第74話 不運な生徒たち
「今のは何?」
カリナが俺に詰め寄り質問する。何というのは具体的に何を意味しているのだろう?
天音が俺とカリナの間に割って入った。
「カリナ先生、落ち着いてください。グリム先生が困っているじゃないですか。何が分からないんです?」
生徒に注意されて、カリナが深呼吸する。
「少し興奮したようです。申し訳ありません」
「構いませんよ。まず、今使った魔法について説明しましょう」
カリナがうんうんと頷く。
「最初に使ったのは、『サンダーボウル』の三重起動です」
俺は『サンダーボウル』について説明し、その威力がどれほどなのかを伝えた。
「なるほど、攻撃魔法の『ライトニングボム』と似た魔法なのね」
「そうです。但し、生活魔法の場合は、いくつ多重起動させるかで威力が変わります」
カリナが唾を飲み込んでから尋ねた。
「『サンダーボウル』を習得できる魔法レベルは?」
「それほど高くありません。魔法レベル4です」
カリナがニコッと笑う。その笑顔を見て、何が言いたいのか分かった。
「本当は、魔法の一つ一つを確実に自分のものにしてから、次の魔法を覚えるというようにした方がいいんですが」
「分かっています。そこを何とかお願い」
俺は『サンダーボウル』の魔法陣を渡す事を承諾した。その代わり、水月ダンジョンについての情報を教えてもらう事にする。
カリナは十年ほど現役の冒険者をしていた。そのほとんどを水月ダンジョンを中心に活動している。その水月ダンジョンに関する知識はかなり貴重なのだ。
「ねえ、グリム先生。まだ、誰にも話していない生活魔法というのは有るの?」
カリナの質問を聞いた天音たちも、興味を持って耳をそばだてる。
「生徒たちに相談された遠距離攻撃に対する生活魔法使いの戦い方について、調べたんです。そうしたら、二つの生活魔法が使えると分かりました」
俺は賢者になったという事実を秘密にしている。賢者という存在は、世界的に貴重な存在である。賢者だと名乗り出たら、まず大嘘つきめと
なので、賢者システムを使って創り出したとは言えない。その結果、生活魔法の魔導書を所有しているかのような言い方になっている。
「本当ですか。これで黒月先輩と戦える」
「残念ながら、その魔法は、魔法レベル9でないと習得できない」
アリサたちがガッカリする。カリナが見せてくれるように頼んだ。
「まだ使い熟せている訳じゃないので、今度にしよう」
そう言って、『カタパルト』と『エアバッグ』が、どういう魔法かだけ伝えた。それを聞いた天音が目を輝かせる。
「つまり、空を飛べるんですね」
どう聞いたら、その結論になるのか不思議だ。
「いや、空は飛べんぞ。短距離の高速移動が可能になっただけだ。確かに宙に放り出されるが、それを飛んだとは言えないだろう」
「でも、屋根の上に飛び上がるとかはできるんですよね?」
「できるが、するなよ。家の持ち主から怒られるぞ」
ちょっと心配になった。だが、まだ教えてもいない魔法の件で、心配するのも馬鹿らしいと思い直した。
「この話はここまでだ。これからオークナイト狩りだ。油断はするなよ」
「は~い」
と声を揃えて返事するアリサたち。由香里も『ライトニングボム』を使えば、オークナイト狩りを行える。
カリナは心配していたが、千佳がトリプルサンダーボウルを放ち、倒れたオークナイトにトドメのクイントブレードを叩き込んで仕留めると安心したようだ。
アリサたちは次々にオークナイトを仕留めていった。
「ところで、生活魔法の才能が有る生徒を何とかできませんか?」
俺が質問すると、カリナが真剣な顔で考える。
「私もそうしたいのだけど、それには生活魔法の担当になる必要が有るのよ」
「城ヶ崎先生は、攻撃魔法と生活魔法を教えているんですよね?」
「そうよ。でも、学年の途中で変わるのは無理だから」
「ここでカリナ先生が言い出せば、城ヶ崎先生を探して連れてきた教頭の顔を潰す事になるという事ですか?」
「教頭の顔なんて、潰してもいいけど、時間割で生活魔法と魔装魔法の授業が重なっているから、無理よ」
俺は肩を落とした。
「ちょっと待って、何か方法がないか考えてみるから」
カリナに任せる事にした。
その日の修業は、アリサたちがオークナイトを瞬殺できる事が分かり終了した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
翌週、ブラックハイエナとオークナイトを相手に修業した成果が、共同訓練にも表れた。水月ダンジョンの四、五層で遭遇する魔物では、アリサたちの相手として力不足だった。ほとんどの魔物を瞬殺してしまったのだ。
貝塚とカリナは相談して、八層のレッドコングやリザードソルジャーを相手させる事にした。
「カリナ先生、あの子たちは凄い勢いで強くなっているようですが、何か特別な指導でもされているのですか?」
貝塚は、アリサたちが急速に実力を伸ばしているので、不思議に思ったらしい。
「ああ、グリム先生が指導している生徒たちなんですよ」
「ほう、そうすると、貴重な人材を教頭は追い出した事になりますね」
カリナは頷いた。
「その通りです。彼を学院に留めておけば、優秀な生徒が大勢育ったかもしれないんです。そうだ、貝塚先生が担当されている生徒の中で、生活魔法の才能を持つ生徒は居ませんか?」
貝塚は三年の担当である。
「そうですな。潮見と佐々木が、生活魔法の才能が『C』だったはずです。二人とも冒険者になるのは諦めて、普通の大学に入ると決めたようです」
カリナはもったいないと思った。ただ冒険者は危険な職業だ。普通の職業を選ぶのも悪い選択ではなかった。ただ魔法学院を選んだのは、冒険者になろうと思ったからだろう。
カリナは、生活魔法の才能が有るのに開花させる事もなく卒業する生徒たちを思うと、悔しいという感情が湧き起こった。グリムさえ学院に残っていたら……。
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