12、モモ、子供の軽さを思い知る~災難には救世主が付いているはず~
「モモ、オレはこれから仕事だ。お前はカイと一緒に屋敷に戻ってくれ」
バル様は騎士団の門まで桃子を抱えて連れてきてくれると、カイの馬に乗せながらそう言った。騎士団師団長という肩書のあるバル様も、キルマ同様に忙しいのだろう。
その時間を割いて桃子のために動いてくれたのだ。ありがとう、バル様。帰ってきたら肩を揉むよ? おばあちゃんには好評だったテクニックを見せてあげるね!
「うん、わかったよ。早く帰ってきてね?」
「努力しよう。モモのことは、これからオレが預かることになる。近々、ルーガ騎士団の隊長達にも正式に紹介して、顔を繋げる機会を設けよう。なにかあった時に助けてもらえるようにな。それから、しばらくはその身体とここの生活になれることを第一に考えるといい」
「ありがとう、バル様」
「ああ。カイはオレの護衛を外れて、モモにつけ。騎士団に顔が繋がったら、お前を副師団長補佐に戻す」
「団長、それならあなたの護衛は誰がつくんです?」
「いくら兄上の仰せとはいえ、これ以上の護衛は必要ない。子供の頃ならばいざ知らず、今は師団長だ。そんなオレに本気で護衛が必要だと思うか?」
「あなたの実力は存じ上げていますとも。ルーガ騎士団の隊長クラスでさえ、限られた人間しかまともに相手が務まりませんからね。オレとしても、自分より強い方を護衛するのはどうなんだと思わなくもありません。ですが、ジュノラス様は納得しますかね? あなたはただの騎士団師団長ではない。この国の王子でもあられる」
「オレは王位継承権を放棄しても構わないんだが、一度陛下に申し出たら兄上に却下された」
「ははっ、兄弟仲がいいなんて結構なことじゃないですか。顔を見れば罵る妹もいますからね」
「……そうだな」
カイが苦く笑うと、バル様は思案するように頷いた。特定の人を指したような言い方だったけど、誰のことなんだろ? 私もいつかその人に会うのかな。その時は、お話してみよう。聞き上手の桃子さんに、お任せだよ!
「モモ、いい子にな」
そんな言葉をバル様にもらって、桃子とカイは馬上の人となったのである。
行きよりものんびりした速度で、お馬さんでポクポクと進んでいると悲鳴が聞こえた。商店が並んだ道で女の人がガラの悪そうな男の人達に絡まれているようだ。周囲に野次馬が増えていき、女の人を庇うように罵り声が聞こえてくる。
「やれやれ、せっかく気分よく走っていたってのに……モモ、悪いけどちょっとここで待っててくれるかい? 治安維持も騎士団のお仕事なんでね」
「うん。女の人を助けてあげてね」
カイは道端で馬を降りると、馬の紐を近くの木の枝に括り付けた。そして、モモを馬に乗せたまま、騒ぎが起きて罵声が飛んでいる先に走っていく。大丈夫かなぁ? ちょっと心配で馬の上から少しでも騒ぎの様子が見えないかなと桃子は小さな身体を上に伸ばす。
「うーん、やっぱり見えないねぇ。立ったら見えるかなぁ……ひあ!?」
身体を左右に動かして角度を変えていると、突然後ろから腰に手が回って引っ張られた。視界がくるりと回り、厚い肩に担がれたまま、相手が走り出す。人攫い!?
視界がガタガタ揺れて、気持ち悪い。桃子はジタバタ暴れながら、大きく息を吸う。
「だ、誰か……っ、むぐぅ!!」
声を出して助けを呼ぼうとした。しかし、それを察した相手が肩に桃子の口を押し付ける。これなんていじめ!? 本日二度目の呼吸困難! ピンチですっ! 誰か助けて!!
