72、モモ、ウサギになる~ぎゅってされると悲しい気持ちも飛んでいくよね~前編

「どうなさいました、モモ様!?」


 目を覚ました桃子が一階に降りようとしていると、ちょうど階段を上っていたレリーナさんが悲鳴のような声を出して駆け上がってきた。やっぱり酷い顔になってる? ごめんよ、びっくりさせちゃったよねぇ。


 軍神様に助けてもらって目を覚ましたら、寝ながら泣いていたみたいで、頬がびしょぬれだったの。五歳児にはたぶん耐えられなかったんだろうね。今も十六歳の中にいる五歳児が、顔を歪めて泣きそうになっている。


 大丈夫、大丈夫、あれはもう過去だもん。終わっちゃったことだよ。そう言い聞かせる桃子も夢に引きずられて少しだけ心が苦しい。


 顔は洗ったけれど、目元は熱をもってヒリヒリするし、目は真っ赤だ。今は夢を夢として認識出来ているけど、夢の中にいた時はあれが現実だったから。心が過去の一番嫌な瞬間まで巻き戻されていたようだ。軍神様に悪しきもの、略して悪ものって呼ばれてたあの手の人、たぶんすんごく性格悪いと思う! 


「怖い夢見ちゃったの。でもね、ただの夢じゃなかったみたい。軍神様が出てきてバル様に伝言を頼まれたんだけど、今から会いに行っても邪魔にならないかなぁ?」


「軍神ガデスに夢で会われたのですか!?」


「うん。伝えるように言われたから、たぶん重大なことなんだと思うけど……」


「わかりました。モモ様、抱き上げさせていただきますね。私にしっかりと捕まっていてくださいませ。すぐに馬車のご用意をいたします。神の言葉とあらば急ぎお届けせねばなりません」


 レリーナさんの腕にさっと抱っこされる。桃子は言われるがままに細い首にしがみつかせてもらった。柔らかな腕の中で大きなお胸に寄せられて、ほよんと桃子は揺れる。勢いよく階段を下っているが、それでもどことなく品の良さがあるのだから、すごい。メイド兼護衛さんは優雅さが大事なようです。



 馬車でルーガ騎士団本部にやってきた桃子は、外側からパカッと扉を開けてもらって、よいしょと足を踏み出した。正面から門番さん達からの凝視をいただく。豪奢な馬車から登場するシーンって、お姫様を期待するよね。期待を裏切ってすみません。五歳児・桃子さん登場である! ちょっとだけ決めポーズを取りたくなっちゃうの。


「今日もご苦労様です」


 門番さん達にビシッと、警察官の敬礼をしてみた。伝わるかな? なんてドキドキしていると驚いていた二人は、戸惑い顔で胸元に右手を当てて軽く俯いてみせた。これが異世界風の敬礼なのかな? 桃子は一つ知識を得た! タラララーン。


 にこーっと笑顔を返して、真似して胸元に手をぺたっと当ててちょっと俯いてみる。伏し目がちな感じかな? ちらっと門番さん達を見ると笑顔を返された。うむ、合格ですね! バル様にも見てもらおう。


 心の中にこびりついた悲しみの残滓から目を逸らして、出来るだけ頑張って明るく振る舞う。レリーナさんを心配させないように、得意顔で振り返ると、馬車から降りて来たレリーナさんも柔らかく微笑んでくれた。笑ってくれてよかった。


 レリーナさんが門番さん達の前に立つと、訪問理由を述べる。


「失礼します。バルクライ様に用があって参りました。許可を頂けますか?」


「確認のため、お名前をどうぞ」


「こちらはモモ様、私はレリーナと申します」


「許可します。団長よりその二人が来た場合は通せと言われております。どうぞ、お通りください」


「ありがとうございます」


「ありがとー」


 すんなり許可が出て驚いた。慎重なバル様のことだから、きっと緊急の時のために根回ししておいたんだろうね。頭が回るなぁ。うっかり昼食のことを言うのを忘れちゃう私とは大違いだ。……もう少ししっかりしなきゃね。じゅうろくさいでしょ! ……はい。なんとなく五歳児に叱られた気がした。


