第3話 困惑

 ……ドン・ビアッツィが生きて……?

 ああ、いや、こちらの世界では死ななかったのか。なるほど。


「すっかりおっんだと思ってたが、よっぽど回復魔術の腕が良かったのかねぇ……。ともかくだ。ウチの可愛いボウズのためにも、礼を弾んどかなきゃなるめぇな!」


 ガッハッハッと大声で笑いつつ、ドン・ビアッツィはお嬢さ……坊っちゃまの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「や、やめてよパパ……! 髪がぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ!」


 坊っちゃまは真っ赤になりつつ、チラチラと私の方に視線を投げる。傷は腹だが、なぜか胸元が気になるらしい。どうされたのだろうか。


「ドン・ビアッツィ。ご無事で何よりです」

「なんだいなんだい。頭でも打ったのかい? ドンって呼ばれるのは初めてだ」


 異なる歴史を歩んだ世界、だと聞いた。

 と、なると、ビアッツィ家はマフィアでは無いのだろうか。


「記憶が曖昧なのかもしれやせん。なんせ、爆発に巻き込まれたんですからねえ……」


 ドアの影から、アルバーノが現れる。「あちら」では私より少し歳若い少年だったように思うが、こちらのアルバーノは私と同じくらいの年齢に見える。

 ……それはそうとして、彼も胸元が気になるらしい。ちらと視線を投げては、こほんと咳払いをして露骨に目を逸らした。……。もしや、もう少し隠すべきか……?


「曖昧……というよりは、そうだな。少々混乱している」

「だと思いやした。このビアッツィ伯爵家については、どこまで覚えてんですかい?」


 アルバーノの問いには、首を傾げるしかなかった。


「……はくしゃくけ……」


 歴史については詳しくないが、やけに時代錯誤な呼称が出てきたのは理解できる。私のいた世界は20世紀も終わりが近かったが、この世界では違うのか……?


「こりゃ重症っすねぇ……。ビアッツィ家は100年前、シチリア王国独立戦争での手柄を称えられ……えーと……なんでしたっけ、伯爵?」

「おいおい、伯爵なんて呼び名はやめとくれ。今時爵位なんて飾りだよ、飾り。要するにシチリア王国独立の時に領地と爵位をもらって貴族の仲間入りをしたっつーこった」


 シチリアは国ではなく自治州だったはずだが、どうやらこの世界では国として独立しているらしい。

 しかし、向こうの世界ではマフィアだったのが、こちらでは貴族だとは……


「そんで、おめぇは縄張り争いに負けた伯爵家の差し金で、狙われたウチの跡取りを庇って死にかけたってとこだな。なんたってシチリア王国は独立以来、どこの領地も切った張ったの大騒ぎでよぉ……」


 いや、マフィアとは名称が違うだけで、あまり変わらないような気もしてきた。壊滅したか、していないかというだけの差か……?


「ま、べっぴんさんなのは無事で何よりだぜ」

「ち、ちょっとパパ! ブラウに変なこと言わないでよ!」


 ビアッツィ伯爵もドン・ビアッツィも、厳密には別人とはいえ、性格も外見もまったく変わらない。私の顔をやたらと褒めるのも同じだ。

 お嬢様……坊っちゃまも、性別は変わ……って、いるのか……? 見た限りでは差が分からないが……


「ブラウはボクの犬なんだから!」


 ふむ。言動も全くもって変わらない。


「坊っちゃま。私は人間ですが」


 とりあえず、いつもの如く訂正しておいた。

 なぜかお嬢様も、私をよく「犬」と呼ぶ。

 比喩だろうが、私はそんなに犬に似ているのだろうか……?




 ***




 皆が寝静まった後、用を足しにベッドから起き上がる。

 しかし、傷の治癒の速さには驚く他ない。これが「魔術」の力ということか。

 ……と、思案しながら手洗い場にまで辿り着き、あることに気付く。


 女性は……どうやって、用を足すのだろうか。


「用を足す」という行為自体があまりに基礎的で自然であるがゆえに、今までは考えたこともなかった。

 私も戦闘要員である以上、人体の構造は男女どちらであれ一通りは理解している。そして、女性の下半身の構造は男性のものとは違い、尿道が身体の外部に突出していない。


 誰かに聞くべきだろうか。いや、さすがに「用の足し方」を他人に聞けば、そこまで酷く頭を打ったのかと騒動になりかねない。

 考えろ。いくら女性であれ、用を足さないわけがない。何かしらの方法は存在するはずだ。


 ……待て。排泄は決して尿だけとは限らない。男性であれど、外部に突出していない部位から排泄を行うこともある。つまり……同じことではないのか。男性が便意をもよおした時と同じように肉体を扱えば、後は生理的な機能がどうにかしてくれるのではないだろうか……!




 結論を言えば、私の判断は正しかった。

 しかし……思った以上に厄介なものだな。肉体の違いというものは……。

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