エピローグ、へびつかい座の初火の出
「……は? はあああああっ!? え、炎上って、なんで!? どうして!?」
「それが、わーたちにもわがらねで……阿久津さんのSNSの投稿の返信欄見だっきゃ、なんかそうなってで……」
「あの……本当に失礼だとは思うんですけど、喜屋武さんが何かマズいことをSNSで言っちゃったんじゃないですか……?」
「私じゃないよ~! 今回は本当に私じゃないって~! 普通のあけおめメッセージしか投稿してないし、今の今までスイちゃんの面倒見てたんだから、本当に違うってば~!!」
唐突な報告に驚いた零が蛇道枢のアカウントを確認してみれば、確かに大量のリプライ(クソリプが大半)が年始の挨拶の投稿に寄せられているではないか。
めまいを覚えながらその内容を確認し始めた彼は、送られてきているメッセージを読みながらその場に崩れ落ちそうな脱力感に見舞われていく。
【ついに決心したんだな! おめでとう、枢!】
【芽衣ちゃんを幸せにしろよ! ついでにこれも送っとくわ!つ火炎瓶】
【そういうことを同期の前でするのってどうなの? 芽衣ちゃんも断りにくくない?】
【↑本気にしてる奴がいて草wwwネタだってわかれよwwwインターネット初めてか~?】
【俺はガチだと思ってるからな。くるめいの結婚式場を作り始めてるぞ】
【年末年始で浮かれて騒いでるのかもしれないけど、不用意じゃない? そこは心配だわ】
【いやだから、普通にネタだろうって! マジで本気にする奴が多くて草も生えねえ】
【杞憂民多いな~、これが枢のリプ欄だってのがわかってねえよ、半年ROMれ】
【おせちおいしい】
からかいのメッセージに杞憂民からのお言葉、更にはそれを煽るコメントやら全く意味のない意味不明の投稿まで寄せられており、新年早々から蛇道枢のSNSアカウントはカオス待ったなしな状況になっている。
いったい、何がこんな事態を引き起こしたのかと零が唖然としながらそれらのコメントを見つめる中、沙織が小さく呻いてから自身のスマートフォンの画面を同期たちへと見せてきた。
「あうぅ……あの、零くん……多分原因、これだと思うさ~……」
「どれ!? 何!? なにがどうなってこうなった!?」
この炎上の火種はどこなのか? その答えを探るため、沙織のスマートフォンを覗き込む零。
その両目に映ったのは、とても見覚えのある名前のSNSアカウントに投稿された、こんなコメントだった。
【なんか枢の奴が芽衣ちゃんに自宅の鍵を渡してたので、多分あの二人同棲を始めるんだと思います。新年早々イチャついてるわ~……! @愛鈴】
「秤屋ぁぁっ! てめぇ! やってくれたなあ!!」
「ひいいいっ! 待って! お願い、話を聞いて!! ごめん! ごめんって! 私が悪かったから! お願いだから落ち着いてください!!」
真犯人が誰であるかを理解した零が履いていた靴を脱ぎ捨て、鍵が閉まっているトイレのドアを叩きながら叫ぶ。
扉の向こう側から聞こえてくる悲鳴を聞きながら、全くもって余計な投稿をしてくれた天を問い詰める一同に対して、彼女はこんな弁明をし始めた。
「違うのよ~! これにはわけがあって……本当、そうじゃないのよ~!」
「あ~、一応、話を聞いてあげれば? もしかしたら同情の余地があるかもしれないし……」
「……おう、どうした? わけを話してみろよ、秤屋」
「いや、あのね……こう、トイレに入って出ようかと思ったら、なんか二人が大事な話をし始めたじゃない? 鍵を渡して、新年の目標とか話しちゃったりして、いいムードだったわけでしょ? そこにこう、トイレの水を流す音を響かせながら出ていく勇気を私が持ち合わせてるわけないじゃん? だから暫く待ってる間にちょっとスマホいじったりして、SNSとか見ちゃったりして、そこで何の気なしに面白半分であんな投稿したら、なんか妙にバズっちゃって……」
「一ミリも同情できる要素がねえんだが!? っていうか、普通にお前が馬鹿やっただけじゃねえか! ふざけんなよ、秤屋!」
「あ~……これは擁護の余地はないかな~? どんまい、秤屋」
「新年早々浮づいぢゃーんだね。気付げねばだめだよ、秤屋」
「秤屋呼びは止めて! 本当に悪かったから、トイレの前で出待ちするのも止めてください! お願いします!」
同情の余地どころか一切擁護すらできないあまりにもお粗末なその話に怒りを露わにする零と、呆れムードの沙織とスイ。
同期たちから散々に攻められて涙目状態になる天であったが……直後、体の芯を凍らせるほどの恐怖が彼女を襲う。
「……秤屋さん? 少し、お話しましょうか? このドア、開けてください」
「ひいっ!? あああ、有栖ちゃん? おおお、怒ってらっしゃい、ますよねぇ……?」
「はい。それはもう怒ってますよ。本当に秤屋さんがお酒を飲むとろくなことになりませんね。甘酒でも同期を炎上させられるんだから、本当にすごいですよ。私、びっくりしてます」
「あ、あの、敬語、止めてください……まだ零みたいにブチギレてくれた方がマシです……」
「どうしてですか? 呼び捨てを止めてほしいって言うからそうしてあげたのに、また我がままですか? 新年早々人を振り回してくれますね、秤屋さんは……」
黒羊芽衣、爆誕。
業火の零と極寒の有栖という、夫婦で両極端な怒りを見せる二人の反応に顔を青くした天はトイレの中でガクブル状態になっているが、その安全地帯も盤石ではないようで……?
「喜屋武さん、このドア蹴り破ってもいいですか? 中から秤屋の奴を引き摺り出さないと……」
「う~ん、それは困っちゃうかな~。お姉さん、丸出しの状態でトイレする趣味はないし……コインか何かで簡単に鍵は開けられると思うよ」
「あ、じゃあわー、財布持ってぎますね」
「秤屋さん、ちょっとだけ待っててくださいね。今、ここを開けますから……!」
「待って! 本当に待って! せめておしっこ流させて! まだ流してないから! 本当にそれだけは勘弁して!」
「うるせえ! お前のせいで新年早々めんどくせえことになってるんだ! 言い訳なんか聞くか! 覚悟しろ、この馬鹿野郎!」
「どんなおしおきがいいかな~? 楽しみだね、零くん……ふふふ、ふふふふふふふふ……!!」
「助けて~っ! 誰か大人の人呼んで~っ! 本当に悪かったから、もう勘弁して~っ!!」
……というわけで、年が明けたばかりの社員寮の中でどったんばったんの大騒ぎを繰り広げる二期生たちは、この後も悲鳴が大半の夜を過ごした。
ちなみに新年早々元気に炎上した蛇道枢はファンたちから【今年の炎上RTA優勝者】【流石過ぎて何も言えねえ】【愛鈴に酒を飲ませたことが敗因】【お前いつも燃えてるな】【初日の出よりも先に初火の出を迎えた男】などの散々なコメントを寄せられ続けたという。
どうして自分はいつもこうなんだと嘆く零であったが、同期たちは多分もうそれは決して逃れられない彼の宿命なんだろうなと確信しつつ、ベコベコに凹んだ彼を慰めてあげるのであった。
めでたし、めでたし。(何もめでたくない)
……ちなみにこの後、たっぷり折檻された愛鈴は新年の目標として『完全禁酒』を掲げるに至ったそうな。
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