悪夢
第9話 夢の中で
『ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!!』
中性的な声が、ふるえながらあやまっている。とても必死で、涙まざりの声だった。
でも、シルエットだけで姿は見えない。
ただ、その子があたしとおなじ年頃なんだってことだけはわかる。
『なんということだ』
大人の男の人は、その子に向かって一方的に乱暴に言葉を投げつけた。
『天使の子供だと言うからあずかったというのに、羽根が黒く染まり始めた。こやつは悪魔になろうとしているではないかっ!!』
その子の影が大きくふるえた。男の人の足にしがみつこうとして、払われたのだ。
『ごめんなさいっ!!』
あやまるその子の頬を冷たく打ちはなった男は、さげずむようにその子を見下ろす。
『わたしをだましたのだな?』
『そんな、そんなんじゃありませんっ!!』
『では黒ずみ始めたその羽根を、自分で見たことがあるのかっ!?』
『ぼ、ほくは――』
『言いわけなどさせるか。おそろしい。わたしは今まで悪魔の子供を育てさせられていたというのか!? わたしに子供をあずけたあの男も。彼もまた天使ではなく、実は悪魔だったというのか!?』
男の人は、杖を振り上げてその子をぶった。子供はけなげにもそのしうちにたえている。
やめてっ!!
だけど、あたしの声は届かなくて。その子がふるふるとふるえている。たすけたい。たすけなきゃ。それなのに、こわくて体が動かない。
『いいか? その羽根が真っ黒に染まるまでの間に、本物の天使の羽根を奪ってくるのだ。そうして自分の羽根をちぎって、天使の羽根に付け替えるのだっ!』
男の人のおそろしい声に、その子がまたぶるりとふるえる。
『では、羽根を奪われた天使はどうなるのですか?』
『おまえは、そんな心配をしている場合ではない。時間がないんだ。その羽根はじき真っ黒に染まる。その前に、天使の羽根を奪い取るのだ』
うっうっと、その子は声をふるわせて泣いている。男の人はすうっと消えた。
あたしは、その子のそばに行きたいのだけれど、体が動かない。
ああ、これは夢なんだ。
頭の片隅でぼんやりそう思った。
だけど、これはただの夢じゃない。
その子は自分の体をきつく抱きしめて泣いている。
『ううっ。イヤだよ。天使の羽根を奪うだなんて、そんなのできるわけないよ。それに、もしぼくが天使の羽根を奪ったりしたら、その天使はどうなるんだよ』
やさしい子。自分のことより、天使の心配をしているだなんて。
あたしはどうしようもなくその子を抱きしめてあげたい衝動にかられた。
だけどそれでも体は動いてくれない。
やがて、決意を秘めたシルエットから、目だけがはっきりと浮かび上がる。
丸くて大きいけど、少しだけつり目。その目は、あたしをきつくにらんだ。
『……あの方を悲しませないためにも、奪うんだ。天使から羽根をっ!!』
言い知れぬ恐怖におそわれたあたしは、悲鳴をあげて飛び起きた。
心配してあたしを見にきてくれたママとアイビーに、今見た夢のことを告げた。
「そりゃ、予知夢かもしれないな」
「予知夢?」
繰り返したあたしに、アイビーはひとつうなずいた。アイビーが見えるようになってから、こんなに深刻な顔をしているのを初めて見た。
よくないことが起きそうな予感で、あたしはふるえた。
つづく
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