第219話 領境の盗賊討伐(14)

 バランの拠点までおよそ一キロメートルのところで隊商を一旦止めて小休止させる。物資の補給と馬車の修理のため隊商の人たちも全員俺たちと一緒にここまで移動をしてきていた。

 領境に近づくほどに目に入ってくる景色は緑が少なくなり岩肌が剥き出しとなった荒野が多くなっている。


 一旦小休止させた隊商をその場に残して俺たちは盗賊団の拠点の偵察に来ていた。

 偵察に来ているメンバーはチェックメイトから、俺と白アリ、黒アリスちゃん、ロビン、ボギーさん、メロディ。テリーとティナにアレクシス。もちろん、マリエルとレーナも居る。


 アイリスから、ライラさん、ミランダ、ビルギットと奴隷三名。

 今回は隊商からも十名ほど同行していた。シンシアを筆頭にガイフウ、ケイフウの双子の姉妹。後シンシアの仲間のラナという弓使いの女の子ともうひとりが男、名前は忘れた。さらに護衛の傭兵が五名である。


「あれですね」


「随分としっかりした建造物だな。ありゃあ、国境警備をする騎士団の正式な砦でもおかしくネェぞ」


 岩場の陰から顔だけを出して前方を覗き込んだ状態で発せられたロビンのつぶやきに続いて、巨大な岩に寄り掛かるようにしてバランの砦を覗き込んでいたボギーさんが吐き出すように言った。


 そんな隠密行動であることを理解している二人とは違い、もはや身を隠すつもりなど微塵もない黒アリスちゃんと白アリが台状の岩盤の上に並んで立ちバランの拠点を見下ろしている。


「本当ですね。それにしても堂々と建てましたね。この砦に気付かないって……リューブラント侯爵側の警備隊は何をしていたのでしょう」


「正確には気付いていなかったのはリューブラント侯爵の寄子の何とかって士爵だけどね。同国とはいえ余所の領地なのにあの規模の砦を建造するなんてブルクハルト伯爵も良い性格しているわ」


 半ばあきれた口調の黒アリスちゃんと、その横で拠点に熱い視線を向けている白アリが俺の眼前にいる。

 

 俺の視線の先には台状の岩盤の上に立っているため、ちょうど目線の高さにある二人の可愛らしいお尻が――違った、そのお尻の向こうには周囲の岩肌が剥き出しとなった荒野の中にあって、燃えるような夕陽に照らされ真っ赤に染まったバランの拠点がある。

 周囲も赤く染まっているのだが荒野に建つ人工建造物ということも手伝ってバランの拠点は一際異彩を放っていた。


 砦の背後に巨大なクレーターか……俺には分からないセンスだ。背水の陣よりも間抜けな気がする。

 まあ、背後から襲われる可能性が極端に低い上、仮に攻め込まれても『大きな戦力が投入される心配がない』という意味では有りと言えば有りなのかも知れないが退路が断たれているだけに見えてしまう。


 或いはあのクレーターでも出入りが自由に出来る航空戦力――例えば竜騎士団とかを有しているのだろうか。可能性は極めて低いがガザンというお国柄を考えればないとは言えない。

 一応、警戒をしておくか。


 意識を拠点へと再び向ける。


 ひとつ目の拠点よりも大きく堅固なものだった。なるほど、あの拠点なら百人どころか五百人は余裕で収容できそうだ。

 東側にある巨大なクレーターを背にして西側に一際堅牢な正門が見える。北と南が通用門といったところか。大きく開け放たれた東門を見る限りまったく警戒をしていない。


 拠点の東側、クレーターとの間も馬車一台が余裕で通れるほどの幅がある。

 目視では分からないが捕らえた盗賊団から提供された情報通りに拠点とクレーターとの間に秘密の通路があった。実際に空間感知で場所は把握済みだ。


 偵察した内容を整理していると横からテリーの声が聞こえた。


「中の様子はどうなんだ?」


「ん? 予想通りだ。百名以上いる捕らえられた人たちは三ヶ所に集められていた。非戦闘員を含めても盗賊団は五十名ほどで戦闘要員は二十名ってところだな」


 左にアレクシス右にティナとそれぞれの腰に手を回し、左右の二人に嬌声を上げさせながら聞いてきたテリーに、空間魔法と風魔法をフル活用して拠点内部の様子を探った結果をその場に居る全員に聞こえる程度の声の大きさで伝える。


