第44話 瑠璃の女性
マリエルの後を追い、俺たち四人は街道を外れて森の中へと入って行く。
いた。背中から血を流しているのが見える。
いくら森の浅い場所とは言え、よく見つけたな。先頭を飛ぶマリエルを見ながら感心をする。
そのドレスアーマーの形状から女性であろうことが容易に想像できた。
うつ伏せ状態なので顔と胸は分からないが、腰から足にかけてのラインはスラリと伸び、十分に魅力的だ。
俺だって成長をしている。真っ先に駆け寄るようなことはしない。
速度を落とし、周囲の警戒へと自身の役割を切り替える。
速度を落とした俺の横をテリーと白アリ、黒アリスちゃんが追い抜いて行く。
倒れていたのは二十歳くらいの女性だった。マリエルの言うように、血だらけで、
白アリが静かに抱き起こしながら、黒アリスちゃんと一緒に、脈やら傷やらを確認している。
血の痕とドレスアーマーの傷から判断して、背中から心臓を一突きされた感じだ。
不思議なことにまだ息がある。いや、既に治癒が完了しており、気を失っているだけのようだ。
アーマーの上からでも分かる、その豊かな胸が呼吸で上下している。
背が高いな。
プロポーションも抜群だ。
青のドレスアーマーに、肩の辺りで切りそろえられた水色の髪。全体的に大人っぽさを感じる。
「大丈夫、生きてるわ。急いで馬車へ連れて行きましょう」
気絶している女性を肩に担ぎ上げながら、俺たちへ向き直りさらに続ける。
「その辺に落ちてる装備品やバッグ、この人のだと思うの。回収して持ってきて、お願いね」
「分かった。直ぐに後を追う。マリエル、お前も付いて行け」
テリーの肩を叩き、荷物の回収をうながしながらマリエルに指示を出す。
◇
行き倒れていた女の子を回収してきたが、男である俺とテリーは当然のように馬車の外に放り出される。
テリーが自分の馬車に戻るとき一緒に来るかと誘われたが、お邪魔虫になりそうなので遠慮をした。
仕方がないので乗馬の練習がてら馬に乗ることにした。
御者台のメロディに並んで馬を進める。
うん、馬術レベル3、良い感じだ。
もう少し慣れてきたら早駆けでもさせてみるか。
「メロディ、一人に任せてすまない。後で俺にも操車を教えてくれ」
「はい、分かりました」
俺にも突然話しかけられて、驚いたのか返事をした後で慌てて付け足す。
「あ、あの、全然大変じゃありません。ご主人様をはじめ皆さん良くしてくださいます」
「そうか、良かった。何かあったら遠慮なく言ってくれよ」
馬車が大きく揺れないよう平坦な道を譲る。そして馬を左へずらすとメロディへ左に寄るよう合図をだしながら言う。
ん? 前方の偵察を頼んだマリエルが戻ってくる?
「はい、ありがとうございます。あのう、上手く言えませんが、ご主人様にはもの凄く感謝をしてます」
俺の合図にしたがい、馬車を平坦な方へ寄せながら答えた。
本心がどうなのかは分からないが、少なくとも昨日の魔道具作成の成功以降、返事に力強さが感じられる。
印象も幾分か明るくなった感じだ。
「そう言ってもらえて俺も嬉しいよ」
戻ってきたマリエルを出迎えるように、右手を差し出し受け止める。
「ミチナガー、疲れたよー」
肩を落としうなだれながら甘えてくる。
「どうしたんだ?」
「前の方、石とか木がたくさん積んであって道が
街道閉鎖?
足止めして仕掛けてくる気か?
いや、さすがに戦力差がありすぎるよな。時間稼ぎか。
あちらは八百名、身軽だ。逃げるだけなら足止めは要らない。となると援軍待ちかよ。
一万の軍勢と戦えるだけの援軍が来るのか? 面倒だな。
敵の思惑通りに運ぶのは面白くない。街道を封鎖している瓦礫を吹き飛ばすか。
馬の速度を落とし、馬車の窓を叩く。
「何かあったの?」
窓をわずかに開け、隙間から白アリが片方の目をのぞかせる。
「前方で街道が意図的に封鎖されているようだ。封鎖と言っても岩と木を積み上げだけらしいので吹き飛ばしてくる」
隙間から中を窺うようなことはせずに、前方に注意を払いながら伝える。
「分かった、結果を教えてね」
のぞかせた方の目でウインクをする白アリに応えて、俺もウインクを返し、馬を駆けさせた。
◇
途中、団長に街道閉鎖されていることと、場合によっては瓦礫の排除をするかもしれないことを伝え、マリエルと共に先頭へと向かう。
瓦礫の山が見えた。
結構な量が積み上がっている。
既に数十名の探索者や奴隷たちが撤去作業を行っていた。
街道を完全にふさいでいる。街道沿いに広がる、左右の森まではふさがれていないが、一時的な足止めだけなら十分だろう。
馬や馬車で森の中を進むわけにもいかないからな。
「周囲の警戒を頼む」
マリエルに索敵を頼みながら自身でも空間感知で周囲を警戒して、瓦礫の山へと近づく。
降りた方が良いな。
馬を下りて、瓦礫の周囲に集まっている人たちの方へ歩きながら周囲の地形を観察する。
魔法で吹き飛ばしても問題なさそうだな。
「魔術師です。この岩と木、吹き飛ばしましょうか?」
撤去作業を指揮している騎士に声をかける。
「出来るのか?」
騎士が指揮をする手を止めて怪訝そうな顔で聞き返してくる。
「吹き飛ばすだけなら出来ます。その後の整地はお願いします」
「分かった。作業はこのまま続けて良いのか?」
今一つ、理解が出来てないようだ。
吹き飛ばす、と言うのをどう理解したんだろう?
