31、モモ、囚われる~命を守るためなら女優にだってなれるはず~

 連れ去られる最中に、桃子は何度か目を覚ました。朦朧とした意識の中で映る光景は、その度に変わっていた。馬上に居たかと思えば、次にはどこかの部屋の中、そして今は敬虔な雰囲気漂う石の祭壇の前で、両腕を身体の後ろで縛られて拘束されて転がされていた。


 せっかく着せてもらったドレスも薄汚れてしまい、可哀想な有様だ。これでどのくらいのお金が羽ばたいたのか考えるだけで怖くなる。身体を起こそうとしても、薬の影響なのかまだ全身が重く痺れていた。縛られた腕が痛いのは、荒縄がちくちくと肌に刺さっているからだろう。


「痛いよぅ……」


 口は縛られていないので、純粋な五歳児を涙目でアピールしつつ傍に立つ男に訴えてみる。何とかして逃げたい所だけれど、今いる場所がわからない状態なので、まずこうなった理由や状況を知りたい。


「悪いな。引き渡すまでが仕事だ。依頼人に解いてもらえ」


「いらいにん?」


 首を傾げて、なにそれとばかりに探りを入れる。五歳児は漢字なんて知らないもんね? ひらがなオンリーで話をしよう。そう、私は女優で、ここは舞台。女は度胸、幼女も度胸。……負けないぞ!


 冷えた水色の目に晒されていろんな意味で震えそうになる。演技だって、バレてる? 嫌な意味でどきどきしてきた。


「すぐにわかる。……素直にしていればそれほど悪い待遇にはならないだろう。死にたくなければ、せいぜい媚びておくんだな」


 それほど悪い待遇にはならないって、最初からちょっとは悪い待遇なんだね!? 私を攫ってまで欲しがった相手って、一人というか、一集団しか思いつかないんだけど。それか変態か。この場合、どっちの方がマシなの? どっちもご遠慮したいよ!


 心の中でそんな煩悶を繰り広げていたら、重い足音が聞こえて来た。首をひねると、薄暗い部屋の中に外から光が差した。出入り口の扉が開かれて恰幅のいい男が入っていくる。つるりと輝く頭にだいぶ見覚えがある。


「おおっ、今度はきちんと連れて来てくれたのだな!」


「それが仕事だからな。支払いは一括で頼む」


「もちろんだとも! おい、この者に代金を渡せ」


「はい、大神官様」


 変態が消えれば残るのは神殿関係の人達だ。それも大神官と呼ばれるのは一番最初にあった汗かきおじさんだ。バル様に一喝されて怯えていたのに、従者らしき神官さんには無駄に偉そうだ。権力を傘に着て、威張りん坊してるの? そしたら私も威張りん坊される? へへぇーってひれ伏す振りくらいなら出来るけど、何のために五歳児化した私なんか攫ったんだろう。ろくでもない予感しかしないよ。


 男は神官さんに代金を入れられた袋を受け取ったようだった。桃子の頭くらいには膨らんでいる。ジャラジャラ音してるし、結構貰ったの? 人を攫っておいてお金を得るなんてけしからんね! 私にも分け前を寄こすべきだよ! だって私の代金だもの。


 むぅっと五歳児の不満が顔を出して見てしまう。しかしそれが子供らしく見えたのか、大神官と呼ばれたおじさんが縄を解く指示を出す。神官さんに優しく立たせてもらって、おじさんの前にそっと背中を押される。おじさんが真上から桃子を困った顔で見下ろしてきた。


「乱暴な真似をして申し訳ない。軍神よ、どうか我が神殿の為に力を貸してはいただけませぬか?」


「ぐんしんってなぁに?」


「なんとっ! やはり覚えてはおられないのですか。召喚が中途半端になったばかりに、このようないたいけな子供の姿に変わってしまったのですよ」


 えぇー!? なにその都合が良すぎる解釈は!? だいたい見ればわかるだろうけど、私は女の子だよ? 軍神って男なんじゃないの?


「ぐんしん? ちがうよ? おんなのこだもん」


「そのような些細なこと問題ではありません。大神官たる私が召喚したのです。その召喚に応じて貴方様が出て来たのだから、軍神は貴方様で間違いないのですよ」


 にたりと笑うおじさんに、桃子は寒気を覚えた。この人、わかってて言ってるんだ。私が軍神なんかじゃないってことも、女の子だってことも。なのに道理を曲げてそれが正しいことだって押し通そうとしてる。


 何のために? 桃子が軍神でなければいけない理由がこの人にはあるのだろう。バル様が国王様に報告するって言ってたし、そうされたら、たぶんこの人は立場が危うくなる。だから、大神官じぶんが軍神を召喚したという事実が必要なんだ。


「いいですね? あなたは軍神ガデスで間違いございません。しかしこちらの不手際で、あなたはその姿になり、自分が軍神であることも忘れてしまったのですよ。これから我が神殿で必要なことを思い出してもらいます。しっかり出来れば、貴方様の欲しいものを差し上げましょう」


 このおじさん、悪の大神官だ! 桃子が普通の幼児だと思って洗脳しようとしているのだ。十六歳で良かった! こんなことをずっと言われ続けたら、あれ? 私軍神だっけ? って、うっかり思っちゃってたかもしれない。恐ろしい所に来てしまった。バル様、お願いだから出来るだけ早く見つけて!


「さぁ、まずは禊をしましょう。それから食事をして今日はゆっくりお休みください。明日から忙しくなりますよ」


 不自然なまで穏やかな微笑みを見せるおじさんに、桃子は五歳児の精神と一緒に泣きそうになるのを堪えて、必死になにもわかっていない子供の振りを続けた。

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