第69話 機動力アップ魔法

 アリサたちに、賢者がどんな魔法を作ってくれていたら、生活が便利になったと思うか尋ねた。

「生活が便利になる魔法ですか?」

 由香里が首を傾げる。


 天音が少し考えてから答えを出した。

「あたしは掃除が苦手なので、掃除をしてくれる魔法です」

 それを聞いた由香里も賛成する。彼女も掃除が好きという訳ではないらしい。生活魔法に『クリーン』という魔法が有るが、これは手に持ったものを綺麗にするという制限が有るので、部屋の掃除などには使えない。


 アリサは考えた末に、

「私は朝起きた時に、髪の毛が寝癖でボサボサになるんです。それが魔法一つで直してくれるというのがいいです」

 そう言って、髪の毛をいじる。


 最後に千佳が言う。

「生活が便利になるような魔法というのは、特に必要を感じた事はありません。ただ『ブレード』の射程を伸ばした魔法が欲しいです」


「そうか、『ブレード』の射程と威力を伸ばした魔法は存在する。『ハイブレード』という魔法だ」

「有るんですか。お願いします。教えてください」


「『ハイブレード』は少し早いと思っている。『オートシールド』と『センシングゾーン』を完全に使いこなせるようになるのが先だな」

「分かりました。ただ見せてもらえませんか?」


 俺は肩を竦めて承知した。俺は森の中で丘のような地形になっている場所まで行く。その斜面に向けて魔法を発動しようと思ったのだ。


「衝撃波が発生するから、気を付けてくれ」

 そう注意してから、戦鉈を上段に構えセブンスハイブレードを発動した。衝撃波が発生した時の轟音が千佳たちの鼓膜を攻撃し、丘の斜面が爆発したように土砂を巻き上げたのを見て『ハイブレード』の威力を理解した。


「凄まじいですね」

 千佳が呟く。アリサたちも同意するように頷いた。

「こんなものだ。俺もまだ使い熟せている訳じゃないからな」


 この日の修業は終了し、アリサたちと別れた。

 その後、アパートに戻った俺は、強力な攻撃魔法に対する防御方法や便利な生活魔法について考えていた。


「防御専用の魔法が必要だろうか? それとも機動力を上げる魔法が必要だろうか?」

 魔装魔法では魔力を身体に纏い、魔力の力場みたいなものを形成して防御力を上げている。魔力の力場なので身体の動きを阻害する事はない。


 一方、D粒子を身体に纏っただけでは、力場みたいなものが形成できないので防御の役に立たない。『オートシールド』のようにD粒子シールドを形成し、それで攻撃を防ぐという形になる。


 但し、『オートシールド』では、ファイアドレイクのブレスは防げない。九枚のD粒子シールドでは、全身をガードする事ができないからだ。


 それに加え、どれほどの強度を持つD粒子シールドなら、ファイアドレイクのブレスを防げるのか見当もつかない。

「防御用の魔法については、調査が必要だし、アイデアも浮かばんな。となると、機動力を上げる魔法はどうだ?」


 何かに集中すると、独り言を口にするのが癖になったようだ。機動力となると、魔装魔法のように筋力を上げるという方法、乗り物、何らかの推進力を得るというものが考えられる。


 魔装魔法に対する才能が乏しい俺には、一番目は無理だろう。初歩の魔装魔法は覚えられるだろうが、『パワーアーマー』くらいが限界だ。


 二番目の乗り物が一番有望だと思えるが、一つ問題が有った。膨大な魔力が必要になるようなのだ。それに、どんな乗り物にするかが問題だ。魔法の乗り物というと、魔法のほうきや魔法の絨毯じゅうたんが定番だが、転げ落ちそうな気がする。

 しかも、ダンジョンの中で魔力切れになれば、大変な事になる。


 最後の何らかの推進力というのは、モーターパラグライダーをイメージした。背中にプロペラ付きのエンジンを背負って推進力とするものだ。


 だが、さすがにプロペラはダメな気がする。そこで『プッシュ』のような魔法で背中を押すという方法を考えてみた。


 翌日、俺は海に向かった。砂浜で実験しようと考えたのだ。地方の小さな砂浜である。海水浴の季節には早いので、誰も居なかった。


 転倒した時に怪我をしないように、革鎧に着替えて実験しようと思う。

 ダブルプッシュを自分の背中に当てるという実験は、完全に失敗だった。押すというよりは、叩かれるという感じだったからだ。思いっきり背中を叩かれて、顔面から砂浜に倒れた。


 砂浜に埋もれた顔を上げた俺は、口の中に入った砂を吐き出す。

「ペッ、『プッシュ』はダメだ」


 俺は賢者システムを立ち上げ、D粒子を集めて身体を包んで空中を移動させるという魔法を創り上げた。最初の設定では、平均時速三十キロほどである。


 俺は真上にジャンプした瞬間、新しい魔法を発動。何かが身体を包み込み加速する。十メートルほど飛んだ所で、魔法が切れて空中に放り投げられた。惰性で少し飛んだが、すぐに着地して二、三歩走って倒れる。


 巨人の手に握られて、空中に放り投げられたような感じだった。慣れれば着地も上手くなりそうだ。後はどこまで速度を上げられるかである。


 この魔法は多重起動ができなかった。可能にするためにはD粒子を数百の一円玉のようなものに変え、それで身体を包むようにするしかない。多重起動で効果を高めるためには、D粒子の形成物を重ねる必要があるのだ。


 俺は数百のD粒子リーフ葉っぱと名付けたものを形成し身体を包み込んで移動させるという魔法に改良した。試しに、二重起動で新しい魔法を発動する。想像していたより速度は速くならない。最初の二割ほど速くなったぐらいだろう。原因は大量のD粒子を使うせいだ。多重起動してもD粒子が集まらないのである。


 解決方法は有る。起動時間を長くする事で、大量のD粒子を集めるのだ。だが、一瞬でも早く遠くへ移動したい時に、使うような魔法ではなくなる。


 そこで魔法を改良した。宙を移動している時もD粒子を集める事にしたのである。その結果、七重起動にするともの凄い速さで移動できるようになった。


 ここまで加速すると、魔法が切れて宙に放り出された後、数メートルも飛ぶようになる。当然、着地が難しくなった。俺は新しい魔法を『カタパルト』と名付け、少しずつ改良する事にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る