第101話 最終話ー僕の追憶と運命の人

「先輩、梨食べる?


あっ、ブドウは?

大きくって瑞々しくて甘いんだよ」


僕がそう尋ねると、

先輩は弱々しく首を振った。


「じゃ……じゃぁ、りんごは?

うさぎさんのリンゴは?

先輩好きだったでしょ?


それとも擦ってジュースがいい?


もらった果物沢山あるんだよ……」


僕は先輩に背を向けてフルーツバスケットに手を伸ばした。


目には涙が一杯で、そんな顔を先輩に見せたくなかった。


「陽一君…… 果物はいいから……

こっちに来て座って……」


もう先輩は普通に喋れなくなっていた。


僕は唇を噛んで涙を飲むと、先輩の方を振り向いた。


“先輩……先輩……

こんなに痩せてしまって……

どうしよう……


先輩がいなくなったら、

僕はどう生きていったらいいんだろう……”


ベッドに横たわる先輩を見ながら

僕はこれからの人生に不安を感じずにはいられなかった。


あれから時は回り、

僕達は晩年を迎えていた。

子供達も大人になり既に皆伴侶を見つけ結婚してしまった。


家に残された僕と先輩は

穏やかな日々を二人で過ごした。


先輩と二人で過ごした日々は幸せだった。


両思いだと分かった瞬間に番になり妊娠発覚。


僕達は二人での時間というものがそれまで殆どと言っていいほどなかった。


でも先輩と築けた家庭は何物にも変えれない僕の宝物だった。


四人の子供達相手に毎日が戦争の様な日々だったけど、

あの日々はもう2度と戻ってこない……


そして僕はもう分かっている……


せんぱいと共に過ごしたあの穏やかで優しかったあの日々も……



思い出に思いを馳せながら僕は今、

病室でお父さんと一緒に椅子に座っていた。


周りには子供達や孫たちもいた。


「裕也……


多分君もすぐに来ると思うけど……


何か……


要君に伝えたいことがある……?」


言葉も途切れ途切れに先輩がお父さんに尋ねた。


「何言ってんだよ、バカ。お前はまだ大丈夫だよ」


「ハハ……


自分の寿命ぐらい分かってるよ……


ほら…… 早くしないと時間……


無くなっちゃうから……?」


先輩がそう言うとお父さんは先輩の手を握りしめて

言葉を無くした。


お父さんにとっても、

無二の親友であり、幼馴染、又

義息子である先輩の弱々しい姿を見るのは辛いのだろう。


先輩のこの世での役割は、

もう直ぐ終末を迎えようとしていた。


「ほら……


裕也が泣いちゃったら……

陽一君が泣けないでしょう?


要君に…… 


伝言は……?」


先輩がそう言うと、お父さんは

泣きたいのを恐らく我慢してたんだろう。


声が少し震えていた。


「俺も…


俺もすぐに行くから……

待っていてくれって伝えてくれ。


そして愛していると……」


そう言ってお父さんはもう何も言えなくなってしまった。


そう、かなちゃんは3年前に他界した。

老衰だったけど、晩年は穏やかなものだった。


僕はあの時、お父さんが泣くのを初めて見た。


そして僕は今、その時のお父さんの心の叫びが痛い程分かる。


先輩は僕の名を呼ぶと、僕の手を取った。


「陽一君……


僕と一緒になってくれてありがとう……


結局最後は……僕の介護になっちゃったけどね……」


と真剣だけど、冗談のように笑って言った。


「先輩、何言ってるの!

僕は先輩と一緒に居れて凄く幸せだったよ。


もっと早く生まれて

先輩ともっとたくさんの時間を一緒に過ごしたかったけど、

僕はかなちゃんとお父さんの息子だったから

きっと先輩の運命の番として生まれる事が出来たんだよ!


