第38話 水月ダンジョン

 新人冒険者に対する取材だというので、俺は承諾した。冒険者ギルドの打ち合わせ部屋で取材を受ける事にする。


「F級になったばかりだと聞いたけど、半年くらいなのかな?」

「いいえ、まだ半年も経っていません」


 俺が答えると、クルミは感心したように頷いた。

「そう、半年も経っていないのに、F級の中でトップの成績というのは凄いですね」

「運が良かっただけです。自分の実力だとは思っていませんよ」


 色々質問された後、得意とする魔法は何か聞かれた。

「生活魔法です」

「……生活魔法? 攻撃魔法や魔装魔法じゃなくて?」


「俺が生活魔法使いだというと、皆、同じような反応をしますね」

 クルミとカメラマンが苦笑する。

「生活魔法使いに偏見が有る訳じゃないのよ。でも、今まで生活魔法使いが、ダンジョンで活躍したという話を聞いた事がなかったから」


 クルミの言い訳を聞いて、溜息が漏れそうになった。事実だから否定できないのだ。

「そうですか。でも、これからは、生活魔法使いも活躍できるんだという事を、広めてやります」


 クルミが頷いてから尋ねた。

「というと、『中ボス狩りバトル』に参加するの?」

 中ボス狩りバトルというのは、水月ダンジョンで行われる特別な狩りだ。水月ダンジョンの九層には、中ボスが居る。その中ボスは半年間隔でリポップする。


 普通リポップする間隔は一定ではないのだが、この水月ダンジョンの中ボスだけは決まっているのだ。倒された日から半年後の満月の夜にリポップするという。


 その日になると、水月ダンジョンで活動している冒険者は、中ボス狩りに挑戦する。その狩りに挑戦するには、一つだけルールが有る。


 生まれたばかりの中ボスを倒した場合、ボスドロップがなかったらしい。そこで中ボス誕生の翌朝七時にダンジョン入り口からスタートして、九層まで進み中ボスを倒すというスポーツ競技のようなルールになったのだ。


 渋紙市で中ボスを倒すだけの実力を持つF級とE級の冒険者チームは、ほとんどが参加するようだ。

「参加したいですが、F級になったばかりですからね」

 中ボス狩りバトルにソロで参加するのは、D級の冒険者なのだ。F級ならチームを組んでも、中ボスを倒すのは難しい。


「もしかして、ソロなの? それだとキツイかな」

 取材が終わり、俺がトイレに行って戻ってくると、打ち合わせ部屋から声が漏れてきた。


「あの新人さんは、ちょっと当てがハズレましたね」

 カメラマンの声だ。

「どういう事?」


「だって、生活魔法使いですよ」

「まあ、そうだけど、生活魔法使いなのに、F級でトップの成績だというのは、記事になるかもよ」

 それを聞いた俺は、渋い顔をして冒険者ギルドを出た。懐が暖かくなっていたので、一人焼肉をして帰って寝た。


 翌朝、俺は水月ダンジョンへ向かった。一層と二層は初級ダンジョンで戦った事の有る魔物だったので、問題なく攻略。今は三層の湿原エリアでジャンボフロッグを相手に戦っている。


 ジャンボフロッグは、体重が百キロほども有りそうな巨大なカエルである。その脚力と噛む力は凄まじく、人間の首なら噛み切ってしまうほど強い。


 そのジャンボフロッグが、跳躍して俺の頭を目掛けて大口を開けた。トリプルアローを大口に叩き込む。魔物の頭を貫通して飛び出したD粒子コーンが見えた。


 息の根が止まったジャンボフロッグは、緑魔石<小>を残して消える。

「おっ、やっと階段を見付けた」

 四層へ下りる階段は、三層の中央辺りにあった。


 階段を下りた先には、岩場と草原が混じり合った起伏の激しい地形が広がっていた。山羊や羊が出てきそうな風景である。しばらく歩いていると魔物と遭遇した。


 魔物はサテュロスと呼ばれる下半身が山羊で上半身が人間の戦士である。革鎧を装備したサテュロスは、手に戦斧を持っていた。


 サテュロスは戦い慣れた戦士だ。斧の扱いも巧みで魔法なしだったら倒せない相手である。俺はトリプルプッシュで弾き飛ばした後に、急所である首にトリプルアローを撃ち込んだ。


「ふうっ、初めて戦う魔物を相手する時は、緊張する」

 サテュロスの死骸が消えた後に残った青魔石<小>を拾い上げた。これを冒険者ギルドへ持って行けば、五千円ほどになる。


 サテュロスを倒してから三十分ほど中央に向かって進んだ。地形がなだらかになり岩場が少なくなる。そこでビッグシープと遭遇。名前の通り牛ほどの大きさがあるデカイ羊だ。


 魔物にしては、穏健な性格をしており人間に襲い掛かってくる事はあまりない。ただダンジョンエラーが起きた場合、その羊肉と羊毛は高値で買い取られるので、ビッグシープを狙う冒険者が居る。但し、その数は多くない。


 ビッグシープはふわふわの毛に覆われており、この毛が斬撃の邪魔をするという。しかも攻撃魔法にも強い耐性が有るので、有効な攻撃方法が限られている。


 生活魔法でビッグシープを倒すには、『ムービング』で毛の一部を刈り、そこにクイントアローを叩き込む方法が効率的だった。


 『ムービング』が斬撃を撥ね返すビッグシープの毛を刈り取れるという発見は意外だった。俺にも斬撃とD粒子のハサミによる切断がどう違うのか分からない。


 だが、刈れるという事実は変わらないので、俺は遭遇したビッグシープを何匹も倒した。そして、七匹目を倒した時、ダンジョンエラーが起きた。


「やった、ダンジョンエラーだ」

 巨大なモコモコした羊が草原に横たわったまま動かない。俺はリュックから羊毛運搬袋を取り出した。冒険者ギルドが開発したというビッグシープの羊毛を運ぶための袋である。


 『ムービング』で羊毛を刈り取って袋に詰める。袋が大きく膨らんだ。これをダンジョンの外に運び出すのかと思うと溜息が漏れる。


 羊毛と羊肉を比べると、羊毛の方が高い。ソロである俺は、羊毛しか運べないのが残念だ。自分用に少しくらいと思ったが、リュックにも羊毛を詰め込んだので諦めた。

「こういう時、マジックバッグが有ればな」


 バッグの中の空間を拡張して、見た目の容量以上の物を入れられるマジックバッグというアイテムがダンジョンで手に入る事が有る。


 そのマジックバッグを残す魔物は、中ボスやダンジョンボスとして出てくるゴブリン系とドラゴン系に多いらしい。そして、水月ダンジョンの中ボスはゴブリン系なので、中ボス狩りバトルで勝利した者の中にはマジックバッグを手に入れた者が多い。


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