第58話 変化

 井川くんに変化が出てきたのは、そのすぐ後だった。教室にもどる途中で、とてとてとミチルちゃんに歩みよっていたのだ。その目はどこか恋をしている人のもののように見えた。


「清野、いっしょに教室まで行こうぜ?」

「はあっ? なに言ってるの? あんた」


 なのに、ミチルちゃんは不満そうにスタスタ歩いて行っちゃった。しかたがないと思ったのか、井川くんはくるりと振り返って、あたしの方に歩いてきた。


「悪い、天羽。たのみがあるんだ」

「な、なにかな?」


 なんだか井川くんの様子が朝までとちがう。なんていうか、シーちゃんに会えたからか、すっごく興奮して、頰が紅潮している。そんな顔されたんじゃ、ミチルちゃんも怒るよね。


「ぼく、なんでだかわからないんだけど、清野のことがすごく気になるんだ。これって、恋かな? でもぼく、さっきまでシーちゃんが好きなはずだったのに、おかしいな」


 うわっ。これが天使の力なのかな? あたしは松明を振り回していただけなのに、シーちゃんのおかげで井川くんがミチルちゃんを気にかけてくれるようになっちゃった。


 だけど、肝心のミチルちゃんはまだ怒ってるし。そりゃそうか。ついしっきまでシーちゃんのことを好きだと言っていたのに、急に心変わりしたところで、信用してくれるはずないよね。


 でも、あたしは、ミチルちゃんの恋をかなえたい。


「あたしにできることなら、いいよ」


 気づいたら、そう答えていた。


「よし。ありがとう、天羽。さっき天羽が松明振り回していただろう? その姿を見ていたら、シーちゃんに対するぼくの想いはただのあこがれなんだって気がついたんだ。ぼくのことをずっと気にかけてくれていたのは、清野だけだったって。こういうのって、おかしいよな?」

「そんなことないんじゃないか? もしかしたら、シーちゃん本人に会えたことで目がさめただけなんじゃねぇの?」


 ふいにアイビーがあらわれて、井川くんの肩を組んだ。一部の女子がキャッキャしてるけど、気にしない。今は井川くんのことで手一杯なんだから。


「そうなのかなぁ? ひょっとして清野――、ミチルは、ぼくのことを浮気性な男だと思ってないといいけど」


 それは多少はあると思うけれど。しかたないけど。それに、ミチルちゃんへの突然の名前呼びにあたしがあせってしまう。


『アイビー、井川くんはともかく、ミチルちゃんはどうして今までのままなんだろう?』

『それは、清野の気持ちが最初から井川にあったからなんじゃないのか? せっかく両想いになれたっていうのに、素直じゃないやつ』

『そんな言い方しないでよ。ミチルちゃんはずっと、井川くんのことが好きだったんだよ? 複雑な気持ちを汲み取ってあげなくちゃ』

『うーん、おれはそういうの苦手だから、おまえにまかせる』


 まかせるって、ちょっとアイビー!?


 井川くんと肩を組んだまますたすたと歩き去ってしまったアイビーに、これ以上かける言葉はなかった。


 そして、あたしの気持ちも、黒田くんに対するあこがれの気持ちと、アイビーへの想いのちがいにようやく気づき始めていた。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る