裏路地に入ってお店が少なくなった通りを、男だろう人攫いが駆け抜けていく。どこに連れていかれるのか。怖くて、涙が出そうになる。
「チビスケ、目ぇ閉じろ!」
聞いたことのある声がして、桃子はとっさに言われたとおりにした。ぎゅっと目を閉じると、ガッシャーンと音がして、頭に水がかかった。
「ぐはぁっ」
どうっと桃子を抱えていた男が仰向けに倒れる。投げ出された桃子は筋肉質な腕に抱きとめられた。耳元でため息がして、こそばゆくなる。その人の心臓がどくどく動いているのを頬に感じた。それは、とても安心するものだった。途端に、鼻がつーんとした。あれ? なんかお酒臭くない?
「……悪いな、咄嗟に酒ビン投げたから、かかっちまったみたいだ。大丈夫か、チビスケ?」
頭から顔まで滴って来た水滴を少し荒い仕草で拭われる。目を開くと、小麦色の髪と青い目が飛び込んできた。騎士団本部で会ったパンクさんが桃子の顔を覗いていたのだ。その右足の下には、外套を被った男が踏みつけられている。
「うん。助けてくれてありがとう!」
「おー、どういたしまして、だ。それでお前なんでこんなとこに一人でいるんだよ? 団長かカイは一緒じゃねぇのかぁ?」
「あのね、カイと一緒にバル様のお屋敷に帰ろうとしてたの。だけど途中で騒ぎが起きたから、カイはそれを治めに行ったのね? 私はお馬さんの上で待ってたんだけど、そうしたら、いきなりその人に抱えられちゃって」
「このクソに攫われかけてたわけだな? ったく、人の休日に仕事を増やすんじゃねぇぞ。せっかくの酒も無駄にしちまったしよぉ」
「ぐおっ、や、止め……」
「あ? ガキを攫うようなクソの言葉はオレにはちっともわかんねぇわ」
「ぐふぅっ」
パンクさんは毒づきながら、足元の男の背をぐりぐりと踏みつけた。最後にドカッと足を踏み下ろすと、気絶したのか男がピクリとも動かなくなる。意識があると、まだちょっと怖かったから安心しちゃった。震える手で、パンクさんの服を握らせてもらう。今の私はお酒臭いよね、ごめんよ。
「モモ!」
その時、後ろから声がした。パンクさんが桃子を抱えたまま振り返ると、カイが必死の形相で駆けて来た。
「よーう、今日はよく会うな」
「ディー、なんでモモを抱えてるんだ!? 足元の男は? この状況はどうなってる!?」
消えた桃子をかなり必死に探してくれていたようだ。息を荒げて呼吸を整える間もなく、カイはパンクさんに詰め寄ってくる。必然的に桃子にも近づくため、その額に汗が浮いているのが見えた。
不可抗力とはいえ、迷惑かけちゃったね。あの、夕飯のおかずを一個あげるから許してくれないかな? もともと私のじゃないけど。バル様のお家のだけど。
「チビ──モモだったなぁ? 人攫いに遭ってたぜ。オレがたまたま通りかかったから良かったものの、こんな小さいガキから目を離すなよ」
「人攫いだって!? まさか、そんな目に遭ってたなんて……どう考えても、オレが悪いな。ディーのおかげで助かったよ。この礼は必ずするからな」
「酒で頼むわ。そんじゃ、オレはこのクソを巡回してる団員に渡してくるから、お前はとっととチビッコを風呂に突っ込んでやれよ」
パンクさんが桃子をカイに渡す。こういう時、簡単に移れるのが子供の良さだね! コンパクト桃子と呼ぶがいいさ!
「は? ……って酒臭っ!?」
「悪い。クソに酒ビン投げたら、チビスケも濡れちまってよぉ」
「チビスケやなくて、モモらよ?」
「舌回ってねぇぞ、モモ。オレはディーカルだ。ディーでいいぜ」
「ひゃいっ! よおしく!」
「モ、モモ? 顔が赤くなってきてるけど、大丈夫か?」
「らいじょーびゅ!」
ちょっと気分がふわふわするだけで、問題ないよ! 右手を上げて笑顔で頷いたのに、パンクさん、もといディーは面白そうに笑い、カイは顔を青くした。
「大丈夫じゃねぇな、こりゃ」
「オレ団長に殺されるんじゃないかな……」
カイの嘆く声が遠ざかっていく。視界がくるくる回ってる。あはは、面白いなぁ、これ! 桃子はなんだか湯船に浸かっているような気分で目を閉じた。
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