第87話 会議

 ――Sei・Simu――


 志村さんか? なぜこれが? どこで? 志村さん本人はどうしたんだ? どこにいるんだ? こちら側にきてたのか?


 いや、違う。

 混乱しそうになった頭を横に振り、無理やりとめどなく広がる思考を押さえつける。


「本人は? これの持ち主はいなかったんだな?」


 聖女に向かって確認をするが、問い質すような強い口調になってしまった。


「ちょっと、落ち着いてくださいよ」


 聖女は俺の勢いに驚いたのか、両方の手のひらを俺に向けて、ブロックするような格好だ。答えるよりも先に俺を制することに意識を向けさせてしまった。


「落ち着きな兄ちゃん。セイ・シムはあっち側の異世界で元気に生きてるはずだぜ」


 ボギーさんが葉巻を口に運びながら、何でもないことのように言う。


 あっち側の異世界だって?

 いや、知り合いなのか?

 でも、剣はこっちにあるんだし、あっち側とかよりもこっち側に来てる可能性の方が高いんじゃないか?


「知り合いですか?」


 ひるむ聖女からボギーさんへと視線を移す。

 いろいろな疑問が頭の中を駆け巡ったが、言葉にできたのはそれだけだった。


「ああ、知り合いだ。その刀にも見覚えはあるし、そいつをダンジョンでなくした経緯も知っている。それは光の嬢ちゃんも一緒だ」


 そこまで言うと、いったんくわえた葉巻を手に取り、指先でクルクルと回しだす。


「そいつは、転移して七日目にダンジョンでなくしたもんだ」


 視線を自身の指先にある葉巻から、聖女の持つ日本刀のような形状の長剣へと移しながら言った。


「戦闘中にこの刀を落としました。長期戦で、にらみ合いも合わせて、六時間近い戦闘でした。その戦闘中にダンジョンに空間の裂け目が出来て……この刀が吸い込まれました」


 ボギーさんの言葉を引き継ぐように、聖女が話し出した。話しながら、両手で抱え込むようにして持っている刀へと視線を落とす。


「それまでは、裂け目ってのは魔物や武具、アイテムが湧き出てくるだけかと思っていたが」


 ボギーさんが椅子から腰を浮かせ、紅茶のポットへと手を伸ばす。

 白アリがそんなボギーさんの動きに先んじてポットを手に取り、ボギーさんのカップへとお茶を注ぐ。


「魔物や人の死体、武具やアイテムを吸い込むんだってのを目の前で見てビックリしたぜ」


 ボギーさんは軽く右手を挙げて白アリにお礼の意思を示し、全員の表情を確認するようにゆっくりと視線を巡らす。


 つまり、志村さんはあちら側の異世界でまだ生きているのか。

 良かった。

 知り合いが生きていると分かって少しほっとした。


「その刀が、なぜグランフェルト城の宝物庫にあったんでしょうか?」


 聖女の言葉は、疑問と言うよりも問いかけだ。言葉を終えた後でゆっくりと全員を見渡す。


 魔物や人の死体、武具やアイテムを吸い込むのは、言われてみればそうなのかも知れないとも思える。

 がだ、ダンジョンの吸い込まれた刀が、なぜグランフェルト城の宝物庫にあったのか、の方が不思議だ。説明が付かない。

 

 いや、違うな。

 目をそむけようとしている可能性を突き詰めて考えれば、もしかしたら……

 いや、やめよう。早く眠りたい。


「あちら側の異世界で吸い込まれた刀が、こちら側の異世界のダンジョンに現れた。裂け目から出てきたってことじゃないでしょうか?」


 先ほどまで、もの凄く眠そうな顔をしていた黒アリスちゃんだったが、すっかりと目が冴えたようすで聖女の持つ刀を見つめている。


 俺が敢えて触れようとしなかった可能性に、黒アリスちゃんが何の躊躇ちゅうちょもなく触れる。

 これで、眠りに就く時間がさらに遠のいたな。


 眠気を誤魔化すために、お茶の入ったカップへと手を伸ばす。

 暫らく眠れないか。

 この話題を適当なところで切り上げられるように意見を控えることにしよう。


「もし、そうならば、あちら側の異世界のダンジョンと、こちら側の異世界のダンジョンは繋がっていることになるな」


 消極的な俺とは正反対に、妙にテンションの高い白アリがこの問題を掘り下げるべく、紙の束とペンとインクを取り出した。


 書記を買って出てくれるのは嬉しいのだが、白アリがやる気になっている以上、ますます途中で切り上げることができなくなった。

 仕方がない、覚悟を決めるか。


 しかし眠いな。

 ここのところ、かなりいい加減な上、少ない睡眠時間の日々が続いていたのは確かだが、それにしても眠い。

 魔力消費が大きかったが、それが原因だろうか?

