第198話 会談後 ‐リューブラント侯爵視点‐
ミチナガ・フジワラとチェックメイトか。
まったく、彼の持ってきた親書を読んでいて声を出さないように、親書を持つ手に力が入らないようにするので精一杯だった。
最初は自分たちを高く売り込むためかと勘繰ったが違うようだ。
前線からの噂は聞いていた。伝わって来る以上に情報も集めた。正直なところ噂も集めた情報もにわかには信じ難いものばかりだった。
加えてランバール市からもたらされる噂と情報だ。こちらは前線からの噂や情報よりも信憑性は高いはずだ。それでも信じ難いものばかりである。
聞こえてくる噂を話半分としても魔術師としての能力は十分過ぎるどころか、ひとりひとりが宮廷魔術師クラスかそれ以上だ。そんな高位魔術師が七名。
それこそ一国の王が頭を垂れて迎えてもおかしくない集団だ。
それにダナン砦攻略戦で利用された武器や戦術。
誇張だと思って目を通していた報告書の内容が誇張どころか事実の半分も伝えていなかった。
目に見える出来事の裏で行われた準備や使われた魔術、そして彼らの戦術と考え方。唯単に敵を蹴散らすためだけの策ではなく友軍の中に味方を作り、友好的でない貴族の逃げ場を奪い自分たちの味方とする。
それでも態度を改めない貴族の発言力を削ぎ、相対的に自分たちと自分たちに味方した貴族の立場を向上させる。
戦術だけでなく政治的な手腕も持ち合わせているということか。そんな連中が今まで表に出てこなかったことの方が不思議だ。
さらにランバール市を出発してからここまでの足取り。
その間にやってくれたことは――見事に外堀を埋めてくれたな。正直なところ『してやられた』という思いもある。バカ正直に彼らの到着を待っていたつもりは無いが結果はそれと大差ない。
こちらがやったことといえば追加の情報を集めたことくらいだ。精々が情報に厚みが増したのとそれらを吟味することくらいしか出来ていない。
さらに強硬派にあたる相当数の貴族の残された戦力と財力を根こそぎ奪っている。恐らくしばらくは立ち直れないだろうな。
丁寧にまとめられた略奪品のリスト。それを嬉しそうに眺めていた三人の美しい少女たち。実に満ち足りた表情をしていた。目を
最初は嬉しそうに眺めている書類が何であるか分からなかったが、聞こえてくる会話から略奪品のリストだと分かった。
略奪品を丁寧にリストにまとめていることも驚きだったが、セルマにその内容を聞いて耳を疑った。
貯えた資金や美術品、備蓄した食糧までは分かる。
家財道具や調度品はもとより、屋敷を解体してアイテムボックスに収納している? 歴史を振り返ってもどこの盗賊もどこの軍隊もそんなことはしていない。いや、それ以上に屋敷を収納できるようなアイテムボックスなんて聞いたこともない。
そうやって強硬派の貴族から奪った食料や屋敷を私に近しいものが治める領地で民衆に惜しげもなく与えている。彼らにしてみれば元手が掛かっていなのだからそれは惜しくもないだろう。
ご丁寧なことに民衆に食料や屋敷を与えるときにはラウラに演説までさせていた。
貴族から奪って民衆に与える。そこだけ見れば義賊だ。だが、知れば知るほど『義賊』という言葉が彼らには似つかわしくない。そもそも目的が私の外堀を埋めて否も応もなく私を自分たちの思惑通りに動かすためにしたことだ。義賊とはほど遠い。
強硬派の貴族の治める領地が正体不明の賊に襲われ、何故かそこで奪った食料と屋敷が私に近しいものが治める領地の民衆に無償で分け与えられていた。しかも、そのときには必ずラウラが演説をしている。
正体不明の賊が誰の差し金なのか誰もが想像できる。私だ。身に覚えはないが誰もが私だと思うだろう。
それだけに留まらず、奪った資金を使って噂を広げていた。脚色つきでだ。それこそ戦争が一段落すれば劇場の演目として取り上げられそうである。
ラウラの父であるグランフェルト伯爵を襲った裏切りとその後のラウラの幽閉の日々。諦めることなく雌伏し、そこから脱出しての逃避行。戦乱の最中を抜けての同盟国への逃避行である。さらには祖父であるリューブラント侯爵を助けてこの無意味な戦争を終わらせるのだと、民衆を助けて彼らの希望となる。
この脚色された噂を耳にしたときは心底驚いた。
逃避行までは良い。何故そこに私が登場する。ラウラ、お前は何をしているんだ?