先輩と過ごした日々は短かったかも知れないけど、

僕は先輩に愛されて、守られて、

とても幸せだったよ!」


僕がそう言うと、先輩はか細く微笑んで子供たちの方を向いた。


「一花、斗真、優梨愛、昴…… 


陽一君をお願いね……


彼は……


少し…… おっちょこちょいな所があるから……」


そう先輩が言うと、一花ちゃんが


「少し?」


そう言って笑った。


「ハハハ…… そうだね……


これからは……


僕に代わって…… 陽一君を守ってあげて……


君たちを残して行ってしまうのは忍びないけど……


もうお迎えがそこまで来てるみたいだ……


皆……本当に、本当に愛してるよ……


君たちに出会えて、

君たちの父親として過ごせた日々は……


永遠に僕の宝物だよ……」


「お父さん……


お父さん大好きだよ。


覚えてる?


私が何時もお花畑でお父さんの帰りを待って遊んでいた事……


覚えてる?


私がΩと分かった時とても興奮して

絶対お父さんが世のα達から私を守るって言ってくれた事……


覚えてる?


私が番を見つけた時、

一緒になって泣いて喜んでくれた事……


覚えてる?


亜希君が産まれた日の事……


お父さんは私に沢山の愛と幸せをくれた……


その日々は私にとっても何にも変えられない宝物だよ。


お父さんがいたから、今の私があるの。


何時迄も忘れないでね。


私がお父さんを愛している事。


それに、お母さんだったら大丈夫だよ。

私達がちゃんと最後まで面倒みるから心配しないで」


「そうだよ! まだ気をしっかり持って!

親父はまだまだ大丈夫だよ!」


そうは言っても、子供達ももう分かっている。

きっとこれが最後の会話になると……


先輩は僕の方を見て微笑むと、涙が頬を伝った。


今では先輩の顔には皺が刻まれ、

時間が経ってしまった事を否応なく僕に知らしめた。


「陽一君……


君を…… 君を残して行ってしまうけど……


悲しまないで……


僕は……ずっと君を見守っているから……


そして……未だ時間はあるけど……


君が……こちらへ来るときは……



来る時は……必ず迎えに来るから……


絶対に来るから……


だから……その時は心配しないでね……


離れていても……僕達は……永遠に……一緒だよ……



何時までも…… 何時までも…… 陽一君だけを愛してる……」


と、もう声にならないような声で僕に伝えてくれた。


僕は涙が止まらなかった。

言葉がつかえて、言葉にならなかった。


先輩に伝えたい言葉が沢山あったはずなのに、

何の言葉も出てこない。


本当は笑って見送るつもりだったのに……

咄嗟に出た言葉は先輩を困らせることばかりだった。


「先輩…… 先輩……

いやだ! 僕を置いて行かないで……


もっと一緒に旅行に行こうって言ったじゃない!

ほら、クルーズだって未だやってないし……

世界一周旅行だって……

ファーストクラスで大富豪ごっこしようって言ったじゃない!


それにぼくを絶対に悲しませないって……

絶対一人にしないって……


嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!


僕を置いていかないで!


もっと先輩と一緒にいたい!


僕には先輩しかいない!」


もう最後の方には自分で何を言っているのか分からなくなって来ていた。


僕が先輩の横たわる体にうつ伏せて泣き出すと、

先輩は僕の背中をポンポンと優しく叩いた。


「陽一君…… 愛してる…… 


心から…… 愛してる……


僕にとって君の代わりは他にはだれも居ない……


君は……


本当に……


真の僕の運命の番だったよ……


陽一君……


君に会えて……本当によかった……


君を愛せて本当によかった……


結局は……


君を置いて逝ってしまうけど……


君は…… 永遠に僕のものだ……


そして僕は…… 永遠に君のものだ……


陽一君と……


家族になってからの時間は……

短かかったかもしれないけど……


僕は…… 


僕は…… 君との……短い年月が……


他の人に劣るとは思わない……


君が…… 


僕の人生の中に居てくれてよかった……


また会えるから……


僕が逝っても……


悲しまないでね……


あぁ…… 


なんだか…… 疲れちゃった……


少し……


眠っても……


良いかな……?」


その言葉を最後に先輩は目覚めなくなり、

そしてその数日後に息を引き取った。


享年86歳。老衰だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


僕は夢を見るような、

フワフワと宙に浮かぶような感覚で

流れに乗って漂っていた。


“あれ? 陽一君は……?


