優人の後悔と、反省
紫音の言葉を耳にした優人が薫子との会話を中断し、彼女の方を向く。
普段通りのポーカーフェイスの中に申し訳なさを滲ませた紫音は、静かな声で彼へと再び問いかけた。
「私たちは何の相談もせず、狩栖さんを除け者にして二人だけでのコラボを行おうとしました。その結果がこれで、何もしていない狩栖さんも炎上に巻き込まれてしまっています。それに対して、私たちに思うところはないんですか?」
「し、紫音ちゃん、流石に今は――!!」
炎上への対策会議をしているところに割って入ってそんな質問をした紫音を慌てて止めようとした伊織であったが、優人が手を伸ばし、それを制した。
紫音の質問に対して、暫し考えるかのように視線を泳がせた優人は、そうした後で彼女を真っ直ぐに見つめながらこう答える。
「怒ってないですよ。本当に、全く気にしてないです」
「……どうして、でしょうか? 理由を聞かせてください」
「物凄く嫌な言い方をすると……慣れているから、ってことになってしまうのかな。前に話したでしょう? 僕が以前に所属していた事務所は、僕の同期や後輩たちが起こしたスキャンダルによって潰れた、って。それと比べればこの程度……っていう気持ちもありますし、それに――」
「……それに?」
「――同期っていうのは、助け合うものだと思ってますから」
わずかに笑みを浮かべながら、優人が紫音へと答える。
その答えにぴくっと体を震わせた彼女へと、優人はこう続けた。
「今、話をした通りのスキャンダルがあって、色々なトラブルに遭遇して……その時初めて、同期といい関係を作ろうとすべきだったなって思わされた。同期の一人とも、一緒に食事でも行っておけばよかったなって話をしたよ。いざっていう時も、その前の段階の時も……助け合える関係を、僕たちは作れていなかった。そのことを強く後悔しているからこそ、同じ轍は踏まないようにしようって思ってるんです」
澪の一件で、同期たちとの間に溝ができてしまっていたということもある。そもそもの相手の性格が悪辣だったという問題もありはした。
しかし……王国のあの終わり方を思うと、もっと仲間たちと協力し合える関係を作っておいた方が良かったのではないかと思ってしまうのだ。
【トランプキングダム】が崩壊した責任は当時あの事務所に所属していた全員にある。優人だって例外ではない。
同期の動向を見守らず、彼らとの関係作りを放棄した結果があの終焉だ。その失敗をもう二度とは繰り返したくない。
「轟さんも、臼井さんも……悪気があったわけじゃない。誰だって失敗はしますよ。それはもちろん、僕だって同じです。そういう時に手を取り合って状況を打開できる関係を作っていきたいなって、僕は思ってます。それが、同期の正しい関係だと思うから」
「………」
「……きっといつか、僕も失敗することがあると思います。その時には僕に手を貸してください。そうやって、お互いに助け合っていきましょう」
「……はい。わかりました。その、本当にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
優人の答えに納得した紫音が、深々と彼に頭を下げる。
彼女の謝罪に頷いた優人は薫子の方を向くと、彼女へとこう問いかけた。
「星野社長、ハウンド姉妹のバレンタイングッズで使うキービジュアルを二人に渡してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
「ありがとうございます……許可をもらえたから、後で二人に送っておきますね。今夜の配信に役立ててください。できる限りのバックアップはしますので、楽しい配信ができるように頑張りましょう」
「はい、全力で頑張らせていただきます」
もう一度、紫音が優人へと深く頭を下げる。
子供を見守るような優しい視線を彼女へと向ける優人もまた、小さく頷くと共に無言の激励を送っており、そんな二人の姿を見守る薫子はやれやれと心に安堵の感情を抱いていた。
雨降って地固まるではないが、この炎上を機に仕事部分以外の話をすることができ、そのお陰で三期生の結束も深まったと思う。
この調子でいい関係性を構築していけば、配信上でも仲の良い姿を見せることができるだろうし、そうすれば自然と不仲説も解消されるはずだ。
ある意味では、小手先の対処法よりもそれがずっと効果的な解決法なのかもしれないなと思いながら、いい方向に話し合いを進めている二人から視線を逸らした薫子は、そこで伊織の姿を見て、少しだけ顔をしかめた。
「……伊織? 大丈夫かい?」
「え? あ、は、はい、大丈夫、です……」
生気のない顔をした伊織が、ぼうっとした表情で、死んだ目になって、優人と紫音のことを見つめている。
その様子に驚いた薫子が彼女へと声をかければ、はっとした伊織がおどおどとしながらも返事をしてみせた。
「伊織、精神的に参っちまってるだろうが、そこまで気にするな。私たちも全力で消火にあたるから、あんたはあんたのできることを全力でやるんだ。今夜の雑談配信、頑張りなよ!」
「は、はいっ!」
元々、精神的に脆い部分がある彼女のことだ、自分が発端となったこの炎上にメンタルがいっぱいいっぱいになっているのだろう。
そう考えた薫子が伊織を励ませば、彼女はびくびくとしながらもそれに大声で応えてくれた。
ただ、ほんの少しだけその反応に違和感を覚えもしたが……今、追い詰められている彼女を更に追い込むような真似はしたくないと、薫子はそれ以上伊織を追求せずに話を終える。
そして、再び優人たちと共に目の前の炎上をどうすべきかを話し合い、その策を具体的な形へと固めていくのであった。
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