第250話 戦場から本陣へ
ラウラ姫が用意してくれた騎馬に乗り、馬の歩みに任せた速度で彼女たち一行と共に本陣へと向かう。
移動中はラウラ姫と会話しながらではあるが、速度が遅いこともあり周囲を観察する余裕があった。
陣営全体を俯瞰すれば怪我人の治療と陣の建て直しで大勢の兵士たちが慌ただしく動いている。
そんな慌ただしい陣営内と戦場とを多くの伝令兵が騎馬を駆けさせているのが見えた。いや、身体強化で騎馬よりも速く走る伝令兵の姿もあった。
伝令兵の比率が高い。
ルウェリン伯爵やゴート男爵の軍もカナン王国の他の軍に比べれば伝令兵が多かったが、リューブラント侯爵の軍と侯爵が頼みとする有力貴族の幾つかは比率から見て倍ほどではないだろうか。情報の伝達に対する価値を認めているのが分かる。
実際に交戦のあった地域――火の海となった焼け野原を中心に陣地内に切り込まれたところまでと割と広範囲には、死亡した味方と敵兵士の確認作業に多くの兵士や更に多くの奴隷たちがかり出されていた。
焼死体の確認や撤去、金品や使えそうな武器と防具、アイテム類などの回収作業となれば誰もやりたがらない。自然と奴隷たちの出番だ。
そして奴隷たちが回収した金品や装備品、手柄首はその主人のものとなる。
兵士や奴隷たちに交じってあきらかに毛色の違う人たちが居た。農民や山賊のような風貌の者たちだ。農民には老人や女性、子どもが多い。戦える者は戦争にかり出されたのか志願したのかは知らないがどちらかの陣営に居るのだろう。
兵士たちも心得ているようで山賊風の者たちは追い払うが農民たちは追い払うことなく見逃していた。もっとも調子に乗って怒鳴られている農民たちも散見されたが。
◇
今回、敵側に転移者が三名いた。残り二名だと思っていたが……国境付近での戦闘で味方の死体を使って脱出路を作り出した痕跡を思い出す。
正体不明としていた、ソロで活動していると考えていた転移者。
あいつか……或いは、最初に敵対者として対応した五人に追加で仲間が増えたかだ。可能性は十分にある。実際にこちらも聖女とボギーさんが増えている。
厄介な話だが向こうにもまだ転移者が居る可能性がある、そう考えて行動する必要があるようだ。
「ミチナガ様、何かご心配事ですか?」
俺の隣で騎馬に乗っていたラウラ姫が遠慮がちに聞いてきた。
いかん。ラウラ姫のテントが近づいてきたこともあり気が緩んだようだ。つい、他のことに意識が向いてしまった。
「申し訳ございません。先程の戦闘で少し気になることがあったもので――」
『考え事しているときのあんたの顔、恐いのよ』
ラウラ姫に謝罪の言葉を返したところで白アリのセリフが
俺はできるだけ穏やかな笑顔となるよう努めてさらに続ける。
「――それよりも、チェックメイトの合流予定でしたね」
「はい。先程『幾つかの問題を解決する必要がある』と仰ってましたが……時間がかかりそうでしょうか?」
「いいえ、それほど時間は掛かりません。早ければ明日の午前中には解決させて合流できると思います。遅くとも明日の夜には合流をするつもりです――――」
突然転がり込んできた予期せぬ手札、カズサ第三王女。
彼女の利用価値と利用方法――特にカナン王国に対しての利用価値がある程度定まれば、こちらとしても直ぐに動きたい。危惧は足枷とならないかだが、今頃はその辺も含めてテリーが中心になって情報を聞きだしているはずだ。
その後もラウラ姫のテントまで彼女と他愛のないおしゃべりをしながら騎馬を進めた。
◇
◆
◇
ラウラ姫が彼女のテントの中へと消えていくとセルマさんとローゼ、そして初めて見る二人の侍女が揃って深々とお辞儀をする。そしてセルマさんは顔を上げると同時に穏やかな口調でお礼の言葉を発した。
「リューブラント侯爵へのご報告があるにもかかわらず、ラウラ姫のためにお時間を割いて頂き感謝申し上げます」
「いえ、私の方こそラウラ姫にご心配をお掛けしてしまった様で申し訳ございません――」
「はい。それはもう、たいそうご心配されていらっしゃいました」
あれ? 『これで失礼致します』そう言おうとしたところでセルマさんが尚も話を続ける。
俺がラウラさんに視線を向けているとテントの入り口を挟んで反対側に居た侍女のひとり――侍女Aとしよう。侍女Aがセルマさんの話を引き継ぐようにして話し出す。
「ラウラ様のあまりのご心配振りにリューブラント侯爵をはじめ、列席されていた諸侯の皆様も言葉を失うほどでした」
いやー、いくらなんでも大げさでは?
