10 恋の勝負はツーアウトから
「好きです!付き合ってください!」
真っ直ぐな気持ちが、古びた建物の中にこだまする。
頭を下げながら、俺は人生二回目の告白を送った。
自分でもはっきり聞こえるぐらい、心臓が激しく脈打つ。
満腹の期待と僅かな不安を抱えて、俺は顔を上げる。
目の前の少女は綺麗だ。
雪肌に基づき、大きく開いた瞳が、自身の存在を強調するように潤んでいる。
緻密な五官は、職人が作り上げた陶芸品みたいに、絶妙なバランスをとっている。少しでも間違えたら、全てが崩れそうな、そんな印象を持たせる顔だ。
その脆そうな美貌が、今は怒りと呆れが混じって、少し歪んでいる。
違和感を感じて、俺は恐る恐る少女を呼びかける。
「奈名?」
「成良、告白はいいけど……」
肩に乗る金髪を揺らして、奈名は不満な目を投げかける。
「何でまた旧校舎(ここ)なんだよ!」
「いや、有終の美を飾ろうと思って……」
「新学期の始まりで何言ってんの、バカ」
今日は冬休み開けの始業式。
クリスマスイブの演出は無事に終わり、子供たちも楽しそうに盛り上がったし、まぁ、成功な演出とは言えるだろう。特別な起き事といえば……
「本気でキスしたかった……」
「変態、死ね」
と、王子のキスで白雪姫を起こすシーンは当然ただそのふりをしただけで、それが悔しくて壁を叩いたら、俺は奈名にゴミを見る目で軽蔑された。
「なな、成良くん、メリークリスマス♫」
「梨沙さん、何ですかその格好⁉」
「今日はサンタクロースだよ、かわいいでしょう」
「いや、どちらかというと、エロいです」
「変態、死ね」
と、演劇を見に来てくれて、何故かお腹丸出しの上着に赤いミニスカートというセクシーサンタクロースの服装で登場した梨沙のこと。そのせいで俺はまた奈名に睨まれた。
「お姉ちゃん、待ってよ」
「「「???」」」
「花玲がもたもたしてるからでしょう」
「「「……」」」
「だってあのクソジジイに……あ、皆、メリークリスマス〜」
「お、おう……違う!あの……花玲先輩と梨沙さんは……?」
「姉妹だよ♫」
「言ってなかった?ひひっ」
「「「ええええええええ⁉」」」
「……腹減った」
と、梨沙と同じ格好で現れて、とんでもないカミングアウトをした花玲のこと。京陽だけが状況外だったけど。
どうやら、花玲は奈名のバイト先が知れたのもこの原因だったらしい。
「花玲、お爺ちゃんのことをそんな言い方はダメって言ったでしょう?」
「でもクソジジイはクソジジイだし……」
「誰のことクソジジイって呼んでるのじゃ、花玲!」
「「「???」」」
「あ、お爺ちゃん、メリークリスマス♫」
「「「……」」」
「おう、よく来たな、梨沙……なんじゃ、成良、ワシの孫娘と知り合いか?」
「えっと……もしかして、花玲先輩と梨沙さんは院長の……?」
「孫娘だよ♫」
「ふん、こんなクソジジイなんて私と関係ないよ」
「「「はあああああああ⁉」」」
「……ラーメン食べたい」
と、ますますややこしい設定が付け足されたこと。世界は小さいなおい。
ちなみに、俺はそのあとは京陽と一緒にラーメンを食べに行った。
「何じゃと⁉ワシここんなはしたない格好をする孫娘なんぞおらんじゃ!」
「お爺ちゃん……わたしも同じ服着てるけどね」
「はしたない格好じゃないよ、クソジジイ。これは頑張った成良くんのために用意したご褒美よ」
「俺を巻き込むんじゃねえ!」
「成良!ワシの孫娘になんぞいやらしい服を着せやがるのじゃ⁉」
「知るか!ってかさっきの話と矛盾してんだよ、ジジイ!」
「成良くん、どう?興奮した?」
「してねえよ!聞き方おかしいだろう!」
「そう?気に入らないならもう着換えにいくよ」
「え⁉いや、その……別に嫌いじゃないというか……それなりに似合ってますというか……」
「奈名〜成良くんがエッチな目で私を見てる〜」
「図ったな‼」
「変態、死ね」
と、奈名は壊れたCDみたいになって同じセリフを繰り返していたこと。やばい、三回も言われたら少し癖になりそうだな。
花玲と院長は結構仲が悪いみたいで、花玲が演劇に参加しなかったのも、縷紅草で院長に会いたくなかったから、先約を口実にしたらしい。最終的には梨沙に無理矢理連れて来られたけど。
ところで、奈名は演劇のあとで行われたクリスマスパーティーで、俺がデパートで勝手に買ってあげた紫色のドレスを着てくれた。途轍もなく可愛かった。ごちそうさま。
というわけで、驚き満載のクリスマスを過ごし、年も越えて、俺たちは新学期を迎えた。
そして今俺は同じ場所で、同じ告白をしている。
同じ美しい少女。同じ短過ぎるスカートと、ネクタイをつけていないブラウス姿。
同じじゃないのは、少女の指にタバコが挟まれていないことと、その瞳に悲しみがないこと。それと……
「何でお前らもいるんだ?」
