26、モモ、小さな冒険に行く~知らない部屋は好奇心をくすぐるもの~
カイとレリーナを先生に簡単な説明を受けた桃子は、お昼ご飯を食べた。それを最後に記憶が途切れているので、いつの間にか眠っていたらしい。起きたらベッドの上だった。
しかも、服がお子ちゃまドレスから変わっている。今着ているのは、灰色の短パンと犬耳付きの黄色い上着だ。紐が二本肩から出ていて、きゅっとしぼれるようになっていた。たぶん、レリーナさんが着替えさせてくれたのかも。これで自由度が増したぞ!
実はバル様のお屋敷に帰ってきてすぐにでも脱ぎたかったのだけど、メイドさん達に思いのほか好評で、脱ぎそびれていたのである。うっとりした目で、癒されますわぁ、なんて言われたら、誰だってもう少しくらいならいいかなって思うよね?
桃子は窓の方に目を向けた。差し込む光はまだ明るく、それほど時間は経っていないようだった。
時計があればいいのだけど、部屋にはないし、この世界では見たことがない。
昨日、夕方位に外から鐘の音が聞こえて来たので、この国では時刻を鐘で記しているだろう。カイも居ないし、これはチャンスだった。なにしろ桃子の五歳児心が疼いている。
「これはもう、冒険するっきゃないよね!」
ベッドから飛び降りて、したたたたっと扉まで走ってドアノブに飛んでしがみ付く。そうして扉を薄く開いて廊下の確認だ。前よし! 首を廊下に出して左右の確認! OK、誰も居ない! 後は決まってる。自由に向かって飛び出すのである!
桃子は足音を立てないようにそぅっと廊下を階段側に進んで行く。しめしめ、誰も気づいていないな。気分は盗賊だ。ぐっはっはっはっ、あたしゃ盗賊ピーチ! 金目のもんはねぇだかぁ? ……あれ? なんか違う?
まぁ、いいや。気を取り直して、盗賊、じゃなくて、忍者のように進んで、誰の目もないので禁止されていた階段にも挑戦する。
明るいから段差も怖くない。一人じゃ駄目と言っていたバル様に、心の中でごめんねと謝って、好奇心が赴くままに短い足を伸ばして一段一段確実に上がっていく。全身を使って上るのが楽しい。ちょっと疲れたらしゃがんで休憩して、再び挑戦。
そうして時間はかかったものの一番上までたどり着いた。やってやったぞ! 達成感が気持ちいい。でも振り返ると怖くなりそうなので、そのまま見たことのない部屋に向かってダッシュする。
「あ……っ」
途中でメイドさんがこっちに向かってきている。嵩張る布を両手で抱えているため、桃子にはまだ気づいていない様子だ。ど、どうしよう? 焦って足踏みする。どっか、隠れる場所隠れる場所。
一番近くのドアノブに飛びついて、中に飛び込んだ。ドアの前を足音が通り過ぎていく。良かった。バレなかったみたい。
ほっとしてその部屋を見まわしてみると、そこは本棚がたくさん並んでいた。ちょっとした図書室だ。一番下に並ぶ本の背表紙を見てみると、読めないはずの文字がなんとなくわかった。これは古代について。その隣は騎士団の歴史。その次は世界神話と、難しそうなものが並んでいる。バル様、小説は読まないのかな?
この部屋にあるのは本棚とソファとテーブル、ランプみたいなのがあるだけだった。棚にはワインらしきビンが並んでいるし、バル様にとってはリラックスルームなのかもね。バル様が暇な時に私でも読めそうな本を教えてもらおう。桃子はもう一度ドアノブに飛びついて慎重に廊下に出ると、他の部屋に向かう。
桃子の部屋と同じような作りの客室が二つあり、その他は大きなクローゼットがある衣装室と、なんにもない部屋を発見した。その部屋にはなんの意味があるのか、本当になんにもなかった。ツルツルの床があるだけのがらんどうとした様子に、どきりとした。五歳児の精神がおびえたのか、急に怖くなった桃子は慌ててその部屋から逃げ出した。
そんな怖い思いもしたけれど、二階の部屋を一通り探検した桃子は、最後にバル様の部屋に行くことにした。
黒い扉の部屋だからわかりやすくていい。桃子は扉の前でうろうろする。バル様はどの部屋に入ってもいいって言ってくれたけど、ここは私室だし、本当に入っていいのかなぁ? そんなことをしてると、背後で足音が聞こえて来た。うぎゃっ、見つかっちゃう!
桃子は思わずドアノブに飛びつくと、部屋の中に入っていた。きちんとベッドメイクがされた部屋は相変わらずシンプルだ。けれど、バル様の部屋というだけでなんとなく安心する。
部屋の奥にはバルコニーがあり、そこにも飛びついてそっと開けると、手摺の間からお城と騎士団が遠くに見えた。バル様は今あそこにいる。そう思ったら、バル様にぎゅってしてほしくなった。
急に寒くなった気がして、室内に戻ると、桃子はバル様のベッドによじ登って、シーツに潜り込んだ。お日様の匂いがするシーツの中に頭まで潜り込んで、身体を丸くする。
「バル様……早く帰ってこないかなぁ……」
そんな言葉が口から出てくる。どうしてそう思うのか気付かないまま、桃子は時間が早く過ぎることを小さく願っていた。
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