第90話 D粒子ウィング

 アリサが俺に顔を向ける。

「冒険者ギルドの資料を調べたんじゃないんですか?」


「湖があるというのは知っていたんだが、陸地があって、その中に湖があるのだと思っていた。陸地は島しかないとは思わなかったよ」


 資料には、陸地に関する事が全く書かれていなかった。なので、当然あると思っていたのだ。

 天音が周りを見回して、

「これじゃあ、出直すしかないですね」


 俺が頷いて引き返そうとした時、水の中から槍を持った半魚人マーマンが現れた。俺は持っていた黒意杖を突き出し、頭の中にあるセレクトスイッチを黒細剣にする。一瞬で黒意杖が黒細剣に変化し、その鋭い切っ先がマーマンの胸を貫通した。


 マーマンが消え魔石が残ったのを、アリサが羨ましそうに見ている。

「その黒意杖は凄いですね。私も欲しいです。もしかしたら、魔導装備として売っていますかね?」

 どうだろう? D粒子製の武器を、初めて俺が手に入れたという事は有るだろうか? 世界のどこかに同じようなものが有るかもしれない。


「魔導装備のコレクターとか居そうだから、そういう人に聞いた方が早いかもしれないな」

「コレクターですか。冒険者ギルドで聞いてみます」


「しかし、半魚人は、弱かったですね」

 天音がちょっとガッカリというような感じで言った。

「マーマンは水の中では機敏に動けるが、陸上はダメなんだ。ただあまり賢くはない。なので、偶にこういう結果になる」


 ギルドの資料では、ここの湖に居る魔物は、マーマンとブラックゲーターである。気を付けなければならないのは、マーマンの方らしい。


 マーマンは冒険者の船をひっくり返し、冒険者を水の中に引きずり込み殺してしまうそうだ。ブラックゲーターという鰐の魔物は、船に体当りする事は有るが、マーマンよりは扱いやすいらしい。


 俺たちは地上に向かって戻り始めた。また砂漠かとアリサが肩を落とす。

 地上に戻ったのは、夜の九時頃になった。俺はタクシーを呼んでアリサたちをそれぞれ送ってから、アパートに戻る。


 その翌日、昼頃まで寝ていた俺は、起きて着替えると外で食事をしてから銀行に行って現金を下ろした。そのまま冒険者ギルドへ行くと、売店で魔力センサーと魔力カウンターを購入する。

 魔力カウンターは新しい魔法を創った時に、その魔力使用量を計測するために購入した。


 売店から待合室へ戻った俺は、小野鉄心を見付けて話し掛けた。十四層の湖をどうやって渡っているのか知りたかったのだ。

「おう、グリム先生。今日はダンジョンへ行かないのか?」

「昨日、十四層まで行って、戻って来たばかりですよ」


「ああ、あの湖か。船を買ったのか?」

「まだです。どうやって渡るか、検討しているところなんです」


 鉄心が愉快そうに笑った。

「まさか、一人乗り用のヘリコプターでも買おうと言うんじゃないだろうな」

 冒険者用のヘリコプターが有るらしい。数百万円程度で買えるらしいので、買えない事もない。


 普通の冒険者は、冒険者用の丈夫なボートを購入して使っているようだ。マーマンの槍で少しくらい突かれても壊れないボートである。


 鉄心と話をして、他の冒険者のやり方が分かった。そのボートは売店では売っていないが、取り寄せる事はできるという。


 ちなみに、攻撃魔法使いが『フライ』を使って渡るという事は、ほとんどないそうだ。魔力消費が問題となるのだろう。余程魔力量に自信の有る者だけが『フライ』で渡るようだ。


 俺はアパートに帰って、賢者システムを立ち上げた。『リモートプレート』を徹底的に調べ始める。その結果、赤く輝くD粒子プレートは、プレートの周りに魔力をコーティングする事で、その形状を維持していると分かった。


 赤く輝いているのは、その魔力だったらしい。プレートの推進力となっているのは、魔力とD粒子から放出されるエネルギーのようだ。


 そのエネルギーはDパワーと呼ばれている。D粒子はDパワーを放出すると崩壊するので、プレートは少しずつ小さくなっている。体内に蓄積されたD粒子は魔力を発生させ、体外のD粒子はDパワーを放出して崩壊する。D粒子とは不思議な存在だ。


 『リモートプレート』において、本来の意味の推進力はDパワーである。そのDパワーの向きを制御するのに魔力を使っているようだ。


 赤く輝くD粒子プレートを自由自在に動かすために、『リモートプレート』は非常に巧妙に作られていた。その精密な仕組みは芸術的なほどであり、無駄に高性能だった。


「もっと動きをシンプルにしたら、魔力の消費が抑えられるな」

 上・下・左・右・前・後だけでなく、あらゆる角度へ動く事ができるし、曲線的な動きも可能だった。そのためにかなりの魔力を使っている。


 俺は新しい魔法を試作する事にした。長さ百五十センチほどで、形状はサーフボードに似ている。但し、これは翼なので左右対称である。


 俺の意識と形成されたD粒子ウィングの間に回線が繋がっている。動かしてみる事にした。上・下・左回転・右回転・前・後に動く。動かせるのは、それだけだ。


 俺は床の上七十センチほどに浮かしたD粒子ウィングの中央に座った。その状態でゆっくりと動かす。俺の体重を支えて動くようだ。

 これ以上は狭い部屋では試せないので、この魔法はここまでにする。


 翌日は三橋師範の道場へ行って修業する。

「違う違う。そこはスッと入って、バンと払うんだ」

 相変わらず意味不明な指導だが、最近は何を言いたいのか分かるようになっていた。人間は環境に馴染む生物のようだ。


 俺は蹴りを放った。その足を取られてバランスを崩され、肘が襲い掛かる。胸に肘が叩き込まれ吹き飛ぶ。痛い。凄まじい威力を持つ攻撃だったが、俺は起き上がる。


 普通なら肋骨が折れているはずだ。それに耐えられた理由は、俺が黒鱗鎧を装備しているからだ。この魔導装備は、スイッチを入れていなくても、十分な防御力を持っている。


「師範、段々手加減が雑になっている気がするんですが」

「何を言っている。その鎧を装備しているのだ。手加減など必要ないだろう」

「全部の衝撃を吸収できる訳じゃないんです。きっとあざになってますよ」


「今のは不用意に蹴りを放ったのが、間違いだったのだ。あれはわざと隙を作って、誘ったのだからな」

 そんな高度な駆け引きは、まだ俺には無理なのに、容赦がなさ過ぎる。


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