さっきまで泣いていたのに……


もっとそばにいて守ってあげないと……

彼は寂しがり屋だから……”


さっきまで聞こえていた陽一君の泣き声が聞こえなくなっていた。


“それにしても…… 何故、彼は泣いていたのだろう?


僕はここにいて、いつでも君を抱きしめてあげられるのに……


泣かないで…… 僕の愛しい人……”


僕はふわふわと漂いながら

ボーっとそんなことを考えていた。


“それにしても僕は何処にいるのだろう……


夢を見ているのかな?


そうだと早く目を覚まさないと……

陽一君が一人で泣いている……”


でもフワフワと気持ち良すぎて、

なんだかいい匂いまでしてきて、

僕は目を覚ますのを少し躊躇った。


“目を開けたくない……

このまま何も考えずに漂っていたい……”


その時、


「先輩! こっちだよ!」


と、懐かしい声が聞こえて来た。


“あれ? この声は……? 


何て懐かしい声なんだろう?”


僕は夢心地でそう思った。


「先輩! 僕の声、聞こえる?!」


声のする方を向くと、

ニッコリと笑った要君が遠くで手を振っていた。


その姿は凄く小さくて、

顔なんて見えもしないのに、

直ぐにそれは要君だと分かった。


「要君! そんな所でどうしたの?!

あれ? でも君って……」


そう叫ぶと、


「先輩! 僕の手を取って!」


という要君の掛け声に伸ばされた手を取ると、

僕の体は掃除機で吸い取られるように

要君の居る方に吸い寄せられていった。


「先パ~イ! 凄く久しぶりだね!

凄く会いたかったよ!


それにしても先輩、

僕の前を知らん顔でフワフワと通り過ぎていくんだもん!

もう、どうしようかと思っちゃったよ!」


そう言って笑いながら僕を抱きしめる要君の回りには、

要君のご両親や僕の両親も居た。


「矢野ク~ン! 久しぶりだね~!

会いたかったよ~」


要君のお父さんも相変わらずだ。


でも皆を見回すと、何だか感じが少し違う。


「あれ? あれ? 皆若い?!」


「ハハ、先輩! 未だ寝ぼけてるの?

ここでは皆20歳くらいになるみたいだけど、

自分が今どこにいるかわかる?」」


そう言って要君が笑った。


僕は周りを見回すと、


「僕、死んじゃったんだね」


と、やっと事の状況を把握してきた。


要君はにこりと笑うと、


「大丈夫だよ先輩。 直に皆来るよ!」


そう言って僕の背中をバシーンと叩いた。

その拍子で思い出した。


「あ、そうだ! 要君に裕也から伝言!」


そう言うと、要君は目を丸々とすると、


「ハハ彼らしいね。で? 彼は何て?」


とソワソワとした。


きっと要君も裕也と離れ、寂しかったのだろう。


「待ってろ。直ぐ来るからって!


そして…… 今でも変わらず愛してるって……」


僕がそう言うと、要君は涙をぬぐいながら

やっぱりと言って笑っていた。


それが今から6年前、そしてやっと裕也がやって来た。


僕が彼の地を去った時はもう良い歳だったので

そこまで時間は掛からないだろうと思っていたけど、

裕也が来るまでに6年もかかってしまった。


陽一君は僕よりも20歳も年下……

きっとこれからの彼を待つ時間は

僕にとって永遠と感じるくらい長いものになるだろう……


それから1年が過ぎ、

そして2年が過ぎ、3年が過ぎた。


彼は未だやってこない……

当たり前だ……

僕が彼の地を去った時、彼は未だ66歳だった。


それから更に5年が過ぎ、

彼はまだ来なかったので、

僕はその後数えるのをやめた。


「先輩、寂しい?

