第104話 グランフェルト軍、接近
ダナン砦攻略戦が開始され既に半日以上が経過した。
俺たちとラウラ姫一行、そして、アイリスの娘たちは、予定通りカッパハゲが陣を張る盆地の、南側の尾根の裏側で待機中だ。
交戦真只中での待機なのだが、臨戦態勢での待機ではない。どちらかといえば休暇に近い。
とはいえ、いつものように周囲の草木を伐採したり整地して、居心地の良い空間を造ってのんびりとしていたりはしない。
まあ、居心地の良い空間を造ってはいるのだが。
簡易的なものだが、キッチンとくつろぐための空間――リビングとダイニングを兼ねた、バスケットコート程の空間を二つと二十畳ほどの小さな空間を一つ、土魔法で壁を造成して区切ってある。
これはそれぞれ、俺たち、アイリスの娘たち、ラウラ姫一行で利用している。
これとは別にそれぞれで利用できる、併設のウッドデッキを用意した。
これ以外に大浴場とこれに併設の脱衣所兼着替えスペースを二つずつ、トイレをそれぞれ、男女のものを造成した。
予想はしていたが、大浴場とトイレは、ラウラ姫一行にもアイリスの娘にも好評だった。
いや、かなり驚いてた。
こちらの世界、湯浴みは上流階級でも湯船に浸かることはない。浸かるとすれば夏場の水浴びくらいのものだ。
下層階級や一般市民では、精々がお湯に浸したタオルで身体を拭いて最後に身体にお湯をかけるくらいだ。
上流階級や貴族になると、お湯に浸したタオルで身体を拭く他に、石鹸のようなもので身体を洗うのと、身体にかけるお湯の量が増える。だが、それくらいのもので基本的には変わらない。
一応、上空からの索敵を警戒して、これらの施設の屋根を上空から見たら森に見えるようにカモフラージュしてある。
この空間でのんびりとしていたわけではない。日中――つい、一時間ほど前まで、モンスターテイムと魔道具作成、魔力付与の講習会を開催していた。
ルウェリン伯爵とゴート男爵の許可を得て、それぞれの講師を招いての講習会だ。
暇だったのか、興味があったのかは分からないが、ラウラ姫も加わっての講習会となった。
こちらとしては、ラウラ姫の気も紛れるし気分転換となるだろうから歓迎だったのだが、気の毒なのは講師だ。
講師の方は緊張しまくっていた。
交戦国だったり、未成年だったりとはあるが、本来なら女伯爵となる女性だ。今は爵位がないとはいえ、ラウラ姫の祖父は現役の侯爵だ。それはまぁ、緊張もするか。
生徒が侍女付きのお姫さまだったり、ゴート男爵のところの旧第二騎士団と揉めた挙げ句、壊滅させたメンバーだったりと、講師としてはやりにくいことこの上なかったかも知れない。
実際、午前中の講習ではカミまくっていたし、終始、生徒である俺たちに遠慮しながらの講義であった。
さすがに初日の講習でスキルが身につくようなことはない。ハズだった……
……皆がスキル修得に苦慮する中、ローザリアがひとりだけモンスターテイムのスキルを修得した。講師を含む全員が驚いていたが、一番驚いていたのはローザリアだ。
ローザリアはもちろん、メロディとティナも操竜術をテリーや白アリ、黒アリスちゃんたちよりも早くに身に付けていた。レベルそのものも上だった。
これもワイバーンの世話をしていたからだろう。
三人の中でワイバーンの世話を一番長時間していたのはローザリアだ。可能性の問題だが、操竜術といい、モンスターテイムといい、このあたりのことが要因のひとつなのかもしれない。
あと三・四時間で陽も落ちる。そうなれば、今日の戦闘も終了だな。後はお互いに夜襲を仕掛けたり、警戒をしたりするだけだろう。
今日のところは、敵の主力も砦から打って出ることなく、防衛に徹している。一部の遊撃隊が奇襲紛いの攻撃を数度にわたり、散発的に仕掛けてきてはいるがその程度だ。
味方側も、砦へ攻撃を仕掛けては、撤退を繰り返している。やはり有効な攻撃には至っていない。
どちらの陣営も様子を見ながら、士気が落ちない程度に攻撃を繰り返している。
とはいえ、俺たちが抜け駆けで華々しい手柄を立てる一方で、他の部隊――特に、他の貴族たちの直轄騎士団は、奇襲の迎撃くらいしか戦闘がなかったわけだ。
初めて、こちらから仕掛ける大規模戦闘で士気も上がっている。
三時間程前の戦況報告では、敵将を討ち取ったとか、
それどころか、どこそこで一戦してきましただの、一太刀浴びせましたといった報告で溢れていた。なかにはどこで戦闘が行われていたのかさえ、知らないようなところで、敵将を撃退したとかいう、真偽の確認のしようがない手柄の報告が幾つもあった。
ルウェリン伯爵としても、現在の士気を維持し、さらに高揚させる必要がある。
真偽の程が分からないような報告に対しても、気前良く褒美を渡していた。
今度、お茶を普及させて、茶器に高い価値を持たせることを吹き込んでみるか。
◇
「ただいま」
「ただいまー。疲れたー」
ロビンと聖女が、何も無い空間から突然出現をする。本日、四回目の報告会からの帰還である。
聖女は言葉通り、疲れ果てた顔をしている。
ロビンは言葉には出していないが、聖女同様に疲れたというか、辟易とした様子だ。
講師を送り届けた後に報告会に出席してもらったのだが、ロビンが顔に出すのは珍しいな。
何があったんだ?
