第57話 冬が来た

食欲の秋も過ぎ去り、世間はあっと言う間に別世界へと早変わりした。


息を吐くと白くけむり、人々はコートにくるまれ、

忙しそうに街の中を早足で歩いている。


そんな中でも、街角はいろんな色のライトで飾られ、

ショッピングモールへ行くと大きなツリーがその存在感を示していた。


何処へいってもジングルベルが聞こえ、

お菓子屋さんの前にはサンタに扮した売子が

プラカードを持ってケーキの予約を受け付けていた。


ウィンドウの前を通ると、

カッコよくディスプレイされたマネキンや小物たちが、

いかにもその日が恋人同士の日であることを物語っていた。


「先輩のイブの予定は?」


僕は既にかなちゃんから、

先輩は予定が入っていると言う事を聞いていた。

何故ならうちで行う定例のクリスマスパーティーに

来られない事を伝えてあったからだ。


家では毎年、クリスマスイブになると、

かなちゃんの両親や矢野先輩を呼んでクリスマスパーティーをする。


僕が知っている限りでは、

先輩が参加しなかった事は過去一度もない。


何時も僕に沢山のプレゼントを持ってきては

お父さんに


「甘やかすな!」


と怒られていた。


まあ、それはクリスマスに限った事ではなく、

出張だ~ 旅行だ~ と何かにつけては僕にお土産と扮して、

色々なものを届けていた。


小さい時は、サンタに扮した先輩の膝に座るのが大好きだった。


大人たちは僕が本当のサンタだと思っていると勘違いしていたけど、

本当はサンタが先輩だということを知っていた。


それはいつもあの甘い香りが先輩からしていたから。

先輩の匂いを僕は間違ったりしない。

だから僕は先輩の膝に座る事が大好きだった。


でもそれも、僕が小学高学年に達すると、

それもやらなくなった。

僕がサンタが矢野先輩だと知っていることに皆が気付いたから。


それからは矢野先輩は普通にパーティーに参加していたけど、

サンタで無くなった先輩をイブに見るのは、

少し世界が変わったようで緊張した。


でもそれは心地の良い緊張だった。

だから僕はイブの日がとても待ち遠しかった。


でもいつかは恋人を作って、

そっちに行ってしまうんじゃ、という不安もあったのは確かだ。


年に一回の、恋人を作るきっかけになる大イベントに、

毎年家のパーティーに来る事が出来るなんて、

それはそれでちょっと考え物かもしれないけど、

でも今年はついにその時がやってきた。


先輩が来れない理由は知らない。

かなちゃんも、何故来れないかは追求しなかったようだ。


やっぱりプライベートの域に入るとかなちゃんでも遠慮するようだ。


かなちゃんに先輩が来れないと聞いた日から、

僕の心はザワザワとしている。


もしかしたら……?


そういう思いが過って、頭を離れない。


それでもやっぱりイブは先輩といたい。

時間があれば寝る前の5分、いや、1分でも良いから会いたい。

どうしても諦められなくて聞いてみた。


「先輩のイブって今年は忙しいの?」


「う〜ん、忙しいって言うか、

今年は仲間内の独り者が集うぞ〜ってなちゃってさ〜


来なかったら恋人有りってみなして追求するってなったから仕方なくね」


その理由が本当かは僕には知る由がないけど、

でもデートだとしても先輩はきっと隠さずに教えてくれるだろう。

だから少しホッとした。


「そっか〜 残念……


初めて先輩のいないクリスマスか〜」


僕はクリスマスライトを見ながらため息をついた。


僕の落胆さに気付いたのか、


「大丈夫だよ!

