46、モモ、恩返しをする~メイドさんの優雅さは一日で成らず~後編
「それにね、バル様と私が一緒に居たら悪目立ちしちゃうと思うんだよ。ほら、バル様はあんなに格好いいから、隣りが残念な私じゃ釣り合いが取れてないよねぇ」
ちらっと自分の可哀想な胸元を見下ろしてため息をつく。自分で言うのもなんだけど、誠に残念な体型である。この世界の女の人はお胸が大きい人が多いし、羨ましいなぁ。
「まぁ、そんなことはございませんわ! モモ様の小さなお顔はとっても可愛らしゅうございますよ。この国にない風貌は神秘的ですし、黒い髪と瞳も日の光が当たると艶やかで魅力は十分ございますわ」
「レリーナさんほめ過ぎだよ。私なんてその辺に落ちてるよ?」
「この世界にはめったに落ちてはいませんわ! 落ちていたら私が拾っております!」
だんだんなんの話をしているのかわからなくなってきた。おかしいなぁ、確かお出かけを勧められていたはずなのに。まぁ、いっか。桃子は自前ののほほん思考でそう思った。バル様がゆっくりお休み出来ていれば十分である。
その時、扉がノックされた。全員が手を止めて振り返る中、レリーナさんが代表して応える。
「はい」
「失礼するよ。モモ様はこちらにおいでかな?」
「ロンさん、ここにいるよ。どうしたの?」
手伝えるなら嬉しいなと思いながらロンさんを見上げたら、困り顔を向けられた。
「えぇ。実は少々お頼みしたいことがございまして」
「なぁに? 何でも言って」
ロンさんからの頼み事とは、一体どんなものだろうか。わくドキしながらそう答える。今なら何でも出来る。手も足も短くないからね! ただし左足の怪我には注意が必要です。バル様に無言で見つめられちゃう。
「砂糖が足りなくなりまして、もしよろしければモモ様にお使いをお頼みしたいのです」
「いいよ! お店の場所を教えてもらえる?」
「ありがとうございます。あいにく今日は手が空いてるものがおりませんので、旦那様にご案内をお願いしました。玄関でお待ちですので、一緒にお使いをお願いいたします」
目が点になる。これ、お使いとは名ばかりのお出かけ? ロンさんが穏やかに微笑んでいる。お手伝いを望んだ桃子の望みを叶えながら、バル様とお出かけ出来るように考えてくれたのだろう。せっかくの気遣いだ。桃子は笑って頷くことにした。
「じゃあ、バル様と一緒に行ってくるね! レリーナさん、途中で抜けちゃうけどいいかな?」
「えぇ、大丈夫ですよ。モモ様が手伝いくださったおかげで、いつもより早く終わりましたもの」
「バルクライ様からお離れになりませんように」
「お気をつけて」
メイドさん達に快く送り出してもらい、桃子はロンさんの後に続いて部屋を出る。姿勢のいい背中を見習って、背筋をぴんと伸ばしながら後を付いて行く。背中から滲む紳士感が素晴らしいね。
階段の前で一度振り返り、桃子に注意を促す。
「十分にお気をつけくだいませ。お急ぎにならずとも、旦那様はお待ちになってくださいますからね」
「うん、そうだね。今度はゆっくり降りるよ」
なにしろ縁も所縁もない桃子を見捨てずに迎えに来てくれたほどだから、バル様の心は海のように広い。心配してくれて、気にかけてくれる人が出来たことが嬉しかった。仲が良かった千奈っちゃんにだけは桃子も家の事情を話していて、彼女はよく泊まりにおいでと誘ってくれたけれど、バル様はそんな親友とは別枠の存在だ。そう思うと、心がふんわりした。
玄関の前で待つバル様はさっきと違いシンプルな軽装だった。胸元のボタンを二つ外して、左側の髪を上げて後ろに流している。それだけで随分と印象が違う。鋭い眼差しがわずかに柔らかく見える。
「目立たないように変装した。いつもは騎士団の団服だからな、これで多少は誤魔化せるだろう。名前はクライと呼んでくれ」
「クライ様だね?」
「あぁ。では行こう」
「ひゃわっ!?」
足を動かさないようにひょいっとお姫様抱っこされる。さっきの熱が戻ったように恥ずかしさに頬が火照る。五歳児ならいいけど、十六歳だと駄目だ。同じだっこなのに、照れちゃう。
「行ってらっしゃいませ」
暖かなロンさんの声に見送られて、桃子は気恥ずかしさにバル様の胸元に顔を伏せてしがみ付いた。この状態でお使いに行っちゃうの? ちょっぴり不安になる桃子であった。
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