第68話 ごほうび

「実のところ、いつまで幽閉したらいいものかわからずに、少々取り扱いにこまっていたのだ。それで、料理長をやらせてみたのだが、いやこれが美味しくてな。すぐに解放するつもりでいたのだが、うっかり手放すのが惜しくなってしまった」


 その料理長とは、パパのことだった。きれいな天使さまがパチンと手を鳴らすと、十字架の映像でしか見たことがないパパがあらわれた。


「パパ? 本当にパパなの?」

「ユイナ。会いたかったっ!!」


 本物のパパは、とっても背が高くて、めちゃくちゃイケメンだった。顔をくしゃっとさせて笑うから、年よりも若く見える。ハグしていいのかな?


 パパも戸惑っている。


 あたしたち、初めて会ったんだよね?


「マサハル、長いこと悪かった。これからは、望みどおり、人間として、人間界で生きるがよい」

「本当にいいんですか? ありがとうございますっ!! ユイナ、やったぞぉ」


 人間らしくスーツを着込んだパパは、若々しくガッツポーズをして見せてくれた。


「でもあたし、ミチルちゃんの恋をかなえることができませんでした。任務に失敗したのに、ごほうびをもらえるなんて、いけません」

「ユイナ?」


 あたしの言葉に、パパがあわてる。きれいな天使さまは、長い黒髪をゆらして笑い始めた。なんて優雅に笑うのだろう。


「そなたのその実直さにめんじてだ。それとも、マサハルを返して欲しくはないのか?」

「そんなっ。パパは返して欲しいです。でもなんか、胸の奥でミチルちゃんのことがつっかえているんです。あの、お願いがありますっ」


 あたしが勝手に突っ走っちゃっているから、パパもアイビーもあわてているけれど。でも、これだけは言わせてもらいたいんだ。


「なんだ? 言うてみろ?」

「ミチルちゃんは、どんな罰を受けているんですか? どうしてミチルちゃんは、アイビーがするはずだった試練を受け入れたんですか?」

「そうまでしてしてミチルの恋をかなえてやりたいか?」


 あたしはこくりとうなずいた。


「そのせいで、そなたの記憶が一部消えることになってもか? ミチルの罰は、人間になることだ。もう天界での記憶もないし、天使でもなくなる」

「それは、ごほうびなんじゃないですか?」

「ほう?」


 そう言って、きれいな天使さまはまじまじとあたしの顔をながめた。


「天使と人間のハーフ。なかなかおもしろい考えをもっておるらしいの。ミチルはかつて、アイビーに変わって試練を受けることにした。その頃はまだアイビーの方が力が弱かったからだ。だが、結局試練に負けてしまった。だが、それでもよかったのだ。これからは人間として、しあわせに生きてもらいたいと思っている。だいぶつらい思いをさせてしまったからな。そして、そなたの恋にも決着をつけるがよい。それからゆっくり、人間のままで生きるか、天使になるかを決めればよい」


 それって、あたしも人間界にもどってもいいってこと? でも、それだとアイビーは?


「それとひとつ、マサハルを幽閉したことで学んだことがある。金輪際、人間と天使の恋を禁じることはやめにしよう」

「あ、ありがとうございますっ!!」


 あたしの声に不思議なビブラートがかかった。天界から人間界にもどる兆候だ。ふいに、アイビーがあたしの手をつかんだ。


「おれも、すぐ行くから」


 え? いっしょじゃないの?


 アイビーの手が離れる。やだ、アイビーもいっしょがいい。アイビー!!


「ユイナ、今はがまんしなさい」


 そう言ってパパは、あたしを抱きしめた。


 つづく

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