27thキネシス:強制スクロールステージがプレイヤーにストレスを与えるワケ
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「まさか……キミはアンダーテイカーなのか?」
元総理にして、孫のイジメ被害者である陰キャ高校生の誘拐を指示した俳優のような男、
誘拐されかかった本人は自ら浜名家へ乗り込んだワケだが、相手の口止め交渉を毛っ飛ばして席を立とうとした矢先にかけられたセリフが、これである。
交渉は全て任せられるはずだったグレースーツの弁護士は予定外の雇い主の行動に怪訝な顔をしていた。言葉の意味も分からない。
何かと人生経験の浅い陰キャ、
とはいえ、俳優のような痩身の元総理本人も、確信が無いようで
「少し外してくれ」
元総理が退席するように指示すると、弁護士は一瞬何かを言いかけるが、すぐに無言で頭を下げ理人の脇を抜け部屋を出て行った。
部屋には、俳優のような政治家の男と、未だ追い詰められた表情の陰キャ高校生だけだ。
「座ってくれ。話をしたいだけだ」
窓際で距離を置き傍観していた元総理は、ここに来てはじめて舞台に上がってくる。
ソファの弁護士が座っていた場所に腰を下ろすと、理人にもそれを
理人の方には迷いがあった。
考えてみれば、権力者ほどアンダーワールドの存在を知る可能性が高いのは道理。
ましてや、2期8年総理大臣を勤めた政治家なら、その間に知る事となっても不思議でもないだろう。
問題は、何故理人がアンダーテイカーだと知れたのか、それを知ってどうするつもりか、だが。
これはオフィスに記憶消去を頼める案件なのだろうか。でもあれ確か一般人が事故でアンダーワールドに落ちた時とかの緊急処置だしなぁ。
などと思いながら、いざとなれば強硬手段已む無し、と覚悟を決めて、目の据わった陰キャも対面に座る。
「……足下にどんな世界が広がっているかを知っていれば、この世界がさぞ白々しい三文芝居に見えるだろうな、影文君。
その通りだよ。アンダーコミュニティからはよく見えるだろう。結局はこの世界は舞台袖の台本通りに進んでいるに過ぎないのだ。民意に名を借りた、一部の人間の専横によって。
そして、人々はそれが出来レースだと肌で感じながらも、従順に受け入れるしかない。
選挙により民意は担保される、という建前で大衆を慰め、その実政治の現場から国民の声を効果的にシャットアウトする、この国が長年かけて作り上げてきた仕組み、というワケだ」
「…………オレには政治のことはよく分からないんですけど、酷いイカサマなのはなんとなく分かりますね」
「ふむ……高校1年生には少し難しいかね。だがまぁ、君はウチの孫よりは理解してそうだな…………。
しかしだね、こう言えば君のように若く正義感の強い少年には欺瞞に聞こえるだろうが、我々政治家も、移ろいやすい、または安易な方向に流れやすい国民の意見に左右されない、真に日本の為の政治を行うべくしてこのシステムを維持しているという自負があるのだよ。
国民の意見を反映していては、国家の運営はできない、というワケだ。
よって国政を担う専門化たる政治家もまた、その進退を国民の気まぐれに左右されていられないのだよ」
「その……勝手にやってろ、って感じです。自分らの特別扱いの正当化、ってだけじゃないですか。裏でこっそり身分の差を作っているのも気持ち悪いし。結局ルールを無視し手好き勝手やりたいだけ……。そんなやり方している時点で大嘘つきだし……。
あと、オレがそれを認めてやる理由も無いと思います」
「そうだな。キミらアンダーテイカーにはその国で生きて行かなければならないという縛りが少ない。
もうひとつの社会から表の社会を俯瞰し、政治権力の強制力すら時に
言うなれば、キミらこそ真の権力の一部というワケだ」
「……一緒にされるのは物凄く気分が悪いです」
「同じだよ。我等は票と法律で、キミらは特別なスキルと世界の真実で、自らの権限を補強する。
だが我等は日本国民1億2000万の生命と財産を預かり、これを守る使命を帯びての事だ。
キミはどうかな? 影文理人君」
「だから……ひとつ卑怯な手を使っている時点で、そんな大義名分に何の信用も出来ねって言ってんですよぉ……!」
はじめは、なんか小難しい話でこれ煙に巻こうとしているんじゃないの? とか萎縮しそうな心をどうにか奮い立たせていたが、理人なりに噛み砕いて理解に
何故自分はこんな勝手な理屈を並べるだけのお偉い政治家の主張に付き合わなければならないんだろう、とさえ思う。
挙句に、イジメの上に拉致未遂の被害者を捕まえて自分の同類扱いとは恐れ入る。
大きな責任ある仕事をしていれば、悪行も許されるべきだとでも言うのか。
少なくとも理人の知る限り、この国の法律はそういう作りにはなっていなかったと思う。
また、理人がそれに納得してやるいわれも無かった。
「それでー……お話と言うのはその身勝手などっちもどっち論だったんですか? もう帰っていいですか?