「お疲れさまです。何か言われたんですか?」
ティナとミレイユが、それぞれ蒸しタオルを渡し、聖女とロビンの二人を迎える。
ティナとミレイユの言葉と重なるように、俺たちはもとより、アイリスの娘たちやメロディとローザリアが出迎える。
ティナとミレイユが蒸しタオルを渡しているのを見て、メロディとローザリアがほぼ同時にバツの悪そうな表情で、俺とテリーに視線を投げかけきた。
俺とテリーはいったんお互いに視線を交わしてから、苦笑しながらも、ジェスチャーと表情で気にしないように伝える。
アイリスの娘たちの奴隷は別室にいるが、彼女たちも同じような反応をするのだろうか?
少し興味が湧いた。
後で、アイリスの娘たちに聞いてみるか。
「どこの誰か知りませんが、あちこちから、ここぞとばかりに嫌味を言われました」
ロビンが身体を投げ出すように椅子に倒れこむ。
「砦攻略本番になった途端手柄の一つも立てられない、とか、今までのはマグレだったんじゃないのか、とか、不意打ちしかできない、とかいろいろ言われました」
聖女はこめかみを押さえながらゆっくりと頭を振ると例を挙げた。
「何だか、俺たちに手柄を立てて欲しいみたいな言い方だな」
テリーがモンスターテイムの練習を中断してテーブルの方へと歩いてくる。
「お疲れさま。ラウラ姫たちは湯浴み中だよ。嫌味と微妙な手柄報告の他になにか変わったことは?」
俺も魔道具作成の練習を中断して、苦笑しながら、ラウラ姫たちが不在であることを伝え、多少血なまぐさい話になっても構わないことを示唆した。
「最新の情報では、グラム城に駐留していた軍団がダナン砦に向かっているそうです。既に先発隊はダナン砦に入ったとの情報もあります――――」
ロビンが報告会での内容を説明して、それを聖女が補足する形で会話が進んだ。
グラム城からダナン砦へ向かっている軍団は、グランフェルト伯爵の軍団を中核とする大軍団である。
偵察隊の報告に間違いがなければ、グランフェルト伯爵とグラム子爵の存在を示す旗が翻っていたそうだ。
グラム城からの援軍が動いたのか。早いな。
恐らく、偵察隊の報告に間違いはない。それだけの大軍団だ、グランフェルト伯爵とグラム子爵がいると考えるのが妥当だろう。
グラム子爵がいるとなると、あの爺さんも来ている可能性があるな。
魔力精密操作レベル3、是非とも欲しいスキルだ。欲しいスキルではあるが、持ち主の爺さんが厄介そうだな。
確か、土、水、火、風、光魔法と軒並みレベル3だったはずだ。
力押しの勝負なら負けないとは思うが、魔力精密操作レベル3が未知数すぎる。それに、年齢から考えて戦闘経験も豊富だろう。
何をしてくるか分からない恐怖がある。
あのスキルはロビンよりも先に見つけて是非とも奪いたいな。
単独、或いはメロディをつれて偵察に出るか?
機会があればスキルを奪いに行く。
リスクも大きいが、リターンは魅力だ。
まあ良い、これについては後で考えよう。
それにしても、食料はどうしたのだろう? グラム城下で徴発をしたのか?
だとしても、十分な量をこの短時間で確保するのは無理だ。
もしかしたら、食料目当てでダナン砦に向かっているのか?
もしそうだとしたら酷い話だ。酷い話なのだが十分にあり得る話だ。
「到着は明日の朝あたりか。こりゃあ、動くな」
ボギーさんが魔法銃を磨く手を止めて、誰に言うでもなく独り言のようにつぶやく。
「ええ、早ければ到着してすぐに、遅くとも夜には何か仕掛けてきますね」
ボギーさんの言葉に応えるようにゆっくりと返す。
「焦っているんでしょうね」
白アリがクスリと笑い、グランフェルト軍の内情に思いを馳せたのか、楽しそうに話す。
「食料に不安がありますからね。短期決戦を選ぶか、こちらの食料を奪いに来るか。どっちでしょうね?」
黒アリスちゃんが口に運ぶお茶を途中で止めて、疑問の形で皆に話しかける。
その表情は白アリ同様に、状況を楽しんでいるようだ。
「明日、戦闘になった場合、アイリスの皆さんには、ラウラ姫一行の護衛をお願いできますか?」
アイリスの皆を見渡す。
「はい、大丈夫です。任せてください」
アイリスのリーダーであるライラさんが、俺の言葉に力強いうなずきを伴って答える。
これに他のメンバーも続く。
よし。後方はアイリスのメンバーと使い魔、テイムした従魔で固める。
問題は未知数のリスクをはらんだ銀髪だ。
女神は、生命の危険が覚醒をうながす可能性があると言っていた。
だとしたら、前回、俺が逃がしたことが覚醒につながったと見て間違いないだろう。銀髪、お前の相手は俺だ。今度は逃がさない。
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