今の私が置かれた状況は、受け取りようによっては強硬派貴族の全てを敵に回すだけでなくガザン王家にも喧嘩を売っているようなものだ。これでは彼らの申し出を断ることは難しい。
それだけなら只ではおかないところだが、民衆の支持と保守派――反戦派の中核となるための足掛かりを手土産に用意をしていた。彼の申し出を受ければ私の未来は明るい。反対に断れば真っ暗である。
そもそも、ルウェリン伯爵からの申し出を断ったところで我が身の潔白の証明にはならない。
むしろ私が孤立したところで逆恨みした強硬派の貴族どもが捏造した証拠を各種取り揃えて国王へご注進することだろう。万事休すだ。容易に想像がつく。嬉々とした政敵の顔が目に浮かぶ。
ミチナガ・フジワラとチェックメイトか。やってくれる。小賢しくはあるが良しとしよう。
少なくとも政治的なバランス感覚は備えている。人と金と物資と情報。それらの使い方も知ってはいるようだ。
だが、与するのも難しいか。
グランフェルト領を要らないと言い切った。ラウラを娶るつもりもないとはっきり言い切った。
富、名声、権力、女、何れも興味が無いということか。
グランフェルト領にもラウラにもなびかない。まあ、ラウラに惑うて尻尾を振るようでは、それはそれで味方にするにも値しないが。
いや、富は既にあり終戦後に増やす手立ても考えてあると言っていた。
名声も今のもので過分であると。むしろ名声が邪魔をして動き辛いとも。名声を求めて止まない輩が多いのに贅沢なことだ。
グランフェルト領に限らず領地をもつことが足枷となり世界を自由に動けない。自分たちの目的の妨げになる。
目的はダンジョンの攻略。
そのために必要なものは手に入れるが足枷となるもの、必要の無いものは手に入れるつもりは無い。何の迷いもなく言い切った。
いまどきの若者というものなのか。価値観があまりに違いすぎて交渉にならなかった。
「セルマ、先ほどの話の続きだ。私はどこからどこまで信じれば良いのかね」
セルマに椅子に腰かけるよううながし話を再開する。
「全て信じてください。ダナン砦攻略戦での噂はお屋形さまが掴んでいらっしゃる情報で間違いがございません。補足するなら――――」
セルマは表情を変えることなく先ほど聞いた話に補足だと付け加えて語りだした。
フジワラ君との話し合いの前にセルマから聞いた前線での出来事、どれもこれも信じ難いものばかりだ。
間諜からもたらされた情報と一致するどころか、セルマからの話で――その裏で行われていたことを知ると背筋が凍る思いがした。
膨大な魔力と強力な魔法にものをいわせての大掛かりな罠と策。
発想が違いすぎる。慎重で用意が周到だ。事前準備の重要さをあの若さで分かっている。前線にいる兵士が気の毒でならない。
「その前に……フジワラさまから他言無用と言われていることがひとつございます」
前線での話からランバール市でのことに話題が移ったところでセルマが真剣な目で私を見つめる。他言無用の話か。私が了解しなければ話をする気はないようだ。
私はゆっくりと首肯してセルマに先をうながす。
「チェックメイトの皆さんは既にランバール市の『北の迷宮』を攻略済みです――――」
そう切り出した彼女の口から語られた話はアーマードスネークを倒した英雄譚など霞んでしまうほどの内容だった。いや、それはそのまま神話や英雄物語になるだろう。
オーガの群れを一瞬で氷漬け? 瞬殺? 生け捕り?
聞いたことも無ければ文献にも記されていない魔物が何種類も出てきただと?
ダンジョンの主は頭が牛の巨人? 傷を負っても直ぐに再生した?
しかもそれを隠して、翌日には何もなかったかのように討伐隊に参加をした? 何故そんなことをする必要があるんだ?
いやいや、それよりも何だその十全に使いこなされている空間魔法は……私の知っている空間魔法は発動まで時間が掛かり、且つ、融通の利かないものだ。
ほいほいと部屋から部屋へと行き来に使うような魔法じゃないはずだ。
聞けば聞くほど信じられない思いが広がっていく。
だが、セルマが私にウソをつくとは思えない。恐らく真実なのだろう。
「信じられんな……いや、君がウソを言っているとは思わない。ただ、その……本当なんだな」
「はい。攻略の際に私もその場におりました。ラウラ姫はそのときに倒したオーガの角をひとつプレゼントされ、それをお持ちです」
私が搾り出すようにしてようやく口にした言葉にセルマは淀みなく即答をした。
なるほど。それだけのことが出来るなら富も名声も幾らでも手に入れられるだろう。
与えられるものになど興味を示さないのもうなずける。
それにしても……この娘もしばらく見ないうちに変わったな。もともと落ち着きのある思慮深い娘であったが、その落ち着き具合と思慮深さに磨きが掛かっている。
自分がどれだけ突拍子もないことを話しているのか分かっているのだろうか?
もう少し驚きや戸惑いを見せてくれても良さそうなものだが。
女性としての可愛げでは少し心配になるが将来外交向きの仕事をさせても良いかもしれないな。
これからのことを考えなければいけないのは分かっているが、現実逃避をするようにセルマに将来どのような仕事を任せるかを考えながら時計に目を向ける。
そろそろ昼食か。
もう少しだけ、頭を悩ませる時間を先延ばしに出来そうだな。
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