文句半分の口調で、俺は奈名の隣にいる三人に質問を投げる。
「はは……今日は奈名と一緒に帰るから」
若干気まずそうな苦笑いをしている茉緒。ちゃんと二人の関係が進んでいるみたいで何よりだ。
「当たり前でしょ?ここは私の縄張りだから」
領地を主張している花玲。と言っているが、この人は多分面白いものが見れると思っているからわざわざ見に来た。
「ラーメン食べたい」
ただ自分の好物を言っている京陽。それ理由になっていないぞ。
まあ、こいつらのことをほっておいて、気を取り直そう。
「俺は奈名が好きだ!俺と付き合ってくれ!」
「……」
俺は奈名と色んなことを越えた。それなりの絆は、俺たちの中にあるはずだ。
だからきっと……
「断る」
「え?」
「だから、断るって」
「何でだ⁉ここは笑って頷く時だろう?」
「は?何であたしは成良の告白を受け入れなきゃいけないのよ?」
「だ、だって、一緒に困難を乗り越えた男女は普通そうなるだろう?白雪姫の物語なら、ここはもうハッピーエンドを迎えてるぞ!」
「そう言われても……」
奈名の困っている顔は、無情な審判を告げた。
「はあ……結局ダメか……」
勝ち目があると思ったけどな……
「……あのね、成良」
少し後ろめたそうな声で、奈名は俺を呼びかけた。
「あたしは……本当に成良を感謝してる。成良がいるから、あたしはまた今のようにみんなの傍にいられる」
「……」
「だから、成良への恋愛感情も……なくもなくもなくもない……かも、たぶん」
「それ、どっちだよ……」
「でも、ようやく茉緒に許してもらった今、まだ何も茉緒にしてあげられていない今、すぐに成良の告白を受けて幸せになるなんて……あたしには出来ない」
「奈名、わたしはそんなこと……」
何かを言おうとした茉緒だが、奈名はゆっくりと首を振る。
「茉緒は優しいから、気にしないかもしれないけど、それでも、あたしはそうしたくない」
それが彼女の本心だと、意志の強い瞳で伝わってきた。
「だから、成良に悪いと思ってるけど……もう少し時間をくれる?」
「え?」
「あたしがちゃんと自分を許せて、もう一度茉緒の隣を歩けようになったら、その時は、ちゃんと答えを出すから。それまで……待っててくれる?」
「それって……チャンスがあるってこと?」
「え? ……それは……考えとくけど」
「うおおおおおお‼」
「ちょっと、大声出さないでよ」
曖昧な答えには、無論焦りは感じている。だが……
責めるように俺を指摘したが、すぐに奈名は静かに咲く花のように微笑む。
「でも、ありがとう、成良」
その桜色に染まった笑顔を見ると、これもまんざらでもないと俺は思う。
これで、すべてが終わ……
「また俺様の奈名に手を出しやがったな、てめえ!」
旧校舎で鳴り響く雄叫びと伴い、教室の引き戸が強く開かれた。
……そう言えばいたな、こいつ。いや、こいつら、だな。
「今日こそてめえと決着をつけるんだ!」
「あ!てめえ!俺の頭をたわしってつった野郎!」
貴琉と手下くんはすごい剣幕でこっちを睨んで来る。
どうしよう?奈名の前でボコボコされるのはまっぴらごめんだけど。かと言って、勝てる気もしない。
となると……
「花玲先輩、そいつらを止めてもらえます?」
「面白そうだし、やっちゃえば?ひひっ」
「嫌だよ!」
つまらなさそうに、奈名も追い打ちをする。
「ああいうの、一発で片付けられるでしょ?」
「できねえよ!俺ワンパン○ンじゃねえし」
まあ、奈名なら本当に一発で片付けられそうだけど。
「あ、あの……頑張って、佐上くん!」
「いや、小野里が応援してくれても勝てねえから」
仕方ない、あれしかないか。
そう、戦略性撤退だ。
「京陽、逃げるぞ……え?」
京陽にいた方へ声を掛けたが、そこにはすでに誰もいない。
よく見ると、あいつはとっくに向こう側の扉まで行っている。
「先抜けすんじゃねえよおおおお!」
吼えながらも、俺は京陽を追いかける。
「待ってろ!男なら勝負しろ!」
「てめえに土下座で謝まらせるんだ!」
凄い勢いで、貴琉たちも俺たちを追ってくる。
いや、男だろうか女だろうか、俺は別に誰とケンカで勝負する気がないから。
もう完全にいつもの調子に戻ったな……まあ、悪くもないか。
貴琉たちの要求を無視して、俺と京陽は全力で走って旧校舎を出る。
本当に、色々があった。
間違って、傷ついて。謝って。
だが、変わることを選んで、許すことを選んで、俺たちはこの騒がしい日常に戻れた。
だから、これも悪くない。
まだ道が長いと思う。
まだ時間が掛かると思う。
それでも、きっと大丈夫。
低温な空気に囲まれた真冬の中でも、太陽は優しくて温かいからだ。
fin
不良少女を矯正せよ! 雨音ゆずる @zaqz3213
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます