九層を攻略しているんだろう?」
『『酔っぱらい隊』なら、強行突破すると思います』
冒険者ギルドで『酔っぱらい隊』を見た事が有るメティスが即答する。これには、俺も納得した。あの漢たちなら笑いながら強行突破するだろう。
俺は上空を飛びながら階段を探し、嫌なものを見付けた。階段の前に巨大な蛇がとぐろを巻いている。俺はちょっと蛇は苦手だ。
「よし、『サンダーソード』を使おう」
上空から攻撃する事にした。D粒子ウィングに乗った状態で『サンダーソード』を発動。目の前に赤い光を放つ大きな剣が現れ、巨大な蛇デススネークに向かって飛翔する。
煌めく刃のようなD粒子サンダーソードが、前方部分のD粒子から自由電子に変換され放出される。それは一匹の龍のようにデススネークに襲い掛かり、魔物の体内を焼きながら走り抜けた。
内臓を焼き尽くされたデススネークは、空中に溶けるように消えた。そして、赤魔石<大>と何かをドロップする。
俺は着地して急いで魔石とドロップ品を拾うと、階段に駆け込んだ。大ムカデが集まり始めていたからだ。
「ふうっ、やっと三十層まで辿り着いた」
階段に入った俺はホッとした。ドロップ品を確かめると中級治癒魔法薬である。骨折を含んだ重傷でも短時間で治すという薬だ。換金すれば数百万になるだろう。
「これは換金せずに仕舞っておこう」
これから上級ダンジョンに挑戦するつもりなので、これくらいは保険として持っておくべきだろうと考えたのだ。
俺は階段を下りた。目的の三十層は岩と白っぽい土が広がる荒野だった。天井が高く、ファイアドレイクが自由自在に飛び回れる広大な空間がある。
「このエリア全体が、ファイアドレイクの棲み家か」
『魔力は、どれほど残っていますか?』
メティスの指摘で、俺は魔力カウンターを出して計測する。
「半分ほどだな」
『今から戦うのは無謀です。一泊してからにしましょう』
もっともだと思ったので、俺は野営の道具を出して階段で一泊する事にした。
興奮しているのか、中々寝付けなかった。だが、いつの間にか眠りに落ちたらしい。次に気付いた時は、七時間ほど眠っていた。
俺は戦いに出るための支度をしてから、三十層に足を踏み入れた。空気が乾いているように感じる。川や湖がないので実際に空気が乾燥しているのだろう。
ファイアドレイクを探して進み始める。地上に居る時に奇襲を掛けられたらベストなんだが、そんな幸運を期待するほど甘くはない。
三十分ほど進んだ時、前方の丘にファイアドレイクが着地しているのが目に入った。
「えっ、まさかの幸運?」
どうやら飛ぶのに疲れて休憩しているようだ。俺は後ろに回り込んで気配を消して近付いた。
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