「そんなことまでここから分かるんですか?」


 先ほどまで結い上げていたピンク色の髪をツインテールに変えたシンシアが抑揚のない口調で尋ねる。特に驚く様子も見せていない。冷静で落ち着きのある娘だ。


 シンシアは落ち着いていたが、その他の偵察に同行した隊商の人たちの表情は驚いているか理解できずにキョトンとしているかのどちらかだ。そんな彼らにアイリスの娘とその奴隷たちが気の毒な視線を送っている。

 ネッツァーさんだけは瞳を閉じて何かを考え込んでいた。


「ああ、空間魔法と風魔法が使えるからな」


 俺はシンシアの方に振り返りながらアイリスの娘たちに余計なことを言わないよう視線で合図を送る。


 もちろん、俺のそんな説明で隊商から加わった人たちが納得していないのは表情から簡単に読み取れるが、気にせずにさらに偵察した情報を皆に伝えることにした。


「捕虜、商人や村人たちは地下牢と離れの建屋に分けられて捕らえられている。地下牢が男で離れの建屋が女性だ。さらに食堂付近に雑用をさせられている人たちがいた。――――」


 その場にいる全員に、拠点内に捕らわれている人たちの場所や状況、武装した盗賊の数と非武装の盗賊の数や配置を詳しく伝える。


 俺が詳しい情報を伝えれば伝えるほど、アイリスの娘たちや隊商から同行してきた人たちは静かになる。

 アイリスの娘たちは真面目に俺から伝えられた情報を憶えようとしているのが分かるが、隊商から同行した人たちのほとんどは顔を強ばらせて押し黙っている様子からどこまで頭に入っているのか疑問だ。


 そんな中、ガイフウとケイフウの双子の姉妹だけは表情を強ばらせながらも小声で俺の言ったことを反芻はんすうしていた。シンシアは冷静に情報を咀嚼そしゃくしているように見える。

 隊商から同行したメンバーはこの三人以外は戦力外と考えた方が良さそうだ。


「さあ、派手にやりましょうか」


「そうですね。思い切りやりましょう」


 気分が高揚しているのか岩盤の上で大きく伸びをしたり肩を回したりと準備運動に余念のない白アリと大鎌を肩に担いでうっとりと拠点を見つめる黒アリスちゃんに続いて、いつの間にか姿を現した水の精霊ウィンディーネが二人以上に興奮をして白アリに話しかけている。


「白姉さま、私も、私も戦力に加えてくださいねっ!」


 岩盤の横からはロビン相手によく分からない持論を展開しているボギーさんの声が聞こえてきた。


「夕陽は良いネェ、燃えてくるよ」


「あれ? この前は夜の街の灯りが好きだとか言っていませんでしたか?」


「ん? 夜の街の灯りは安らぐが夕陽は高揚させてくれる。それぞれに良さが違うのさ」


 テリーにいたっては周囲の目を気にすることなく、緊張する隊商の人たちの見ている前でティナとアレクシスの身体に手を這わせて二人と談笑している。


 よし、皆落ち着いているし余裕もある。何よりもモチベーションが高そうだ。

 俺は自分にそう言い聞かせて全員に作戦の決定を伝える。


「よしっ! 作戦は決まった。四方向から同時に攻め込む。俺と白アリ、黒アリスちゃん、ボギーさんで突入した後に――」


「済まネェが、先行して挨拶に行かせてもらって良いか? 何、暴れたりしネェよ」


 俺の作戦通達の言葉を遮るようにボギーさんが口元を楽しげに緩めて軽く片手を挙げる。


 先ほど、夕陽がどうのとか言っていたのが気になるがボギーさんひとりが突撃メンバーから外れたところで大きな支障はない。すぐさま了解の意思を示す。


「分かりました、構いませんよ。じゃあ、突撃メンバーは俺と白アリ、黒アリスちゃん、ロビン、メロディ、シンシアで行こう。テリー、すまないがメロディとシンシアの護衛を頼む」


「済まネェな、んじゃあ、ちょっと行ってくる」


 ボギーさんが火の点いていない葉巻を咥えると挨拶とやらをするために立ち上がり背中を向けたまま手を振って歩き出した。その横でテリーが無言で護衛を了解する旨の合図を返す。


 作戦は決まった。


 西側――正面を白アリ、南門を俺、北門をメロディとシンシアで護衛にテリー、裏口を黒アリスちゃんとロビンだ。

 水の精霊ウィンディーネは白アリと正面を担当する。


 火力が高く精度の低い白アリを捕らえられている村人や商人から最も距離のある正門に配置、メロディも若干の不安があるが精度の高いシンシアとテリーが一緒なら大丈夫だろう。


 さあ、そろそろ仕上げだ。

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