おおいぬ座、泣く

「こんなことになると思ってなかったんです……! 本当に、燃えたりするだなんて思ってもみなくって……! ファンのみんなや先輩たちに指摘されて初めて自分がマズいことをしたって気が付いて、そしたらあれよあれよという間にとんでもない騒動に発展していっちゃって……! 全部、私のせいなんです……!!」


「……焦ってたり、嫉妬してたり、どうにかしなくちゃって思ったりしてたあんたの気持ちは死ぬほどわかるわよ。不用意な行動も、マズいことをしてるって自覚がなかったことも、理解できる。でもね……そういう時にこそ、誰かに頼るべきだった。私を見てるなら、そのことに気付いててもおかしくなかったでしょうに」


 内側と外側では見える景色が違う。中から見たらそうでもないことでも、外から見るととんでもないことになってしまうということも往々にしてあることだ。

 同じ事務所のタレントである伊織と紫音にとっては『先輩たちもやっていたこと』程度の認識だったのだろうが、外部のファンからすればそれはとんでもない問題行動だった。


 そのことに気が付かなかったことに関しては責めるつもりはないが、優人や薫子に相談しなかったことだけは擁護できない。それが焦りや嫉妬の感情が故の判断だったのならば、尚更の話だ。

 伊織もそのことはわかっているようで、涙を流しながら後悔と反省の言葉を繰り返していた。


「全部私のせいなんです。コラボを提案したのも、誰にも相談しないことを決めたのも、全部私。勝手に焦って、自爆して、沢山の人たちを巻き込んで……それなのに、一番年下の女の子に庇ってもらって何もできずにいる。本当に、自分が情けないです……」


 ぐしゃぐしゃに泣きじゃくりながら、嗚咽まじりに自分を責める伊織。

 天はそんな彼女へと何も言わないまま、ただじっと見つめ続けている。


 自分も彼女と似たような経験があるから、その心情に共感できた。

 そして、こういう時に慰めてもらっても逆につらいだけだということも知っているからこそ、敢えて何も言わずに伊織自身の奮起を促している。

 ただそれでも何も言わないというのは冷た過ぎるとも思うため、彼女なりに話題と言葉を選びながら話をしていった。


「……紫音はどうしてあんたを庇ったの? 理由は聞いた?」


「……先輩たちとお話をした後、すぐに聞きました。そしたら――」


「そしたら?」


「――そっちの方がダメージが少なそうだから……そう、言われました。真面目な感じの私より、何を考えてるかわからない自分がやったことにした方が自然だし、ファンのみんなもそう思ってくれてるだろうからそれでいいって……」


 それが紫音の本音なのかはまだわからない。ただ、彼女が伊織の失敗を背負う必要なんてどこにもなくて、紫音は彼女なりに伊織のことを考えて泥を被ったのだと思う。

 しかし、それが果たして正しい行動だったのかどうかと聞かれると返答に悩んでしまうが……と天が考える中、目を真っ赤に充血させた伊織が必死に訴えかけてきた。


「お願いです、秤屋先輩……私はもういいですから、紫音ちゃんのことを励ましてあげてください。きっと紫音ちゃんもこんなことになるだなんて思ってもなかったはずです。私の分の責任を背負わせて、プレッシャーも感じさせて……今頃、すごくショックを受けていると思います。だから、だから――」


「はぁ~……馬鹿ね、あんたも紫音も。お互いのことを想い合ってるのに、綺麗にすれ違ってるじゃない」


 ここまでの話を聞くに、紫音も伊織も相手のことを心配していることは間違いない。

 ただ、意思の疎通ができていないというか、肝心なところですれ違っているせいでいまいち全てが嚙み合っていないのだ。


 少なくとも全てを恨んで、つらく当たっていた自分よりずっとマシじゃないかと天は思う。

 と同時に、だからこそこんな面倒なことになっているのかもしれないなと考えた彼女は、自分を見つめる後輩へと口を開いた。


「悪いけど、あんたにはまだまだ話さなきゃいけないことが山ほどあるのよ。だから、あんたを放って紫音のフォローに行けっていう頼みは聞けないわ。っていうか、さらっとお説教から逃げようとするんじゃないわよ。今夜はこってり絞ってあげるから、覚悟しなさい!」


「でも、私なんかよりも紫音ちゃんの方が――」


「いいから黙って話を聞きなさい。憧れの先輩が、今夜はあんたのためだけに傍に居てやるって言ってんのよ。嬉し涙流しながら感謝するところでしょうが。ったく……」


 悪態を吐きながら、ビール缶を傾ける天。

 不安気に自分を見つめる伊織の方を一瞥した彼女は、深いため息を吐いた後で彼女へと言う。


「……大丈夫よ。とっくに紫音のフォローをしに動いてる奴がいるから」


「え……?」


「紫音のことはそいつに任せろって言ってんの。あんたは、自分自身のことを心配しなさい。何よりもまず、自分自身のことを好きにならなくちゃ、何も始まらないんだから」


 自分の過去を、犯した過ちを……振り返った天が何よりも大事なアドバイスを悩む後輩へと送る。

 コンッ、と音を鳴らして空になった缶を床に置いた彼女は、わしわしと伊織の頭を撫でながら、無言で彼女を励ますのであった。

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