第16話 教室でのできごと

 アイビーは、あたしとおなじクラスだった。そういう風にみんなの記憶を操作したんだなとすぐにわかったけれど、なんだか少し複雑な気持ちもあった。


 少しずるをしている気持ちになっちゃった。


『気にするなよ』


 そのタイミングで頭の中にアイビーの声が響いたものだから、あわててふでばこを落としちゃった。


 拾おうとかがみこんだあたしのふでばこを、上から踏みつける足があった。


「ちょっ――?」


 文句を言おうとしたあたしを見下すのは、クラスでも目立つ三人組の女の子たち。


「あーら、ごめんなさい」


 名前さえ思い出すことができないひとりがそう言うと、もうひとりがまたふでばこを踏みつける。


「あらぁ。足がすべっちゃった」


 その次の足でふでばこは完全に破壊された。


「ごめんなさいね。だって天羽さん、あんまり山田くんと仲良しなもんだから、足がすべっちゃったわ」


 そっか。三人はアイビーの親衛隊なんだ。この短期間にそんなものを作ったのね、アイビーっ!?


『それを作ったのはおれじゃないけど、今たすけに入るとややこしくなるから、ごめんな』


 そんなぁ!! お気に入りのふでばこだったのにいっ!!


「おっとお。ごめん、ごめーん」


 三人の足を器用にすくい上げたのはミチルちゃんだった。


「足が長すぎて引っかかっちゃった」

「ふざけないでよ、清野さんっ!!」

「ふざけてるのはそっちじゃんか」


 まずい。あたしのふでばこくらいでケンカが始まっちゃいそうになってる。


「きみたち、器物損壊って法律知ってるの?」


 ミチルちゃんは、むずかしい言葉を出した。


「今、訴えたら、きみたち負けるよ?」

「なっ!?」

「と、とにかく。山田くんとなれなれしくしないでよねっ」

「そうよ、そうよっ!!」


 言うだけ言うと、三人は教室から去って行った。


「あーあ。ふでばこ壊れちゃったね」


 あたし、自分のことなのに、なにも言い返せなかった。なさけなくて涙が出てきた。


「泣かないの。ユイナが悪いわけじゃないんだから」


 ほら、とミチルちゃんがシャーペンと消しゴムを机に置いてくれた。


「ふでばこは完全破壊か。天羽、これ捨てちゃってもいいのか?」


 そこへ、ほうきとちりとりを手にした井川くんが乱入してくる。


「うん。みんなありがとう。ごめんね」

「まったく。こまった王子だよな。自分のファンをうまくあつかえないなんてさ」


 ははっと、めずらしく乾いた笑いを井川くんがする。


 その時、ミチルちゃんの眉が跳ね上がるのが見えた。


「それをナオフミが言えるの? だったら早く止めに入ればよかったじゃん。ぼくはそんなの、おかしいと思うけど?」

「なんだよ、清野」

「ちょっと前まで名前で呼んでくれてたのに、中学に入ったとたんによそよそしいのはなんで!?」


 あ、ミチルちゃんの好きな人って、もしかして、井川くんなの? まだはっきりしたわけじゃないけど。


『ご名答』


 ふいにアイビーと目があった。たすけて。たすけて、アイビー。あたし、こんなのなんか嫌だ。


「おー、悪い、悪い。あーあ、派手にやられてんな、ユイナ」


 窓際で涼しい顔をしていたアイビーが、あたしたちのところに近づいてきた。


「それで? おれのファンってだれ?」


 さっきの三人。アイビーは知ってるくせに、とぼけて聞いた。クラスはしんと静まり返っている。


「べつにいいけど。おれなんかを好きになってもたのしくなんかないぜ」

「あのっ。でも、山田くんを見ていられるだけで、あたしたちはしあわせなの」


 ふいに地味な女の子が席を立った。そんな大胆な言葉を言える子だったんだ?


「だから、やっぱり天羽さんはずるいと思う。あたりまえみたいに山田くんといっしょにいるの、ずるいと思う」

「へぇー? でもおれだって、あんたのところのじいさんみたいに、歳をとればハゲるし、入れ歯になるし、太って腹が出たりするぜ。それでもそばにいたいのかよ? どうせ、あんたもおれのこと、単なる観賞用だとでも思っているんだろう?」


 地味な子は答えない。ただ、肩をふるわせて泣き始めて、それからあわてて教室から出て行った。


「おい山田。少し言い過ぎなんじゃないか?」


 井川くんがアイビーに言うと、そうか? とアイビーはとぼけて見せた。


 幻想はいつかついえるものだということぐらい、きっとみんなもわかっていると思う。


 だけどそれでも、アイビーにほのかな想いをよせる彼女たちの気持ちがわからなくもなくて。だからまたそこで、複雑な気持ちになるのだった。


 つづく



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