陽一君へのプレゼントもちゃんと用意してあるから!」


と、的外れな返事が返ってきた。

別に僕は、先輩のプレゼントがもらえないから落胆している訳じゃない。


僕は先輩と一緒に過ごせれば、

プレゼントなんて一つも欲しいと思わなかった。


ただ、先輩との時間がもっと欲しい……


僕の正直な思いだった。


「ほら、急いでプレゼント買っちゃうよ。

遅くなったら裕也にドヤされるからね」


今日は先輩につきあてもらって、

両親のクリスマスプレゼントを買いに来ていた。


まあ、いくら世の中がロマンチックに飾ろうが、

恋人同士が僕たちの目の前で中良さそうに腕を組んでいようが、

人目もはばからずにキスをしている人たちがいようが、

今のこの時点で僕たちの間に甘いムードができるということは、

豚が笑っても起こらないだろう。


でも、僕と先輩の距離は、

それくらいが今はちょうどいいのかもしれない。


僕は先輩を見上げると、


「お父さんはね、いいんです。


どうせ先輩が絡むと、どんなに繕っても、

何癖付けてネチネチ言いたいんですから。


全く陰険ですよね。

普通にしていれば、カッコつけなくても、あんなにカッコいいのに、

未だに先輩に対向意識持ってるんですから!」


そう言うと、先輩は目を丸々として笑っていた。


「やっぱり陽一君も裕也の事はカッコいいと思うんだね~」


先輩のそのセリフに、取ってつけたようになってしまったけど、


「でも先輩はお父さんの何億倍もカッコいいですよ!」


と言ってみたら、先輩は予想外のような顔をして僕を見た。


「何ですか? 僕が先輩の事カッコいいと言ったら変ですか?」


先輩にカッコいいなんて普段からしょっちゅう言っている。

何故この時はそんな顔をしたのか僕には分からなかった。


「いや…… 

僕さ、今まで裕也と比べられる事多かったんだよ。

成績や、スポーツ、家柄やもちろん、容姿に関しても……

ほら、僕達、幼馴染だしさ。


僕が密かに好きになった子だって、

皆裕也が好きって事もあったし……


裕也と比べて僕の方が良いって言ってくれたの、

陽一君が初めてかも……」


先輩にそう言われ、僕は凄く心が痛んだ。

先輩のお父さんに対する劣等感みたいなものがあった事を今まで知らなった。


でも先輩が正直に教えてくれて、

それがうれしかった。


きっとこの事は、もちろんお父さんは知らないだろうし、

かなちゃんも知らないだろう。


「でも先輩、お父さん凄く先輩の事、意識してると思いますよ?

きっとお父さんは先輩に負けたくないって思ってるんですよ!

だから先輩も負けていませんよ?」


そう補助すると先輩は笑いながら、


「まあ、裕也も少しは僕に対してトラウマにはなってるだろうね。


何てったって、陽一君の事、

僕と要君の子だって最初は疑った位だからね~


でも本当にそうだったら面白かったよね」


と言ったことに、僕は


「先輩、それって笑えませんよ」


と返した。


全く冗談じゃない!

先輩が僕の父親だったら、

かなちゃんがライバルで近親相姦になるところだ。


「だよね。ごめん……」


「もう! 聞いていたのが僕だった事を感謝してほしいですね。

これがお父さんだったら先輩、永遠に絶交かもですよ!


何てったてお父さん、

もう、すっごいかなちゃんにメロメロですからね。


お父さん怖い時はすっごい怖いんですけど、

かなちゃんには頭上がりませんからね〜


きっと何年も迎えに行けなかった事、

負い目に感じてるんですよ!」


そう息を荒くして言うと、先輩は


「だよね~

後で裕也に聞いた話だと、

その事については、かなり後悔していたからね。


要君を長く一人にしておいた事はきっと裕也の人生最大の過ちだろうね。


陽一君の事を知らなかったことも、

随分長い間、自分自身を責めていたからね……


う~ん、ちょっとしんみりしちゃったね。


ほら、早くプレゼント買って帰ろう!


帰ったら、僕の家でラッピングして、

あったかいお茶とお菓子の時間にしようね」


そう言って僕たちは、ジングルベルの鳴り響く、

人ごみの中へと足を進めていった。

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