第八話 ああ人生に天下布部

「そうだったのか。ここは俺が生きていたあの世界とは違うけれど、戦国乱世に巻き込んじまってごめんな、奪吻公……腕ひしぎは外したよ。俺には元康の腕は折れない」

「……狸どのに哀しき過去あり、だったのですな……ねねはそこまで気が回らずに、ひたすら妖怪調伏に夢中だったですぞ……そういえば毎回桃太郎卿に調伏される鬼はこのような哀しき過去を……『安泰じゃ! 桃太郎卿』のテーマをお子さまのねねは理解できていなかったのですな……びえ……」

「い、いいからもう泣くな、ねね。お前は良い子だ。俺たち全員、これ以上鼓膜と三半規管をやられたら失神してしまう」

「え、えーと。わたしは戦国時代とかぜんぜん関係ないんだけど、なんだかすっごく罪悪感が……どうしてかしら? なぜかしら、かつて猫の妖怪どもと血生臭い合戦を避けて平和裏に勝負をつけていたような……あの時も、良晴が妖怪と人間の橋渡しをしてくれたような……って、そんなわけない! 全部ただの妄想じゃんっ? はっ? まだ脳にダメージが?」

「ぐすっ……こんな『火垂るの墓』のような昔話などで……梵天丸は泣いてにゃい、泣いてにゃいのだー! ぐす、ぐすっ」

「……む? なぜ犬千代は切腹寸前の体勢に? 危なかった……」

「わらわの責任ですわ。わらわがみだりに箱を開かせたりしたから。狸さま、どうかお許しを。元康さんはわらわの下僕ではありますけれど、大切な親友ですのよ。社会的な格差はあれども、心は常に一体ですの! 決してぞんざいには扱わないと誓いますわ。ですからお怒りをお鎮めくださいな。狸たちの霊を祭るお堂をゴロゴロ岳に建てさせていただきますわ。芦屋のお山の大規模開発などやらせませんとも! さっそく元康さん、面倒っちいもろもろの手配をお願いしますわね!」

「このように義元さまは、私がいないとなにもできないんです~。私にとっては姉に等しい存在なんです~。放っておけないので、今後も二人一緒に生きていきたいんですよ~。奪吻公さん、今の日本にはもう戦国時代のような合戦はありません。芦屋の自然は今川家が守りますので、ご安心を~。どうか信楽焼にお戻りください~」

 狸みそに感染して厨房へ突入していた今川家のSPたちが次々と正気に戻っていく中。

 再び元康から唇を借り受けた奪吻公は、微笑んでいた。

「……もう、充分たぬ……余が眠っている間に、この国は大きく変わっていたたぬ。格差はあれど、この時代の人間たちは心優しいたぬ。少なくとも、元康とその友人たちは……そして相良良晴。うぬはやはり、戦国時代を生きていたたぬな……元康をわが家族のように戦火に巻き込ませぬと、保証できるたぬな」

「ああ。今は平和だけれど、この先戦争が永遠に起こらない保証はできない。だが、そうなっても元康たちは俺が守るよ。『すべての実を拾う』、それが俺のポリシーだ。というか、生まれつきの性分だな。必ずやってみせる。約束するよ」

「……歴戦のうぬならば、できるたぬな……ああ、あの高僧の言葉通りになったたぬ……これで余は……やっと……成仏できるたぬ。家族たちのもとに……帰れるたぬよ」

 ねねが「成仏したら消えてしまいますぞ、信楽焼に入るですぞ! 消滅せぬように栄養を補給するですぞ!」と奪吻公にきびだんごを差し出すが、奪吻公は「童女よ、ありがたいたぬ。だが、もう余を封印する必要はないたぬ。未来の人間の友たちよ、さらばたぬ――元康を、どうか――」と呟き、元康の肉体から抜け出して白煙とともに消えた。

 泣き崩れるねねの背中をさすりながら、良晴は「奪吻公はあれほどの仕打ちを受けていながら殺生をしなかった。だから今は極楽浄土で家族と再会しているさ」と幼い妹を励ましていた。

