第56話 永田太一(タイチ)

 新しい二つの生活魔法が魔法庁に登録された次の日。

 朝早く起きたアリサは学校に行く支度をしていた。二年生になったアリサは、少し余裕を持てるようになった。一年生の最初の頃は、どうやって魔法の才能を伸ばせば良いのか分からず、無闇に焦っていたように思う。


 幸運にもグリムという教師に出会い、生活魔法を習うようになってから自分の才能を伸ばせるようになった。但し、最も優れている分析魔法ではなく生活魔法が伸びたのは、予想外の事だ。


 自宅を出たアリサは、学院の訓練場へ向かった。火曜日と木曜日は天音たちと待ち合わせて、生活魔法の練習をする事にしているのである。


 訓練場へ行くと千佳の姿が見えた。

「おはよう」「おはよう」

 しばらく待っていると天音と由香里が来たので、空いている場所を探しに向かう。


 訓練場は四つの区画が有るのだが、珍しくどこも空いていない。一番奥の区画では、一年生らしい小柄な少年が攻撃魔法の練習をしていた。その周りには、三人の一年生が練習をしている一年生をコーチしているように声を上げている。


「おいおい、もっと気合を入れろ」


 練習しているのは、攻撃魔法の基本である『バレット』である。チラッと見たが、弱々しい魔力弾が板の的に飛んで、ペチッと音を鳴らして的を揺らせた。


「ペチッ、だってよ。情けない魔力弾だな。見ていろ」

 コーチをしていた三人の中の一人が、同じ『バレット』を発動した。魔力弾が飛び、板にガツンと命中し痕跡を残す。


「これくらいの威力がないと、魔力弾とは言えねえぞ」

「タイチは才能ねえな。攻撃魔法なんかやめて、一番才能がある生活魔法を習得した方がいいんじゃないか」

 その言い方は馬鹿にするような言い方だった。


「おい、黒月先輩が練習を始めたぞ。見に行こう」

 そう言うとタイチと呼ばれていた少年一人を残して、隣の区画へ行ってしまった。


 アリサは一年生に声を掛けた。

「一緒に使わせてもらっても構わないですか?」

 一年生は驚いたように振り返って、アリサたちを見た。アリサたちの中で一番小柄な由香里と同じくらいの背丈だが、可愛らしい顔をした美少年である。


「あっ、どうぞ」

「ありがとう」

 アリサたちは大岩が的として置いてある場所へと移動した。この大岩は威力の有る魔法用として、学院が購入したもので、とにかく頑丈な岩だった。


 大岩の周りには欠片が無数に落ちていた。生徒たちの魔法で削り取られた欠片だ。一センチほどの小さな欠片が多い。


 アリサたちが大岩を的にして練習を始めた。まずトリプルアローから始めてクイントアローまで行う。

 由香里は『バレット』の練習をする。攻撃魔法が魔法レベル6になっている由香里の魔力弾は、クイントアローほどの威力があった。


 アリサたちが『ジャベリン』の練習を始めると、由香里は『ファイアバースト』や『クラッシュバレット』の練習をする。


 それをタイチと呼ばれていた少年が見ていた。

「凄い、あの頑丈な岩が、どんどん削れていく。でも、あの三人が使っている魔法は何だろう?」


 アリサが熱心に見ている一年生に気付いて声を掛けた。

「自分の練習はしなくていいの?」

「ごめんなさい。凄い魔法だったんで、見惚れていました」


「謝る必要はないのよ。あなたの魔力弾は、威力がなかったみたいだけど、習得したばかりなの?」

「……違います。一ヶ月前に習得したんですけど、全然威力なくて」


 由香里が口を挟んだ。

「ねえねえ、習得した魔法と才能がマッチしていないんじゃないの?」

「でも、攻撃魔法が『D』というのが、僕の魔法才能なんです」


「あれっ、友達が生活魔法の才能が有るような事を言っていたみたいだけど?」

「ええ、生活魔法は『B』なんですけど、ダンジョンで使える魔法はないから」


 それを聞いたアリサたちは顔をしかめた。生活魔法を教えているのは、城ヶ崎である。

「城ヶ崎先生は、まだ教科書を読むだけの授業をしているようね。一年生たちは可哀想……」


 タイチは首を傾げた。

「違うんですか。生活魔法を習得するより、攻撃魔法を覚えろと言われましたけど」

「ダンジョンでも使える生活魔法は、たくさん有るのよ。『プッシュ』を習ったでしょ?」


 アリサが尋ねるとタイチが頷いた。

「習いました。でも習得していません」

 天音がタイチを睨んだ。


「まずは『プッシュ』と『ロール』を習得しなさい」

「でも、皆がダンジョンでは使えないって」

 天音たちは溜息を漏らす。


 一年生は千佳の活躍や天音たちの実績を知らないので、生活魔法の実力を分かっていないのだ。

「この学院にある巨木ダンジョンの一層と二層は、『プッシュ』と『ロール』を使えば倒せる魔物なのよ」


「『プッシュ』と『ロール』? 押す魔法と回す魔法ですよね。そんなので倒せる魔物なんか居るんですか?」

「疑り深いぞ。まずは『プッシュ』と『ロール』を覚えなさい。そしたら使い方を教えてあげるから」

 天音が約束した。


「分かりました。あっ、そうだ。自己紹介もまだでした。僕は一年の永田太一です。皆からはタイチと呼ばれています」


 アリサたちも名前だけ教えた。その名前を聞いたタイチは嬉しそうに笑って、校舎の方へ戻って行った。そろそろ授業が始まる時間なのだ。


 アリサたちも校舎へ向かう。

「ねえ、『プッシュ』と『ロール』は教科書に載っている魔法だけど、使い方はグリム先生に教えてもらったものでしょ。許可もなく教えていいの?」

 由香里が尋ねた。


「そうね。グリム先生に会って許可を取っておく。生活魔法の発展のためだと言えば、許可してくれるよ」

 天音が断言した。放課後に冒険者ギルドでグリムと会って、事情を話すとグリムは簡単に許可した。


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