 どこかのタイミングで検証したいところだな。



 そこからおよそ三時間、仮説を立ててひとつずつ矛盾を突き、自分たちの立てた仮説を潰したり、修正したりといったことを繰り返した。

 


 正直、知恵を絞るよりも、睡魔との闘いの方がつらかった。

 それは俺だけじゃない。


 目に付く限り、そこかしこで睡魔との闘いが繰り広げられていた。


 一番、睡魔に負ける回数が多かったのがロビンだ。確か、身体強化レベル3だったか。俺たちの中で最も低い身体強化スキルで、遠征の最中にオーガから奪ったスキルだ。

 何度も両隣のテリーと聖女に突き起こされていた。


 テリーも途中何度も舟を漕いでいた。

 聖女に至っては背中に杖を仕込んで、つっかえ棒代わりにして、背筋を伸ばした状態を保つ。さらに、まぶたに目の絵を上手に描いて、静かな寝息を立てていた。

 ほぼ全員が、怒るよりも爆笑をしてしまった。


 皆が、聖女の寝息に爆笑する中、唯一静かにしていたのがボギーさんだ。


 相変わらず帽子を目深に被り、その灰色の瞳を誰にも見せずに寝ていた。

 油断も隙もない人だ。


 ひとり、睡魔と真正面から闘っていたのが黒アリスちゃんだ。

 真面目な娘である。

 途中、白アリに睡眠の魔法をかけるようお願いしようとも思ったが、結局、言い出せなかった。 

 

 一度ゆっくりと睡眠をとった方が、効率が良いのは全員分かっていると思うのだが、雰囲気がそれを許さない。


 その雰囲気の最たるものを作っているのが白アリだ。

 議事進行に書記と、テキパキとこなしてくれている。

 助かる。本当に助かっているのだが、もう少しこう、何というか、俺たちと同じように、睡魔と闘いながら会議を進めるという、一体感というか、悲壮感を見せて欲しい。

 いくら何でも元気すぎるだろう。


 しかし、白アリのお陰で、恐らくは、さほど的外れではないと思われる、いくつかの仮説を立てることができた。

 

 一、ダンジョンは二つの異世界で繋がっている

 二、ダンジョンを繋ぐのは裂け目

 三、武具やアイテムはそのまま裂け目を通過してくる

 四、武具やアイテムが裂け目を通過してくるときに、魔法の効果が付与されることがある

 五、魔物や人の死体も通過してくる

 六、もしかしたら、魔物は通過してきたときに蘇る?

 七、疑問点、生きたまま裂け目を抜けることはできないのか


 これを、次に女神が夢に出てきた人が確認をすることとなった。


「じゃあ、一先ず眠ってから今後のことについて話し合おうか」


 女神に確認することをまとめることができて、安心したのだろうか、皆が夢見心地でうなずいている。


 よし、これでミーティングは終了だ。

 とりあえず、ゆっくりと眠ろう。


「白姉、眠くないんですか?」

 

 黒アリスちゃんが眠そうに目を擦りながら白アリの方を見ている。


「ええ、全然平気よ」


 白アリが眠気など微塵も感じていないような、はつらつとした表情で答える。

 

「どうして? 身体強化の差でしょうか?」


 ロビンが疲労困憊ひろうこんぱいといった様子で、先ほど飲み干したお茶のカップを握り締めている。


「ワイバーンでの移動時間は、そのまんまワイバーンの上で熟睡してたからね」


 白アリがそんなロビンを横目に、椅子の上で大きく伸びをしながら種明かしをした。

 実に清々しそうな顔をしている。


「え? 熟睡ですか?」


 ハトが豆鉄砲をくらったような、とはこういうのを表すのだろうか? ロビンが白アリの意外な一言を繰り返す。


 そうだよな、信じられないよな。

 俺もそうだよ。

 視線を巡らせると、さすがのボギーさんも驚いたようで、口から落ちた葉巻を慌てて空中でキャッチをしていた。


「ええ、そうよ。女神からモンスターテイムのスキルをもらったでしょう。あれでワイバーンをテイムして後はお任せしたの。良く言うこと聞いてくれるんで助かるわ」


 いや、本当の種明かしはこっちだったか。しかし、早速使いこなしているのか。


 モンスターテイムにそんな使い方があったのか。

 言われてみれば、そんなこともできそうだよな。

 俺は何で早くに気付かなかったんだ。


「良いなー、私も言うことを聞いてくれる魔物が欲しいなー」


 黒アリスちゃんが右手に握られた短剣をジッと見つめている。


 何だろう?

 何だかよく分からないけど怖い感じがする。

 何も聞かずにここはそっとしておこう。


 その後、外で警護をしていたメロディ、ティナ、ローザリアにマリエルとレーナも含めた全員が、ワイバーンが包囲するテントの中へとそれぞれ散っていった。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


下記作品の更新を再開いたしました



『無敵商人の異世界成り上がり物語 ~現代の製品を自在に取り寄せるスキルがあるので異世界では楽勝です~』

https://kakuyomu.jp/works/1177354055170656979


あらすじ

就職に失敗した天涯孤独の大学生・朝倉大地は、愛猫のニケとともに異世界に迷い込んだ。

半ば絶望にかられた大地だったが、異世界と現代社会のどちらの製品も自由に取り寄せることができる「トレード」スキルを手に入れる。

日本に帰っても待っているのは退屈で未来に希望を持てない毎日。

ならば、このチート能力を使って異世界でのし上がろうと決心する。

現代知識と現代の製品を頼りに、愛猫のニケとともに異世界を自由気ままに旅するなか、彼は周囲から次第に頼られる存在となっていく。

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