「全員作業を中断させて、こちらへ避難をさせてください」
いろいろと聞きたいことはあるが、ここは黙って撤去作業に集中しよう。
最も効果がありそうなのは火魔法か。ダイナマイトのイメージだな。
大音響が響き渡るのと、吹き飛ばした後の整地が大変そうだが、地道に取り除くよりはマシだろう。
作業中の探索者や奴隷たちが避難するのを見ながら、ダイナマイトのイメージを固めていく。
瓦礫を左右の森へ押し戻すように、複数箇所を同時に爆破する。
ドンッ! 大音響が複数響き渡る。
なっ!
何だ? 何があったんだ?
後方から複数の爆発音、轟音だ。音に続いて、空気が震える感触が伝わってきた。
かなり大きな爆発が複数個所で起こったようだ。
まるで、先ほどまで俺がイメージしていた爆破そのものじゃないか。
これは、間違いなく襲撃だな。
まったく、何が足止めだよ、この瓦礫の山は退路封鎖と陽動じゃないか。
今更ながら己の
ゲリラ戦でも展開するつもりか?
どうやら敵は、機動力と高火力にものを言わせて、援軍合流前に少しでもこちらの戦力を消耗させる作戦のようだ。
やっかいだな。
少しでも叩いておきたい。
さらに続く爆発音と振動の中、周囲の騎士や探索者、奴隷たちも爆破の方角へ意識を向ける。
振動が収まるのに反するように、動揺と憶測がざわめきを伴って軍全体へと拡散していく。
今、一陣から三陣あたりまでを側面から突いたら奇襲が成功しそうだよな。
「今の爆破が気になります。早く持ち場へ戻りたいので作業員の退去を急がせて下さいっ!」
撤去の指揮をしている若い騎士に催促をする。
「いや、しかし」
後方の爆発がきになるのか、単にパニックに陥っているのか、しきりに爆破の方角を見ながらの反応である。
「撤去作業を完了させなくて良いなら、俺は後方へ戻りますよっ!」
相手が若い騎士と言うこともあり、少し強気にでる。
「わ、分かった。おいっ! 退去を急げっ!」
今更感はあるが若い騎士が作業員たちに退去を急がせた。
後方が気になるが、この場をこのままにして行く訳にもいかない。
街道封鎖のままにしておけば進軍の妨げだけでなく、作戦行動の阻害、心理的な圧迫につながる。
空間感知で全員が退去したのを確認する。
「もう、大丈夫そうですね。吹き飛ばします」
指揮をしていた騎士がうなずくのを確認して魔法を発動させる。
爆発系火魔法に風魔法を加える。手前から放射状に指向性をつけて五発を同時に撃ちこむ。
ドンッ!
轟音と共に空気の衝撃と地面を振るわせる振動が襲ってくる。
予想以上の破壊力だ。
そうだった、火魔法のレベルが上がっていたのを忘れていたよ。
よし、吹き飛ばせた。
視界をふさぐ土煙の向こうを空間感知で確認する。
吹き飛ばされて岩や木が街道の両脇に広がる森の木々を薙ぎ倒しているが気にしないでおこう。
巻き上がる土煙を風魔法で払い、皆が分かるように視界をクリアにした。
耳がやられている騎士に瓦礫を撤去したことをジェスチャーで伝え、マリエルを伴って馬を後方へと駆けさせた。
ええいっ! もどかしい。
味方が邪魔で思うように馬を駆けさせられない。
先ずは白アリたちの無事を確認しないと。
爆発と騒ぎから、軍の左手後方への襲撃のようだ。一先ずは安心できそうか?
いや、右後方にはロビンたちが配置されていたはずだ。
間に合えば、ロビンの戦い方を間近で見るチャンスでもある。
白アリたちまでおよそ四キロメートル。
身体強化でわずかに視認できる距離であるが、詳細はつかめない。空間魔法で視界を飛ばす。
馬車の付近に十分な空間がある、やるかっ!
「マリエル、来いっ!」
前方右斜め上を飛行するマリエルに向かって叫び、右手を差し出す。マリエルが俺の手に触れるのを確認してから、駆ける馬ごとマリエルと共に空間転移をした。
狙い通り、自分たちの馬車の手前の空き地へと着地する。
白アリと黒アリスちゃん、水色の髪の女性も馬車の外へ出て万が一に備えていた。
ひとつ後方の馬車の周囲ではテリーとメロディ、ティナ、ローザリアが同じように警戒をしている。
レーナが見当たらないな? 偵察にでも出したのか?
「皆、無事か? テリー、レーナはどうした?」
下馬しながら皆に確認をする。
「レーナは偵察に出した。間もなく戻ると思う」
「ミチナガ? 前方の街道封鎖は解決できたの?」
「フジワラさん、全員無事です。左側から奇襲を受けたようです。詳細はまだ分かりません」
俺のことを心配していてくれたのか。三人とも安堵した表情で返してくれた。
「え? ミチナガ? フジワラ? フジワラ・ミチナガ? さん?」
美人が驚きの表情で俺のことを見詰める。
藤原道長とでも思ったのかな?
センスが無いわけじゃない、これは本名なんだからな。
「え? 藤原さん? えーっ! 藤原路永さん?」
日本名の藤原に反応した?
「私です、ヒイラギですっ! 私、殺されちゃったんです。一度、死んだんですっ!」
俺の知っている、ひいらぎちゃんとは似ても似つかない――まるで正反対の、大人の雰囲気を漂わせた、ナイスバディの女性。その女性が理解に苦しむことを言っている。
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