第96話 宿無し
後藤たちが生活魔法の授業を増やす事に納得して訓練場を出て行くと、訓練場には俺と鉄心、アリサたちだけが残った。
「グリム先生、十四層の湖を渡る方法は見付かったんですか?」
由香里が質問した。
「ああ、見付かったよ」
鉄心が俺の方に視線を向けた。
「おっ、ボートを購入する事に決めたのか? それとも一人乗り用のヘリコプターか?」
「ボートは買おうかと思っていますが、湖を渡る手段は魔法です」
「ん、魔法? 『フライ』の魔法でも取得するのか?」
「そんな訳ないでしょ。生活魔法で、使えそうなものが有るんです」
「本当かよ。見せてくれ」
アリサたちも目を輝かせた。
「私も見たいです」「あたしも」
「まあ、良いだろう。『ウィング』という生活魔法だ」
俺は『ウィング』を発動した。目の前に赤く輝くD粒子ウィングが現れた。天音が目を丸くしている。
D粒子ウィングに座るとゆっくりと飛び始めた。自由自在に飛ぶには、訓練場でも狭いので駆け足くらい速度で飛ぶ。
鉄心が追い駆けてきた。
「グリム先生、いやグリム。それには体重制限が有るのか?」
「取り敢えず、百五十キロまでは大丈夫でした」
「習得できる魔法レベルは?」
「魔法レベル8です」
「むっ、手が届かんか」
天音が飛び跳ねて喜んでいる。自分なら習得できると喜んでいるのだろう。俺はD粒子ウィングに取り付ける鞍を製作している事を伝えた。
「あたしは二人乗り用の鞍を作って、由香里と一緒に飛ぶ」
由香里が天音に飛び付いて喜んだ。
「天音、ありがとう。大好きよ」
「何だ、お嬢ちゃんは生活魔法使いじゃないのか?」
鉄心の質問に、由香里が頷いた。
「あたしは攻撃魔法使いなの」
「それなら『フライ』を習得して、飛んで行けるようになればいい」
「でも、やっぱり『ウィング』がいいな。鉄心さんは魔装魔法使いなんでしょ。魔装魔法に飛べるようになる魔法はないんですか?」
「ないな。その代わり、水の上を走れるようになる魔装魔法なら有るぞ」
千佳が微妙な顔をする。アリサたちが飛んでいる下を走っている自分を想像したらしい。
アリサが俺に顔を向けた。
「先程、ボートを買うと言っていましたけど、どうしてです」
「途中で休憩したい場合や、釣り用だな。ダンジョンで釣れる魚なんて居るのか、知らないけど」
それを聞いた鉄心が教えてくれた。
「水月ダンジョンの二十六層の海で、海ピラニアが釣れるぞ」
「……それは絶対に魔物でしょ」
鉄心が肩を竦める。その時、
「冒険者諸君、緊急事態だ。訓練場に集まってくれ。繰り返す。冒険者……」
訓練場に設置されているスピーカーから、支部長の声が聞こえてきた。
俺は鉄心に視線を向けた。
「今のは何です?」
「俺にも分からんよ。半年に一回くらいの割合で、緊急事態が起こる。冒険者の遺体の一部が発見されたというのが、多いんだがな」
俺は顔をしかめた。アリサたちは顔を青褪めさせている。運が悪ければ死ぬ。それが冒険者の現実なのだ。
近藤支部長が冒険者たちを引き連れて訓練場に入って来た。そして、集まっている冒険者たちに告げる。
「水月ダンジョンの四層で、宿無しが出た。スティールリザードだ。全長六メートル、全身が鋼鉄のような鱗で覆われており、高い防御力を持っている。そんな化け物だ」
俺は鉄心に宿無しについて聞いた。
「ダンジョンの階層を
アリサがタイチの事を思い出して慌てた。
「大変です。タイチ君が昇級試験で、四層に行っているんです」
「まずいな」
俺たちが話している間も、近藤支部長の話は続いていた。
「スティールリザードにダメージを与えられるだけの魔法を持っている者、あるいは魔法レベル10以上の魔装魔法使いは、四層に行って欲しい」
どうやら有志だけで仕留めに行こうという話らしい。
「鉄心さん、スティールリザードは、そんなに手強い魔物なの?」
天音が鉄心に尋ねた。
「そうだな。あの化け物は、戦車のように頑強なんだ。魔装魔法使いの中で倒せるとしたら、特別な魔導武器を持っているC級以上の連中だな」
「攻撃魔法使いなら?」
「魔法レベル12で習得できる『デスショット』以上の攻撃魔法が必要だと聞いた」
『デスショット』という攻撃魔法は、硬い装甲を貫通する徹甲魔力弾を発射する魔法である。俺が成形炸薬弾をヒントに『ヒートシェル』を創作したように、攻撃魔法使いの賢者が徹甲弾をヒントに創った攻撃魔法らしい。
集まった冒険者の中で、十名が水月ダンジョンへ行く事を志願した。その中には、俺とアリサたち、鉄心が含まれている。
冒険者ギルドが借りたマイクロバスで水月ダンジョンへ向かう。ダンジョンハウスの前に人が集まっていた。
「あっ、タイチ君。無事だったのね」
アリサがタイチを見付けてホッとしたような顔をする。
タイチが近寄って来た。昇級試験は合格だったらしい。
「皆さんはスティールリザードを退治に来られたんですか?」
「そうよ。それにタイチ君が危険な目に遭っているんじゃないかと心配したんだから」
由香里が言った。
「これで心配事は、一つ片付いたけど……」
スティールリザードの様子を聞くと、四層で暴れているらしい。
「まずいな。四層より下に潜っているチームが戻ってきたら、危険だ」
鉄心が顔を曇らせた。
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