 桃子は門番さん達に手を振って、レリーナさんと一緒に門を潜る。レンガ造りの短いトンネルみたいだ。門はあるけど、騎士団本部との距離はお城よりも近いから、そんなに歩かなくてもすぐに建物の前にたどり着く。


 開かれた建物の中に入ると、緑の団服を来た団員さん達からまたもや視線を頂く。お邪魔します。輝かしいスマイルを今こそ炸裂させる時! ニコーッっとフラッーシュ!! 必殺技っぽく頭の中で叫んでみたけど、ほんとはただの笑顔です。


 普通の顔だと泣いたのが丸わかりだから恥ずかしいんだもん。でも、愛想のいい子だと思われたのか、厳つい団員のお兄さんが二人、近づいてくる。


「おチビちゃん達は団長に用事かな?」


「うんっ! バル様に会いに来たの」


「バルクライ様はいらっしゃいますか?」


「今の時間帯なら訓練場にいると思うぜ」


 なんと! 訓練をしてるのなら、バル様の格好いい姿が見れるかも……眼福の予感に胸が高鳴る。わくわくしてきたおかげで、悪夢の余韻も忘れられそうだ。


「そうなのですか。それでは、受付けはどちらに?」


「受付けは入ってすぐのそこ。今日の担当はあの人がそうだよ」


 お兄さんが指さしたのはボードのような物を片手に立っている女性だった。なにか書き込みをしながら誰かと足元の荷物の確認をしているようだった。


「レリーナさん、行ってみよう。お兄さん達、ありがとう」


 桃子はお礼を言うと、レリーナさんと一緒にお姉さんに近づいた。お姉さんはすぐに気づいて来てくれる。そして視線で桃子達を確認した後に一つ頷く。


「お話は聞いています。一応確認しますが、ご用件は団長にですか?」


「はい!」


「えぇ、そうです」


「そうですか。では、このボードに名前を書いてください」


 お姉さんに手渡されたボードを、レリーナさんが桃子に回してくれる。一緒に渡されたペンを握って、丁寧さを心がけて名前を書き込んでいく。手が小さすぎるのもあるけれど、やっぱりまだ下手だから、ミミズが苦しんでるみたいだ。


 読めるけどね。読めるけど……ミラに手紙を書くのはもうちょっと、いや、だいぶかかりそう。せめてミミズが怯える程度のレベルになりたいよぅ。ボードをレリーナさんに渡すと、ペンがスムーズに動いている。いいなぁ。


「……モモちゃんとレリーナさんですね。訓練場までご案内します。付いて来て下さい」


 お姉さんは微笑むと、荷物の箱を開いている男の団員さんにボードを渡して、先導してくれる。親切な人だね! 二人はその後を付いて行く。


 廊下を真っすぐ進んで反対側まで行くと、お姉さんは開け放たれた扉から外に出た。桃子達も差し込む光の中に出て行く。


「うわぁ……!!」


 桃子は興奮して歓声を上げた。左側には木造建ての宿舎があり、左側には赤い屋根の大きな建物が立っている。その二つに挟まれるように真ん中に訓練場が大きく広がっていた。奥には乗馬の訓練をしている団員さんやドラゴンに騎乗して歩行している姿も見えた。

 

 ドラゴンの姿に感動していると、すぐ傍で囃し立てるような声が上がる。

 

「カイさん、そこっ、そこっすよ!」


「バルクライ団長!」


「やれーっ!」


「おおおっ、躱したぞ!?」


 前の方で白いシャツ姿の団員さん達の人だかりが出来ていたのだ。名前を呼んでいることからも、カイとバル様が何かしているようだ。案内役のお姉さんが嬉しそうに言う。


「運が良かったようですね。団長と補佐官が試合をしているなんて。もしお時間があるのでしたら見て行きませんか?」


「見たい!」


「私もぜひご一緒したいです」

 

 桃子が即答すると、レリーナさんも興味深そうに同意してくれた。だってこんなの滅多に見られないよね! さっそく眼福のチャンス到来!!

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