第50話 生活魔法使いの評価

 その翌日、俺は冒険者ギルドの待合室で名前が呼ばれるのを待っていた。俺の前に何人もの冒険者が名前を呼ばれて支部長室に入っている。昼頃になって、名前が呼ばれたので支部長室に入る。


 近藤支部長が疲れたような顔をしていた。

「疲れているようですね?」

 支部長の近藤は溜息を漏らした。昨日の騒ぎで寝ていないという。


「君は、中ボス部屋での戦いを見ていたそうだね。その時の様子を話してくれ」

 俺は頷いてから、中ボス部屋の中で起きた事を話した。


「分かった。他の者と同じだね。ところで、君は自分がゴブリンキングを倒したと言ったそうだが、ああいう時に冗談を言うのは、不謹慎だと思わないのかね?」


 俺は仏頂面になった。誰にも信じてもらえなかったからだ。

「ゴブリンキングを倒したのは、間違いなく自分です。冗談なんか言っていません」

 近藤は、予想と違う答えが返ってきたので、戸惑ったような顔をする。


「君は確か、F級の生活魔法使いだったはずだ。ゴブリンキングを倒せるとは思えないんだが?」

「倒したのは、俺です」

「証拠は有るのかね? 例えば、ゴブリンキングの魔石だ」


 俺は黒魔石を取り出して、支部長に見せた。

「な、なんだと……黒魔石だと……だが、黒魔石だけでは、確実ではない。他にボスドロップはなかったのかね?」


「疑り深いな。これもボスドロップです」

 俺は指輪を出して見せた。支部長は受付の加藤を呼んだ。顔見知りが呼ばれたので、なぜなんだろうと考えていると、加藤は分析魔法使いだそうだ。


「この指輪を調べてくれ」

 加藤は俺の顔を見てから、指輪を手に取った。そして、『アイテム・アナライズ』を使って指輪を調べる。

「これは『効率倍増の指輪』です」


 魔法が半分の魔力で使えるようになるという魔導装備だった。売ったら一億円を超えるのは確実だ。

「うっ、マジか?」

「マジです」

 支部長と加藤は、言葉遣いがおかしくなっていた。


「失礼した。君がゴブリンキングを倒したというのは本当らしい。その時の様子を話してくれないか?」

 俺は仕方なく生活魔法についてぼやかしながら話した。


「君が新しい生活魔法を使って、ゴブリンキングを倒したというのは分かった。今の話だけで、聞き慣れない生活魔法が三つ出てきた。それらは君が見付けた生活魔法なのかね?」


 本当は六つ有るのだが、まだ秘密にしておきたかった『センシングゾーン』『オートシールド』『ハイブレード』については話していない。


「そうです」

「魔法庁に登録しているのかね?」

「『コーンアロー』だけは登録してあります」

「他の二つは登録しないのか?」


 その件については、迷っていた。生活魔法使いの評価を上げるためには、登録した方が良いと思う。ただ魔法レベル5でないと習得できない魔法なので、ほとんどの生活魔法使いが習得できないのではないかと思ったのだ。


 俺が思った事を話すと、支部長が頷いた。

「そうかもしれんが、登録はしておいた方がいい。同じ魔法を手に入れた者が登録する事も有るんだ」

「分かりました。そうします」


 話が終わり、俺が帰ろうとした時に支部長が尋ねた。

「そう言えば、ゴブリンキングは、マジックバッグをドロップしなかったのかね?」


 俺はニヤッと笑う。

「ドロップしましたよ。指輪についても、そうですが、秘密にしてもらえると嬉しいです」

「分かった」


 俺は『効率倍増の指輪』も売るつもりはなかった。冒険者を続けていく以上、この指輪の恩恵は大きく、自分で使いたかったからだ。


 俺が支部長室から出て来ると、待合室で鉄心と風祭が睨み合っていた。

「坊主、一言も謝らないつもりか?」

「僕は、チームの仲間を守るために、エスケープボールを選択したんだ。その判断が間違っているとは思っていない」


 間違った判断ではなかった。そうだな、俺もそう思う。だが、エスケープボールを使った後、どうなるかという想像力が足りなかった。そして、皆に迷惑を掛けたという事を自覚していないのも問題だ。