「ほんとうですな、兄さま?」

「ああ。宇宙ってのは人智の及ばない奇妙な理で動いているんだ。世界には、星の数よりも多い無限の宇宙がある。いつか奪吻公とその家族たちも、どこかの宇宙で――」

「相良良晴よ、ジョルダーノ=ブルーノのようなことを言うではないか。ククク。織田信長は本能寺の変から脱出した後、東洋のアニミズムを取り入れた無限宇宙論を唱える修道士ジョルダーノ=ブルーノとなってバチカンの教皇の座を目指したとも言うにゃ――奪吻公が去った世界は、黙示録で言うところの天国であるな。きっと――ぐすっ」

(かつて本猫寺合戦の際に、俺はけんにょたちと信奈との合戦を文化対決に置き換えて血みどろの宗教戦争を回避した。あの時、俺は動物や妖怪に対する徳のようなものを知らぬ間に積んでいたんだろうか? もしかしたら奪吻公を封印した高僧は、俺と奪吻公が出会うことを予知していたのかもしれない――二つの世界は別個に存在していながら、どこかで繋がっているようだから)

 しんみりしている一同を元気づけようとした信奈が、

「竹千代とわたし、幼なじみの友情がすべてを救ったのね! 天下布部らしい案件だったわね!」

 と空元気を出して胸を張ったが、良晴は(どのあたりが?)と内心うっかり突っ込み、「なにが『どのあたりが?』なのよ、言ってみなさいよ!」と詰められて(やっぱり思考が読めるのか? まずい!)と焦ることになった。

「んもう。わたしが読み取れるのは、あんたの思考だけよ。わたしは鬼とか魔王とかじゃないんだからぁ。あっ、勘違いしないでよね? よよよ良晴は考えていることがすぐ顔に出るからよ。いいいいつもあんたを熱心に観察しているとかそーゆーんじゃないから!」

「いや、一歩間違えたら第六天魔王になれる逸材なんだが……まあいいか……」

 この時、「ご無事でよかったですわー!」と義元に抱きつかれて「腕が、腕の関節が~」と悲鳴をあげていた元康が「はっ?」と青ざめた。

「おおおお思いだしました! 私、良晴さんに下着姿をばっちり見られてしまいましたあああ! 信奈さまの姿に化けていたとはいえ、中の人は私です~! 着用していた下着も私のもの~! もう恥ずかしくて生きていられませえええん! も、も、漏れ……」

「あーっ! そうだわ! あの下着姿のわたしって、竹千代だったんじゃーんっ! あんた、よくも~! これより天下布部の臨時会議を開催するわ! 罪状は良晴の前で半裸になった竹千代、そして竹千代とわたしの見分けがつかずにサルのように興奮していた良晴よーっ! 弁明できなかったら、リストラよー!」

「ふえええ? わわわ私、天下布部の部員だったんですかあ?」

「登録上そうなってるのよー! 必要部員数を満たすためにねっ!」

「聞いてませーん! バレたら上級クラスの皆さんに裏切ったなと責められますう~!」

「落ち着け信奈! あのへその形はまぎれもなくお前のものだった、故に俺は『元康の裸』は見ていないと断言できる!」

「だからあ! なんであんたがわたしのへその形を暗記してんのよっ? 犬千代、ねね、梵天丸! 良晴を縛って宙づりに! なんとしても、いつどこでわたしの裸を覗いたのか吐かせるのよ!」

「「「合点承知!」」」

「まあまあ。わらわが風流な夢を見ているうちにそんな破廉恥な事態に?」

「こらーっ! 平和で優しい人間の世はどうなったーっ! 戻って来てくれ奪吻公、俺の無実を証明してくれー! 俺は戦国世界で信奈の裸を見ただけだと弁明してくれー!」

「なにをわけのわからないことを言っているのよ、錯乱した演技なんて無駄無駄無駄ぁ!」

 本気を出せば無双の強さを誇る兄さまにとって信奈姫のパワハラなどくすぐられる程度のものですな! 恒例の夫婦ゲンカのあとはあまあまなデートタイムが待っていますぞ! とはしゃぐねねが『安泰じゃ! 日ノ本無敵桃太郎卿』を歌う中、良晴と元康は嫉妬の炎に燃えあがった信奈にこってりと叱られることになったのだった。これが、天下布部名物の信奈様パワハラ会議。ああ、やっぱり人生は重い荷物を背負って坂道を上るようなものなんですよねえ、と元康は決め台詞を呟いていた。

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織田信奈の学園 松平元康と狸調伏編 春日みかげ(在野) @kasuga-m

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