第99話 生活魔法の広まり

 スティールリザードの皮以外のドロップ品は換金して、支部長が貢献度に合わせて金額を分配した。この貢献度の判定を批判する事は、冒険者ではタブーになっている。


 支部長はギルドで決められている基準に照らして判定しているからだ。

 その後、支部長の奢りでご馳走になる事になった。普段は行けないような高級料理店で、和食を食べた。もの凄く美味しかったのだが、後半になると鉄心たちが酒を飲んで騒ぎ出したので、俺たちは先に帰る事にする。


 翌日、俺はスティールリザードの皮を生活魔法の『タンニング』で鞣し、それを持って革細工職人の広末の工房へ行った。


「ん、この前のお客さんか。まだ鞍はできてないぞ」

「違うんです。鞍じゃなくて、スティールリザードの革を加工できるか確認したかったんです」

「スティールリザードの革だと……持って来たなら、見せてくれ」


 俺はスティールリザードの革を、広末に見せた。

「ほう、こいつは本物だ。スティールリザードの革を加工できる職人は、日本に十人も居ないんだぞ」


「そうなんだ。それで広末さんは?」

「その十人の中に入っているに決まっているだろ。偏屈なんで、客は少ないがな」

 自分が興味を持った仕事しか引き受けないらしい。前回の鞍は、偶々たまたま広末が興味を持ったようだ。


 これほどの素材を加工するとなると、魔道具が必要であり製作費も高くなるようだ。俺の脛当てがいくらになるか尋ねると、二百万だと言う。スティールリザードの革を加工するには、それなりの技術が必要なのだろう。


 ちなみに、アリサたちが鎧を注文した時、広末は一人百万円で良いと言った。俺が睨むと、

「男からはぼったくり、女性にはサービスするというのが、儂のポリシーだ」

 堂々と言い放った広末は、胸を張っていた。


 ここまで堂々と言われると、言い返す気力がなくなる。

「グリム先生、本当にスティールリザードの革を使っていいんですか?」


 天音が確認した。

「スティールリザードを倒せたのは、皆が協力してくれた御蔭だ。俺だけで倒すのは難しかったはずだ。遠慮する必要はない」


 天音たちも防備に関しては不安に思っていたので、俺の申し出は嬉しかったようだ。俺たちは正式に注文してから、工房を出て歩き始めた。

「そう言えば、クルミさんに聞きましたか?」

 由香里が質問した。


「ん、何の事だ?」

「今週の渋紙ダンジョンに、先生や私たちの活躍が載るそうです」

 アリサたちから宿無し退治の様子を聞いたクルミは、それを記事にしたそうだ。もちろん、俺がスティールリザードを生活魔法で仕留めた事も載るという。


「それにしても、『ヒートシェル』は凄かったです。最初に何か入れましたよね。何を入れたんです?」

 アリサが気になった事を尋ねた。

「あれは金属の銅だ。あの魔法は液体化した銅を、魔物に向かって高速で撃ち出す魔法なんだ」


 俺とアリサたちは魔法の話をしながら、冒険者ギルドへ行った。すると、支部長が呼んでいるという。アリサたちを打ち合わせ部屋に残して、支部長室へ行く。


 支部長が一人で待っていた。

「オークションに出した『診断の指輪』が売れた」

 値段は二億近い金額だった。顔がニヤけるのを抑えられない。


 それを見た支部長が釘を差した。

「私からの忠告だ。無駄遣いはするなよ」

「家を買おうかと考えているんですが」


「どんな家だ?」

 俺は目を付けた元冒険者の家の話をした。

「やめておけ。練習場所が欲しかったら、市内にレンタル練習場がいくつかある。それを借りるようにして、その近くにマンションでも借りて住めばいい」


「なぜです?」

「道場付きの家という点が、気に入ったんだろう。だがな、すぐに物足りなく思うようになる。元の持ち主も物足りなくなって、売りに出したんじゃないか」


「今、空手を習っているんで、それを練習する場所が欲しかったんですよ」

「生活魔法に空手を取り入れているようじゃないか。それだと単なる道場じゃなくて、生活魔法が使える練習場が欲しくなるぞ」

「そうですね……でも、空手を練習する場所だけでも、確保したかったんですけど」


「やめておけ、先程も言ったように、きっと生活魔法を使える練習場が欲しくなる」

 支部長の話を聞いて、そうかもしれないと納得した。急いで家を買う必要はないのかもしれない。但し、今のアパートは引っ越して、もっと広い部屋を借りよう。


「後、これが来ておったぞ」

 支部長が渡してくれたのは、魔法庁からの手紙だった。礼を言って受け取る。中身は見ずに仕舞う。支部長に言われて、オークションの代金を受け取る手続きをした。これで銀行口座に振り込まれるはずだ。


 支部長の部屋を出て打ち合わせ部屋へ行くと、アリサたちが楽しそうに話していた。

「皆、『エアバッグ』の魔法は覚えた?」

「覚えました」「あたしも」


 アリサたちの全員が『エアバッグ』を覚えたようだ。この魔法を習得できる魔法レベルは『4』なので、由香里も覚えられた。


「よし、万一の時の対策もできたという事で、三人には『ウィング』の魔法を覚えてもらおう」

 由香里は魔法レベル8に達していないので、他の三人に魔法陣を渡す。『ウィング』を習得し、新しい装備が出来たら、水月ダンジョンの十四層にある湖を渡る予定だ。


「『カタパルト』はまだなんですか?」

 千佳が尋ねたので、俺は頷いた。

「魔法レベル4で習得できる『エアバッグ』、魔法レベル8の『ウィング』、そして、魔法レベル9の『カタパルト』という順番がいいだろうと思う。少し空を飛ぶという事に慣れてから、『カタパルト』を覚えた方がいい」


 俺はアリサたちの予定を聞いた。

「夏休みの前半は、生活魔法部の活動があるので、一緒にダンジョンへは潜れそうにないです」

 アリサたちは三年生の部員を鍛える手伝いをするらしい。集中的に鍛えて、F級冒険者にするのが目標のようだ。


 アリサたちの鎧や鞍も、すぐには完成しないだろうから、ちょうどいい。

 俺はアリサたちと別れて、アパートへ帰った。そして、魔法庁から届いた手紙を開ける。魔法庁に登録した魔法の直近三ヶ月分ライセンス料を銀行口座に振り込むと書かれていた。


 その金額は『コーンアロー』が二十万円を超えていた。少しずつだが増えているようだ。生活魔法を使う冒険者が増えているのだろう。


 他の魔法のライセンス料は大した事はなかった。だが、学院で教えるようになれば増えるはずだ。俺は金額より、生活魔法を使う人が増えたという事が嬉しかった。


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