陽ちゃん未だこないね。


健康なのも良い事だよ!」


要君は僕を元気付けようと色々と言ってくれるんだろうけど、


僕は


“僕がいなくて寂しいかな?

寂し過ぎて誰かの温もりの中にいないかな?!


それとも他に好きな人が……


陽一君はまだまだ人として脂が乗っていた頃……

もしかしたら再婚って事も……”


と嫌な妄想ばかりが頭を過ぎる。


その時で恐らく数え年で10年ほど……


陽一君は未だ来ない。


更に10年……何の事はない。


“陽一君って今何歳だっけ?”


その頃には僕は、


“いつまで生きるんだよ!”


と半ばイライラとしていた。


それからまた5年がたって、僕は呼ばれる声を聞いた。


“もしかして!?”


僕の心が逸った。


「先輩! 陽ちゃんがやってくるよ!


迎えに行ってあげて!」


要君が興奮したようにして僕の所へ駈け込んできた。


僕は要君の方を見ると、


「じゃあ、行ってくるから!」


そう言うと、陽一君の気配をたどって

光の指す方へと向かって歩き出した。


そして光の集中する方をみると、

僕はその光のする方に向かって思いっきり手を差し伸べた。




ずっと、ずっと君を探していた。


気が遠くなるくらい君を探していた。


そして見つけた。


僕が探し求めた君は

僕がかつて愛した人の息子だった。


僕が恋に敗れ暗闇の淵にいる時に、

君は新しい命の芽を息吹かせて光の中を歩んでいた。


誰が想像出来ただろう。


あの小さかった君が僕の運命だろうとは……


僕を見つめる無邪気な瞳、

僕の手を握りしめる小さな手。


何もかもが愛おしかった。


そして君は成長した。


可愛かった君。

息子の様に愛した君。


あんなに欲して、探して、探して、探し求めた君は

僕のすぐ隣にずっといてくれた。


僕はこれをどう受け止めればいいのだろう?

あんなに探し求めた君を、僕は愛しても良いのだろうか。


あんなに小さかった愛おしい君を、

僕は愛しても良いのだろうか……


愛があれば何もいらないと思った。

愛は何にでも打ち勝てると思った。


でも君を愛して、

愛だけではいけない事を初めて知った。


愛だけで……と思うには、僕は歳を取り過ぎてしまった。


届くと思ったのに届かなかった。


それでも君は諦めないでいてくれた。


君の愛を勝ち得たとき、


あんなに一人にしないと誓ったのに、

あんあに悲しませないと誓ったのに……


結局僕は君を一人残して置いて来てしまった……


でも、もうそれも……



“あぁ、これだ……


間違い無い……


この手だ……”


彼は光の中に差し出した僕の手を、

しっかりと握りしめてくれた。


〜 完 〜


最後は少し長くなってしまいましたが、

皆さまの応援のおかげで最後まで書き終えることが出来ました。


本当にありがとうございました。

感謝です。


いつも相手のいるΩに恋をして、

二番手以下になっていた矢野でしたが、

やっと、やっと運命の番を見つけ、

幸せをつかむことが出来ました。


消えない思い、僕の追憶と運命の人は、

通しで約一年かけて書いてきたお話ですが、

家族愛や、変わらない愛について書きたいと思い書いた作品です。


皆さまにも違った愛の形があると思います。

ここでは私の価値観と妄想がバリバリに表れてしまったものとなってしまいましたが、

それでも楽しんでもらえたら嬉しいです。


長らく日本語から離れていたので、

見苦しい文になってしまいましたが、

見苦しい私の小説に

長らくお付き合い下さいまして、

本当にありがとうございました。


これからも、もっと、もっと正しい漢字と文法で

お話が書けていけるように推進していけたらと思っています。


樹木緑



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僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ 樹木緑 @happyspring

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