第75話 三橋師範の生活魔法修業

 共同訓練の翌日、カリナは校長室に向かった。ノックすると校長の声が聞こえ中に入る。

「何か問題でも起きたのかね?」


「いえ、ご相談があって来ました」

 鬼龍院校長は、書類仕事で疲れた目を押さえてからカリナの話に耳を傾けた。

「なるほど、生活魔法の才能がある生徒たちに、グリムが考え出した戦い方や新しい生活魔法を教えようと言うのだな」


「そうです。この学院に入学した事を後悔しながら卒業する生徒たちを見たくないのです」

 校長が頷いた。

「カリナ先生の思いは分かった。それで儂にどうしろと言うのだね?」

「特別授業か、クラブ活動という方法で、生徒たちに生活魔法を教えたいのです」


「特別授業は難しいかもしれんな。クラブ活動は、人数さえ揃えば可能だろう」

「分かりました。では、クラブ活動という事で人数を集めます」

「そうしてくれ。しかし、魔装魔法使いのカリナ先生が、それほど生活魔法に力を入れるというのは、何か理由が有るのかね?」


「魔装魔法使いは、現役の期間が短いのです。魔装魔法により身体を強化すると言っても、四十代になれば、ほとんどの魔装魔法使いは引退してしまいます。私は生活魔法に希望を見付けたんです」


 この時から、カリナは生活魔法部を作る活動を始めた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その頃、俺はナンクル流空手の道場に居た。基礎である構えからの正拳突きを繰り返していた。俺が『中段突き』と呼んでいたのは、『中段への正拳突き』というのが流派内では正しいそうだ。


 三橋師範の指導を受けながら何度も何度も正拳突きを繰り返す。それだけで全身から汗が噴き出した。師範の指導は何が言いたいのか解明する手間が掛かるが、指摘自体は正確だった。

 練習を終えた後、午後からは三橋師範に俺が生活魔法を教える番となる。


 俺たちは水月ダンジョンへ向かった。一層のゴブリンや角豚を相手に、三橋師範の生活魔法を試すためである。水月ダンジョンに入り、一層の疎らに木が生えている場所へ行く。

「師範、習得した『コーンアロー』を試してみましょう」


 三橋師範の装備は少し変わっていた。腕に付けている籠手は拳の部分が鋼鉄製となっており、ゴブリンくらいだと殴るだけで倒してしまいそうだ。足にも野球のレガースのようなものを付けている。


「師範、その装備は魔物を打撃や蹴りで倒すためのものですか?」

「そうだ。これでオークくらいは殴り倒せるぞ」

 魔物は人間に比べるとタフである。その魔物を殴り倒すというのは、相当な威力が有るという事だ。


 まず立ち木に向かって『コーンアロー』を放ってもらう。大丈夫なようなので、トリプルアローを試す。これも問題なく木の幹に突き刺さる。


「これはいいな。威力は多重起動を増やすごとに増すのか?」

「そうです。但し、実戦的なのは七重起動までです。それ以上になると膨大な魔力と発動するまでの時間が長くなって使えません」


 三橋師範は突きに合わせて、『コーンアロー』を放つというやり方が身体に馴染むようだ。やり方は自分に合ったもので問題ないが、動作が大きいと攻撃したと悟られるのではないかという点が気になる。


 その点について尋ねる。

「魔物相手なら問題ない。それに予備動作をなくした突きは、相手が気付いた時には命中している」


 俺はそういうものなのかと考えながら、相手を探し始めた。最初にゴブリンと遭遇。三橋師範は正確に間合いを測れるようで、『コーンアロー』の射程内に入った瞬間、トリプルアローを放って仕留めた。


 師範が拳を突き出した瞬間、拳の先からトリプルアローが放たれ魔物たちを倒していく。突きに合わせて『コーンアロー』を放つというやり方が、どんどん洗練されていき『コーンアロー』の起動が早くなる。


 ゴブリンや角豚では物足りなくなったと言うので、二層のオークとアタックボアを相手に試す。それらの魔物たちでも問題ないようだ。


「それじゃあ、トリプルアローではなく、クワッドアローに切り替えて試してみましょう」

「四重起動か、難しそうだな」

 そう言った師範だったが、少し練習するとクワッドアローを放てるようになった。そこで三層へ行って、リザードマンとジャンボフロッグを相手に試す。


 最初は手子摺ったが、どのタイミングかで突きの動作とクワッドアローがカチッと繋がったらしい。その瞬間からクワッドアローを発動するまでの時間が短くなっていく。


「魔力は大丈夫ですか?」

 俺は『コーンアロー』を連発したので、魔力が尽きないかと心配した。

「大丈夫だ。冒険者をしていた期間は短かったが、魔力は平均的な冒険者より多いらしい」


 接近戦で魔物を倒す三橋師範は、魔物が息絶えた時に放出するD粒子を大量に体内に取り込んだようだ。

 リザードマンでも相手にならないと分かったので、四層のサテュロスやビッグシープをスルーして、五層のリザードソルジャー狩りをする事にした。


 リザードソルジャーは買取価格が高い赤魔石<小>を残す魔物である。オークやダークタイガーと遭遇した時は俺が瞬殺し、リザードソルジャーは師範に相手してもらう。


 このリザードソルジャーは、ロングソードを持つ魔物なので、三橋師範も手間取るかと思った。だが、トリプルプッシュとクワッドアローを的確に使って仕留めてしまう。文句なしの戦い方だった。


 赤魔石<小>を残して消えたリザードソルジャーを見て、三橋師範が溜息を漏らす。

「どうしたんです?」

「生活魔法の魔法レベルが上がった。こんなに簡単に上がるなんて信じられん」


 何度も何度も生活魔法を使って魔物を倒しているのだ。上がらない方がおかしい。俺は苦笑いするしかなかった。だが、これで師範の生活魔法は魔法レベル5になった。次の生活魔法を覚えてもらえる。


 接近戦が得意な師範には、次に『ブレード』を覚えてもらうのがいいだろう。リザードソルジャーのロングソードによる攻撃を危なげなく躱し、トリプルプッシュで体勢を崩してからクワッドアローで仕留める鮮やかな戦い方を見ていると『ブレード』をどういう風に使うのだろうかと興味が湧いてくる。

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