オレ、その話を認める気も無いし、何も約束する気はないし、あんた達の為に何かしてやる気も無いですよ」
「キミが単なる一般人でない以上、金と圧力という無意味な交渉はやめる、ということだ。
ガルベスタン、最近学徒軍が政府を倒し新政府として実権を握った。ニュースは見ているかね?」
もう何を言っても自分を丸め込もうとする陰謀でしかないだろう、と断じて強制的にでも出て行こうと腰を浮かせた、陰キャアンダーテイカー。
ところが、話が意味不明の方向に急展開して混乱させられる。
あまりにも唐突な流れの変化に、途中で何か聞き逃していた? とさえ思ってしまう理人であった。
ニュースはスマホで自動的に流されてくるヘッドラインくらいしか見ない高校1年生だが、その話は知っていた。
最近はアンダーテイカーの活動でも国際情勢がちょくちょく関わってくるので、目を通すようにはしている。
ガルベスタン。
中東地域に存在し、この頃『学徒軍』という反政府武装勢力により支配された国だ。
20年間アメリカ軍が駐留していたとか、それが撤退したのが政権転覆の切っ掛けだとか見た覚えがあるが、その辺の詳しい背景は興味もなかったのでよく知らない。
「では現地邦人と日本大使館の職員として働いていたガルベスタン人300人がまだ現地に取り残されているというのは?
少し前にはこれもニュースで報道されていたがね」
無言の陰キャである。
そんな細かいことは知らなかった。高校生としてはそういうの知ってないと恥ずかしいのだろうか。
だがこの政治家の前で無知晒すのはバカにされそうなので。
『邦人』って日本人って意味だっけ。
「……帰って来られない理由があるんですね。それと……ガルベスタンのヒトが日本大使館で働いていたって分かると都合悪いんですか?」
「命に関わる。新政権は否定してるがね。
だが、学徒政権側も末端の兵士まで制御できておらず、そういう兵士にアメリカと協調路線を取る日本を同列に見られた場合、反米思想のある学徒兵が日本の協力者に何をするか分からない、というのが実際のところだ。
キミのアンダーテイカーのクラスは?」
つまり兵士が上の命令を無視することがあるのね。それとも新政府っていうのが口から出任せを言っているのか。
理人は話に付いていくのが精一杯だったが、そこに来てまた謎の質問を向けられた。
アンダーテイカーは、実力に応じた『クラス』がオフィスより認定される。
「どうして答えなきゃいけないんです? それに……アンダーテイカーだと言った覚えもありませんが」
バレているだろうとは思うが、一応否定しておく陰キャアンダーテイカー。
何でも問えば答えると思われてもムカつく。相手のペースに乗るのは断固拒否だ。
「ガルベスタンの現地協力者300人を隣のラディスタンへ移動させたい。可能な限り早く、学徒軍に知られずにだ。
それをキミに頼みたいと考えている」
「はぁ!?」
これには、理人も飛び上がって声を出していた。
心底ワケが分からない。何故こうも話が上へ下へ飛ぶのか。こういう政治家の手口なのか。
陰キャは混乱していた。それが相手の思う壺なら大成功だチクショウめ、と思いながら。
「意味が分かりません。あの、この際ハッキリ言いますが、オレあなたに拉致されそうになったんですよね。しかもアンタの孫には学校で殴られるわ金盗られるわ暴力の冤罪かけられるわ。どんな
それの『謝罪』とやらは当事者のオレが何も知らないうちに終わったってニュースで知ったし。
それで毎月金払うから何も言うな黙ってろってふざけたこと言われたかと思ったら、今度はこれ?