侍女Aはラウラ姫が入っていった陣幕の方を一瞥すると両手を胸の前で組んで真直ぐに俺のことを見つめている。
「涙を浮かべて火の海を見つめていらっしゃるご様子など直視できませんでした」
侍女Aに続き侍女Bがすかさず話を繋ぐ。
『胸が痛む』と伝えたいのだろうか? こちらの侍女は両手のひらを重ねて左胸の上にあてている。よく見ると目に涙を浮かべていた。……よく見るんじゃなかった。
半ば社交辞令で述べた俺の言葉にセルマさんと二人の侍女が『待っていました』とばかりに食いついてきた。気が付けば三人とも、いつの間にか手にしたハンカチをそっと目に当てている。
ローゼだけは直立不動で顔を引きつらせていた。
俺がローゼに視線を向けたタイミングで再びセルマさんが、ハンカチで両目を覆うようにして訴えてきた。訴えながらハンカチの隙間からチラチラとこちらの様子をうかがっている気がする。
「本当にお可哀想でした。その心配のなさりよう、見ている私たちもつらいものがありました」
「そ、そうですか。そのう、元気づけてあげてください」
思わずセルマさんから目を逸らしてしまう。
「フジワラ様の前では気丈にも明るくふるまわれていましたが、それはもう、フジワラ様のことを心配なさって――――」
話に参加できずに居心地悪そうな表情をしているローゼを置き去りにして、なおもセルマさんが話を続けける。侍女AとBはそれに合わせてさめざめと涙を流しだす。
その後もセルマさんが中心となって切々とラウラ姫の健気さを訴えていた。
初めて見る二人の侍女もセルマさんと呼吸が合っている。このために二人の侍女を雇ったんじゃないよな。
俺としてもラウラ姫に心配を掛けたのは事実なのであまり強くは言えない。言えないが……なんだか芝居がかってないか?
つい最近も見たことがあるようなコンビネーションだ。
白アリと聖女。それと黒アリスちゃんもか。まだまだ足元にも及ばないがあの三人が悪巧みをするときの呼吸に似ている。
セルマさん、うちのパーティーメンバーの悪影響を受けてないか? 他にどんな悪影響を受けているのか、考えるのが怖い。
いや、そう考えること自体がもしかして毒されているのかもしれないがどうしても疑ってしまいます。
それにしても……何だろう、この罪悪感。
決して悪いことをしている訳ではない。騙していた訳でもないのだが……自分のことをそこまで心配してくれた少女を追い返すように陣幕へ連れて行ったことにもの凄く罪悪感を覚える。
さらに付け加えれば、セルマさんの話が半分以上誇張――盛っているだろうと頭から疑っている自分がいる。それも罪悪感を覚える一因かもしれない。
「リューブラント侯爵への報告の後、お忙しいでしょうが少しでもお時間を割いていただけるとラウラ様もお喜びになるかと」
「いったんパーティーメンバーと合流しなければなりません。その後であれば時間を作りましょう。お約束します」
既に涙は流していない、どこか達成感さえ感じさせる表情をしたセルマさんに向かってそう伝えると、俺は急ぎリューブラント侯爵のもとへと向かった。
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あとがき
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【コミカライズ情報】
ニコニコ静画「水曜日のシリウス」にて毎月第二・第四水曜日配信中
以下、URLです
どうぞよろしくお願いいたします
https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_list_s1
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