 鉄心が名前を呼ばれて支部長室へ行ったので、一人になった風祭に近付いた。

「風祭君、少なからず皆に迷惑を掛けたんだ。一言くらい謝るべきだろう。それができないのは、プライドが許さないからか?」


 風祭が俺を睨んだ。

「五月蝿いな。僕より弱いくせに偉そうに言うな」

 俺は余計なお世話だったかと思ったが、風祭の態度にムッとした。こいつは俺が生活魔法使いだから、弱いと決めつけている。


「お前より弱いだって、それは昔の事だろう。今はお前より強いつもりだぞ」

 ゴブリンキングを倒したという実績がある。互角、もしくは若干強いと思っていた。


「馬鹿を言うな。生活魔法使いのくせに」

 その言葉が一番嫌いだ。

「ちょっと来い。その生活魔法使いの実力を見せてやる」

 俺は風祭を訓練場に連れて行った。


「どうやって、実力を見せてくれると言うんです?」

 俺は訓練場の中で、威力の大きい魔法を訓練する区画に連れて行った。そこには標的として大きな岩が置いてあった。


「お前の魔法で、あの岩を壊せるか?」

 風祭は岩を見て、

「冗談でしょ。あれを壊すには、少なくともD級冒険者の実力が必要ですよ」


「見ていろ」

 俺は戦鉈を取り出し、岩に向かってセブンスハイブレードを発動する。音速を超えた大型V字プレートは、衝撃波を纏わせながら、岩を切り裂き破壊した。轟音が響き渡り、やり過ぎたかと反省する。


 風祭が身体を震わせていた。

「そんな馬鹿な。僕でさえ壊せないものを……」

 風祭は精神的に大きなショックを受けたようだ。その顔が青褪めている。風祭は自分の才能を鼻に掛け、周りを見下しているところがあった。それが治ればいいんだが。


 セブンスハイブレードの轟音が響いたからだろう。人が何事かと集まり始めたので、俺は冒険者ギルドから抜け出した。その後、誰が岩を壊したかで騒ぎになったが、風祭は俺だと言わなかったようだ。


 支部長はゴブリンキングを誰が倒したか公表しなかった。俺が秘密にしてくれと言ったからだろうが、生活魔法使いの地位向上のためには、公表した方が良かったのかと悩んだ。


「もう少し実力を付けてから、公表した方がいいかな」

 俺は引っ越し、水月ダンジョン近くのアパートを借りた。水月ダンジョンを完全攻略するまで、そのアパートに住むつもりで、生活に必要な様々なものを購入する。


 その資金は黒魔石を売った代金である。驚く事に、小さい黒魔石が三百万ほどで売れたのだ。アパートを引っ越した後、俺は天音たちを招いて中華料理店の個室で勝利の宴を開いた。


「グリム先生、おめでとうございます。マジックポーチを見せてください」

 由香里が早速マジックポーチに興味を示した。俺がマジックポーチに上着などを出し入れしてみせると羨ましがった。


 アリサがニコニコして、エビチリを食べている。

「何でゴブリンキングを倒したのは、自分だって公表しなかったんです?」

「初めは、俺がゴブリンキングを倒したと言ったんだ。でも、誰も信用してくれなかった」


「黒魔石やマジックポーチを見せれば、信用したんじゃないかと思うんですが?」

「俺は弱い生活魔法使いなんだぞ。そんな奴が高価な魔導装備を持っていると知れ渡ったら、どうなると思う?」


「弱い生活魔法使いというのには異議がありますが、グリム先生が不安になったのは分かります。二年ほど前にマジックバッグを手に入れた冒険者が襲われるという事件がありましたから」


 その冒険者は全治三ヶ月という怪我を負わされ、マジックバッグを奪われた。

「嫌な事件でしたね。まだ、犯人は捕まっていないんでしょ」

「その話はここまで、俺の勝利を祝う場なんだ。楽しくやろう」

 俺と生徒たちは大いに食べて飲んだ。但し、アルコールは無しである。


 その後、週刊誌である渋紙ダンジョンに、俺の記事が載った。ソロで冒険者をしている生活魔法使いの俺が、中ボス狩りバトルで先頭集団に食い込んだという記事である。俺は『グリム先生』という名前になっていた。


 その御蔭で生活魔法使いも、やるじゃないかという声が聞こえるようになった。但し、渋紙市という小さな地域だけだ。全国的に生活魔法使いの評価を上げるためには、俺も全国的に評判になるような活躍をしなければならないだろう。


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