あんたホントに政治家? 国民と話する気とかある??」
「そんな
私はひとりのアンダーテイカーと、国益とビジネスの話をしている」
「あ゛?」
陰キャであっても比較的温厚な理人だったが、さすがにその物言いには、軽くキレた。
ガタンッ! と真ん中のテーブルが触りもしないのに一瞬激しく動き、室内の調度がギシギシと激しい音を立てる。
理人の貧乏揺すりだ。
「……なるほど、マインドスキル使いのアンダーテイカー。クラスCからB相当と言ったところか。種類は、念動力かな。
不出来な孫だが、殺さないでくれて感謝するよ。まさか……目覚めたのはそれが切っ掛けかね?」
振り回されるのはここまでだ。
床にへばり付かせようか、天井に張り付けようか、屋内のジェットコースターを楽しんでもらおうか、と。
目の吊り上がった陰キャは狂暴なことを考えていたが、
「日本は海外、ガルベスタン国内のことには手が出せない。知っていると思うが、自衛隊の派遣も成果を上げられなかった。
このままでは現地協力者300人を死傷させ、日本政府は国内外からの批判に晒される可能性があるが、もはや打てる手はなく話題が風化するのを黙して待たなければならないような状況だ。
正直に言って、ワラにも縋りたいような状況なのだよ。現地スタッフに犠牲が出て、日本政府がこれを見殺しにしたという最悪の結果が出る前に」
「…………未成年の超能力者が最後の頼みとかこの国終わってる」
天井を仰ぎ見、怒りがもはや呆れに変っていた理人である。
◇
ガルベスタンの政権崩壊により現地に取り残されていた、日本大使館の協力者約300人。
これらが隣国ラディスタンへ無事避難したというニュースが流れたのが、理人が誘拐されかかった五日後のことだ。
現地の人間が雇った民間軍事会社による隠密裏な護送計画、というテロップがテレビやネットの画面に踊ったが、詳細は明かされず。
ただ、犠牲を出すことなく300人が身の安全を図れた部分だけが強調され、結局日本政府が何もしないまま事態が終息した点は、ほとんど取り沙汰されなかった。
手柄とはしなかったが、国内外から批判される事態にさえならなければ、それだけで政府としては御の字という話だ。
これを実行したのは陰キャのアンダーテイカーであるが、当初は何もやる気は無かった。
暴行、恐喝、冤罪、拉致誘拐、買収と口止め、ここまでやった挙句に自分達の面子の為に働けとかどの口で言うのか。
かと言って、政治的迫害により命を落としかねない外国にいる300人など知ったことか、とも言えなかった普通の感性を持つ少年である。
そんなの、面子しか考えない腐れ政治家どもと同じだろう。
よって、そんなゲスどもの利益になるのは業腹だったが、それとはまた切り離して考える事とした。
では、どうするか。
やり方は理人に任された。今後のクーデター政権との関係性を考え可能な限り穏便なやり方で~とか言われたが知るかボケ。
だが、ガルベスタン首都や他の地域に散る300人を、理人ひとりで探して見付けてこっそり集めて国境の外に連れ出す、というのは土台不可能な話。
そこで、迷わず他のヒトに助けを求めた。
同じアンダーテイカーの知人、目出し帽の巨漢のにいさんと恋人のミステリアススパイである。
実は、アンダーテイカーとして請けた仕事ではあるが、この件はオフィスは通していない。と言うより通す意味が無い。
アンダーテイカーオフィスは、基本的にアンダーワールドに関わる案件でアンダーテイカーを支援する組織だ。
よって、
今回のガルベスタンの件も、
たとえ超能力者と言っても、他には何の力も知識も無い陰キャ高校生である。
そんなワケでふたりを頼ったのだが、そこで人間としての本当の実力を見せられた思いであった。
元
理人はアランが地元のおじさんと談笑している姿しか見なかったが、首都の喫茶店で甘いお茶を飲んでいる間に、その辺は終わっていたらしい。
某北の国の元エージェント、ナターシャが何をしたのかは、全てが終わってから教えられた。
なんか全然クーデター軍と遭遇しないな、と身構えていた陰キャだったが、それらは全てミステリアスなお姉さんの仕業だったらしい。
理人がやったのは、ふたりの送迎と輸送機の操縦だけだ。
アランとナターシャは信頼できる友人だが、それでも
特に『
理人の『
なので、今の所明言しているのは、『
『
地元の人間に、徒歩のままやボロボロのクルマで連れてこられる、元日本大使館協力者のガルベスタン人約300人。
そのヒト達を輸送機に乗せると、陰キャ超能力者はスイスイと機を離陸させていた。『
首都上空を出るあたりで地上から地対空ミサイルとか飛んできたが、これは問題なく理人が捻り潰した。
ただの高校生超能力者に出来ることなんて、この程度だ。
ふたりの頼れる大人がいなければ、300人ものヒトを連れ出すなど出来なかった。
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