あけまして、おめでとう

 ――ゴォ~ン、ゴォ~ン……


「おぉ……! 明けましたね、年」


「明けちゃったねえ……なんかぬるっとしてるけど、これでいいのかな?」


 壁掛け時計から響く音を聞きながら、頂点を指したまま綺麗に重なっている長針と短針を見つめながら、今まさに新たな年がスタートしたことを実感……していない様子でただ淡々と見たままに有栖と零が会話する。

 わたわたとした暮れと違って、年始はこんなにのんびりしていていいのかと零が苦笑する中、段々と彼の周囲が騒がしくなり始めた。


「ふあぁ……明けましておめでとう、ございます……もうわー、限界……すやぁ」


「あはははは、スイちゃんはおねむみたいだね~! とりあえず、明けましておめでとう! さあ、ファンのみんなにも挨拶しておこうっと!」


「SNSも更新しとかないとね……って、ううっ、ソーキそばに甘酒と、ちょっと水分取り過ぎたわ。実は年明けまで我慢してたのよね~、ってことでトイレ、トイレ……っと」


「くははっ、せわしね~! なんで年明けの瞬間が静かで、そこから段々騒がしくなっていくんですか?」


「ふふふ、確かに変だね。面白い年明けになっちゃってるや」


 眠さの限界を迎えてテーブルに突っ伏すスイと、いつも通りに元気に挨拶をしてからSNSに年始の挨拶を投稿し始めた沙織と、我慢を解き放つべくトイレへと駆けこむ天。

 年始の瞬間はぼーっとしていたのに、どうしてそこからここまでバラバラな動きを見せるんだと零がツッコミを入れれば、有栖もまたそれに同意しつつクスクスと笑ってみせる。


 そこから、小さく喉を鳴らした彼女は、笑みを浮かべる零へと向き直ると丁寧に頭を下げてから口を開いた。


「……明けましておめでとうございます、零くん。今年も、どうぞよろしくお願いいたします」


「ご丁寧に、どうも。んじゃ、俺の方からも……明けましておめでとうございます、有栖さん。お互い、いい一年を過ごそうね」


 ぺこりと頭を下げながら挨拶し合って、顔を上げて見つめ合って、同時にはにかむ。

 気恥ずかしいような、自分たちらしいような、お互いを一番最初の年始の挨拶の相手として選んだ二人が心を温かくする中、不意に口を開けた零が大あくびをした。


「ふあぁぁぁ……! やっべ、な~んか急に眠気が襲ってきたぞ……」


「大丈夫? 配信もしたし、お雑煮作ってから来たし、思ってたより疲れてるんじゃない?」


「スイちゃんもすやすやだし、零くんも寝れば~? 毛布とか色々貸すよ~!」


「いや、流石にそれはマズいですから。一旦、自分の家に帰って仮眠しますよ。初日の出くらいにはこっち来るんで、安心してください」


 同期全員が揃っているとはいえ、女性の家にお泊りだなんてのは零にとって火種にしかならない。

 うっかり沙織が『リアちゃんと枢くんが一緒に寝てるよ~』だなんて投稿をしたら、それはもう面白おかしい大炎上が始まってしまうだろう。


 というわけで、一旦自宅に帰ると報告しながら席を立った零が同期たち(天はまだトイレだ)に手を振ってから玄関へと向かう。

 すやすや状態のスイの面倒を見ている沙織に代わって彼を見送るべく後をついてきた有栖は、小さく微笑むと玄関で靴を履く彼の背に声をかけた。


「初日の出、一緒に見ようね。うっかり寝過ごしたりしちゃだめだよ?」


「あ~……それ、あり得そうでちょっと怖いんだよなぁ……鍵渡しておくから、もしも俺が寝てそうだったら誰か起こしに来てもらってもいい?」


「ふふっ、わかった。じゃあ、零くんを起こすためにも、私はしっかり起きてなくっちゃね!」


 ポケットから取り出した鍵を有栖へと手渡せば、彼女はぐっとマッスルポーズを取りながらそう応えてみせる。

 部屋こそは違うが、初めて玄関先で出会った時の気弱さをまるで感じさせない頼りがいのある彼女の姿に微笑んだ零は、一度顔を伏せてから有栖を見つめると、静かに口を開いた。


「……なんか、タイミング的にちょうどいいな。悪いんだけどさ、少しだけ話を聞いてもらってもいい?」


「えっ? う、うん、いいけど……」


 零が放つどこか真面目な雰囲気を感じ取った有栖が若干緊張しながらこくりと頷く。

 背筋をぴんと伸ばしながら零の顔を見つめ返した彼女へと、彼は小さく息を吐いてから話をし始めた。


「実はさ、年末の面談の時に薫子さんから新年の目標っていうか、来年……もう今年か、とりあえず一年かけて達成する目標を考えておけって言われてたんだよ。左慈先輩とかにも相談して、自分なりに色々考えてさ……なんか、その答えが出たような気がするんだ」


「新年の目標? 自分の存在を証明したいっていう、零くんの夢に繋がるようなものなの?」


「ああ……うん、まあ、そうだと思う。いまいちどうなのか、自分ではわからないけどさ」


「零くんが自分で考えたのなら大丈夫だよ! ねえ、もしよければなんだけどさ、その目標、聞かせてもらってもいい?」


「……うん。俺も、有栖さんに聞いてほしいって思って、この話を切り出したんだ」


 興味深そうに上目遣いでこちらを見つめながら問いかけてくる有栖に対して、頷きながら返事をする零。

 一つずつ言葉を選びながら、彼は自分が立てた今年の目標について、有栖へと語っていく。

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