こいぬ座の、夢

【おおっ! いきなり発表してくれるの!?】

【CRE8所属タレントはみんな夢を持ってるからね。教えてもらえると応援にも熱が入るから、是非とも聞かせてほしい】

【唐突に結構真面目な話になって草】


『すいません、唐突で。でもいいタイミングなので、ここらで言っておこうかなと思いまして。オーディションの応募要項にも書いてありましたし、ここはしっかりしなくては。私はできる小犬なのです。わんわん』


 予想外にもきっちりとした態度で真面目な話をし始めたマナには、リスナーたちも若干困惑しているようだ。

 しかし、寒暖差が激しい配信の中でもファンとして彼女の夢について応援する構えを見せている彼らは、コメントを送ってマナへと話を促す。


 そのコメントを受け、咳払いするでも間を置くでもなく、本当にあっさりとした雰囲気でマナは自身のVtuber活動を通して叶えたい夢を語っていった。


『では、もったいぶるようなものでもないのでさっさと発表してしまいたいと思います。私の夢は、ことです。できるだけ多く、目標は百人くらいですかね』


【友達作りwww学校でやれwww と思ったが、異世界出身だったな】

【異世界ではお友達できなかったんだろうな……】

【シンプルでいいじゃない! 配信を通じてお友達が沢山作れるといいね!】


『ありがとうございます……難しいですね、これだけだと説明不足な気がするのですが、言葉にしようとするとしっくりくる表現が見つからない。私が口下手なのもあるんでしょうけど、頭の中のワードをいい感じの言葉にするのってすごく難しいです。世はままならぬものですね』


【簡単に言葉で表せないから夢なんだよ】

【強くなる、とか、誰かの夢を応援する、よりかは明確でわかりやすいと思うな】

【言葉で説明できない部分はこれからの活動で示していこう!】


『温かいお言葉をありがとうございます。というわけで、私のファンネームに関しては【お友達】にしたいと思います。お前も友達だ、パンチバキーッ。という感じで一つよろしく』


【唐突に夢を聞かされたと思ったらこれまた唐突に殴られたんだが???】

【ファミパンおじさんならぬフレパン小犬かよwww】

【う~ん、感動的な雰囲気もエモエモな空気も全部ぶっ壊す。やっぱりこの子には大物になる素質があるぞ……!】


 夢に関してしんみりと語ったかと思えば、突拍子もない発言でリスナーたちを困惑させてみせる。

 さながら急上昇と急降下を繰り返すジェットコースターのような配信ではあるが、しゃべっているマナの口調が激しさとは無縁の落ち着いたトーンなのが質が悪い。


 だがまあ、この突拍子のなさと先が読めないトークの内容、そして感情薄目に面白おかしい発言を繰り返す部分こそがマナの魅力であることを理解しているリスナーたちは、あっという間に彼女に心を鷲掴みにされてしまったようだ。

 気が付けば、コメントの速度は配信開始時よりもさらに高速化し、止まることを知らない盛り上がりを見せている。


【挨拶はわんわんお。ファンネームはお友達。あとは配信タグとファンマークとイラストタグかな?】

【始まりの挨拶はわんわんおでいいかもだけど、終わりをどうするかも決めないとね】

【ちょいセンシティブだけど、イラストはエッッなのと健全なのを分けるためにそれ用の奴を用意しておいた方がいいと思う】


『ああ、あーるじゅうはち的な絵に関してですけど、私は描いてもらっても平気なのでどうぞご自由に。なお、私をモデルとしたえっちな絵を描く時に胸を盛ることは禁止します。繰り返します。私の、胸を、盛るな。どゅーゆーあんだすたん?』


【英語の発音が全部ひらがなで聞こえるwww】

【一番感情を見せるのが自分のR18絵に関して、しかも胸を盛ることを禁止する部分ってどうなんだ……?】

【今日一番の感情をこんな話題で見せるなwww】

【マナちゃんがちっぱいに誇りを持っていることはわかった】

【貧乳を誇る不思議系小犬娘……推せるっ!!】


 ……なんだかもう、つい数分前までは真面目な夢の話をしていたとは思えない空気である。

 真っ当にこれからの活動に必要なタグを決めようとしても話題が逸れていくし、マナ自身がそれを助長していくしで、もう配信はてんやわんやだ。


 そんないい意味で混沌とした配信の空気にトドメを刺すように、とあるコメントを目にしたマナがそれを声に出して読み上げる。


『【友達が百人できたらどうするの?】……ふむ、これは簡単です。目標を達成したら引退します。何事も引き際が大事ですからね。百人のお友達と富士山の上でおにぎりをぱっくんぱっくんと食べるようなことはしないのです。……あれ? よくよく考えてみれば、もう既にチャンネル登録者が三万人、つまり私のは既に百名をとっくに超えている? と、いうことは……』


【おい、ヤバいぞ】

【Vtuberとしてデビューした直後に夢を叶えるなんてすごいなぁ(白目)】

【オチが見えた(確信)】


 拾ったコメントを読み上げたマナがカタカタとキーボードを叩く音を耳にしたリスナーたちがざわつき始める。

 もうこの後でどうなるかがわかっている彼らの前で背景にでかでかと書かれていた『祝・デビュー引退』という文字を『祝・引退配信』へと書き換えたマナは、一仕事を終えたかのような満足気なため息の後で平然とこう言ってのけた。


『と、いうわけで……本日は私、マナ・ハウンドの引退配信に駆け付けてくださってありがとうございます。長いようで短いVtuberとしての活動を振り返ってみれば、お友達の皆さんとのあんな思い出やこんな思い出がまるで昨日のことのように頭の中に浮かんできますね。一番印象深い思い出は……蛇道先輩を炎上させてしまったことでしょうか? いやあ、懐かしいなあ……』


【いやいやいや! わかってたけど流石にこれは草しか生えねえって!】

【今はもう懐かしいくるるんの炎上(一週間前の話です)】

【絶対にこうなるってわかっててファンネーム決めたよね!? 予定調和だよね、この流れ!?】


『……はい。まあ、こんな簡単に夢が叶ってしまったら味気ないですし、真面目に配信をやるとしますか。まだ引退はしませんよ。まあ、手元の友達カウンターが百を超えたら引退するんですけどね、初見さん』


【これが初配信なんだからここには初見しかいねえwww】

【もうマジでお腹痛いwww笑いっぱなしなんだがwww】

【これは期待の新人だぁ……!】


 奇想天外ながらも完全にリスナーたちの心を掴んだマナは、ここでようやく今後の活動に必要なタグやらなんやらの設定へと移っていった。

 そこからは比較的真面目に配信が進んでいく中、別室でマナを見守っていた零たちがここまでの感想を話し合う。


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